(六)ジャズ あるいは ズージャ
そしてそのジャズが、少年の手足を動かしはじめる。
演奏に合わせて、ちいさな動きからしだいに大きく体が波打ちはじめる。
その様はまさしく、猿回しの太鼓に踊らされる猿のようにぎこちない。
それでも、目を閉じて聞き入る少年は、大人の少年がそこにいると思っている。
正直、少年はジャズを知らない。
聞く機会もなかった。
年上の、大人たちの会話の中で飛び交うズージャということば。
カタカナ文字の名前。
少年を取り囲むのは、大人の歌う歌謡曲だ。
しかしジャズが黒人の心の歌であるかぎり、おなじく虐げられた者にひびくなにかがある筈と、少年の期待は大きかった。
隣の女が少年に声をかける。
少年は、さもジャズへの陶酔の妨げだと言わぬばかりに不機嫌にこたえる。
媚びるような目線で、少年に話しかける女。
少年がタバコを口にすると、すぐさま火を点ける女。
至極当然と言った風に受ける無表情の少年。
ゆっくりと深く吸い込み、ゆったりと吐き出していく。
その煙の中の女に、少年ははじめて笑みを投げかける――ポツリポツリ……とうとう雨が降りだした。
巡らせていた夢想を、なんの前ぶれもなく破られた少年のこころは泣いていた。
おもい扉を押して、幻想の世界へとはいる。
光と音が暴力的に支配する世界、色とりどりの光がミラーボールから発せられている。
激しい音が、壁と言わず天井にそして床に、激しく叩きつけられている。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます