昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~ふたまわり・第二部~(二十九)の三と四

2012-02-11 16:45:04 | 小説


「ねぇ、社長さん。ホテルもいいけど、たまにはご自宅に行きたいわ。
だって、決まって帰っちゃうんですもの。
朝を一人で迎えるのって、すごく寂しいの。」
ベッドの中で甘えた声を出す珠子に対し、
「あぁ、分かった、分かった。
その内にな。」と、武蔵は一顧だにしなかった。
身支度を済ませた武蔵は、札入れから数枚を取り出して無造作にテーブルの上に置いた。
「ほらっ、小遣いだ。」
「ありがとうございます。」
気だるそうに起き上がる珠子に、武蔵は
「いい、いい。そのまま、寝てろ。」と、ぞんざいに告げた。
「ねぇ、社長さん。
小夜子ちゃんをご自宅に住まわせるって、ホントなの?
本気で、愛人にするつもりなの?」
何気なく口を滑らせた珠子だったが、突然に武蔵は怒り出した。
「お前が気にすることじゃない!
小夜子は、お前らとは違うんだ!」
あまりの剣幕に珠子は、一瞬言葉を失った。
「だ、だって・・」
見る見る内に珠子の目頭が熱くなり、大粒の涙が頬を伝った。
「悪かった、大声を出して。
小夜子はな、娘なんだよ
。無垢な生娘なんだ。
小夜子も言ってるだろうが、足長おじさんだって。
心配するな、珠子を捨てたりはしないさ。
俺はお前の体に、ぞっこんなんだから。
よし、もう二三枚足そう。
なっ、これで機嫌を直してくれ。」と、札入れを取り出した。







結局小夜子は、武蔵の元に身を寄せることにした。
悩みに悩んだ小夜子だったが、加藤家での居ずらさは増すばかりだった。
あの夜以来、奥方の咳払いが毎夜のように聞こえた。
小夜子の空耳かも知れないのだが、どんなに足音を忍ばせても聞こえてしまう。
英会話の授業に支障を来し始めたことも、小夜子の心を決めさせる一因になった。
教室内での会話全てが英語となり、時として疎外感に苛まれてしまう。
簡単な挨拶程度は理解できるのだが、日常の事柄を語り合う学友の輪に入れなくなることが多くなってきた。
“これじゃ、だめだわ。何のために上京してきたのよ。”
そんな思いが、日々強くなった。
不安がない訳ではなかった。
武蔵の言葉に嘘はないと思いつつも、いつ変心するやもしれぬと言う思いは消えなかった。
“その時は、その時よ。
いっそのこと、処女を正三さんにあげればいいのよ。”
そんな思いが、頭を駆け巡った。
それにしても、あの手紙からもう、ひと月余が経ってしまった。以
来、正三からの手紙は来ない。
“まさかとは思うけど、正三さんからの手紙、隠されているのでは・・”
そんな疑念が浮かんでくる。
“それとも・・。
ご両親の反対で、正三さん、翻意してしまったのかしら・・。
ううーん。そんなことは、決してないわ!
そんな正三さんじゃない!”


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