昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第二部~(五十)の三と四

2012-11-17 17:53:37 | 小説

(三)

「竹田茂作さんでしょうか?」

柔らかい物腰を見せる五平に、
“間違いない、先物取引に違いない。
埒があかぬと、上の者が出張ってきたか。”と、観念した。

「なんじゃ、お前ら。
見世物じゃねえぞ!
去ね、去ね!」

人だかりに向かって怒鳴りつけた。

「いや、それが……」
役場の人間が五平に声を掛けるが、しっしっと追い払った。

板間に上がりこんだ五平は、両手をついて
「わたし、富士商会の加藤五平と申します。」
と挨拶した。

思いもかけぬその所作に、茂作翁の思考が止まった。

「社長、御手洗武蔵の名代として、本日は伺いました。」

富士商会? 御手洗武蔵?

……聞き覚えのある名前だ。
血の気の引いていた茂作翁に、少しの安堵の色が。

「富士商会さんと言いますと、確か……小夜子が勤めているとか言う会社でしたかの?」

「はい、さようで。
小夜子お嬢さまをお預かりしている、御手洗の代理でございます。」




(四)

気後れしていた茂作翁だが、へりくだった五平の物言いにやっと気力が戻った。

「ま、飲みなさいな。」
冷めてしまっているお茶を出した。

「本日お邪魔致しましたのは、小夜子お嬢さまの件でございます。

いえいえ、すこぶるお元気でございます。
毎日を御手洗の世話で忙しくされております。」

「はて? 御手洗の世話と言われたか? 
学校に行く傍ら、仕事を手伝っていると聞いておったが?」

憮然とした顔で、語気鋭く詰め寄った。

そんな茂作翁を、軽く受け流す五平。

「仕事など、とんでもない。
小夜子お嬢さまにそんなことは、御手洗が許しません。
しっかりと英会話を身に付けて頂かねば。」

「茂作さぁ、茂作さぁ……」

戸口から、呼ぶ声がする。
小声で、呼ぶ声がする。

「なんだ、うるさい。」
おっとり刀で、戸口へ向かった。

「なんだ、役場の守さぁか。」

「茂作さぁよ。
あのお方は、どういう素性の方かの?」

「誰でも良かろう。
さあ、帰った帰った!」

「そんなわけにいかんのです、助役に言われて来たんです。」


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