昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~ (十一) 家庭教師にはなったけれど…

2015-03-16 08:44:59 | 小説
朝晩の冷え込みが始まり、そろそろ秋の訪れが近づいていた。
昨年の彼は、汗だくになりながら炎天下を走り回っていた。
今は、冷暖房の効いた部屋で受験を控えた高校生相手に、冷や汗をかいている。
時として、受験用のテキストにある問題が解けないこともある。
如何に大学での授業をかまけていたか、上の空で講義を聞いていたか、今更ながら思い知らされた。
答えに窮することも、一度や二度ではなかった。

「すまん。次に来る時までの宿題にさせてくれ」
「いいよ、先生。お母さんには、内緒にしてあげる。その代わり、試験休みになったらデートしてね。約束よ、絶対よ」
愛くるしく動き回る目で、高二の由香里に迫られる彼だった。
気性の激しい由香里で、これ迄に二人の家庭教師=いずれも女性だったが、一ヶ月と持たずに辞めていた。

両親としては同性を希望してのことだったが、由香里としては同級生達の殆どが男性の家庭教師であることが、羨ましくて仕方がなかった。
女子校に通う由香里には、未だにボーイフレンドが出来なかった。
登下校時にラブレターを受け取ることはあるのだが、同級生達の視線が気になり踏み切れなかった。

”麻由美の彼よりかっこいい男性じゃなきゃ、イヤだ”
そんな思いが強い、由香里だった。
両親から家庭教師の話が持ち上がった折りには、「どうでもいいよ」と、応えていた。
しかし内心では、”かっこいい男性だと、いいなあ”などと、ほくそ笑んだりしていた。
しかし、由香里の意に反し女性の家庭教師だとわかった時には、大いに不満だった。
正面切って、「男の先生にして!」と言うわけにもいかず、渋々承諾した。

「香水の匂いが、きつい!」
「怒ってばかり!」
「教え方が悪い!」
そんな不満を、毎日のように訴えた。

由香里の反抗的な態度に辟易した女性達も、「申し訳有りませんが、真剣さに欠けるお嬢さんでは」と、早々に辞退していった。
やむなく男性を考える両親だったが、中々に眼鏡にかなう者が居なかった。

彼に白羽の矢が立ったのは、父親の友人である塾経営者の強い推薦からだった。
彼の大学に対する不満がありはしたが、彼の礼儀正しさが、決め手になった。
「この方に決めたから、しっかり勉強しなさい」
父親の強い言葉に、由香里は「はあい」と、渋々といった表情を見せた。


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