昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~ (七) 区域の変更

2014-12-16 15:57:24 | 小説
伝票を繰りながら、彼は愕然とした。区域の変更が為されていた筈なのに、元の区域に戻っていた。
「あのお、課長。区域が違うんで…」
彼は井上の元に出向き、困った顔つきで尋ねた。
麗子の居る区域に戻っていたのだ。

デパート側の方針として、半年毎に区域の変更をしていた。
お客様とのなれ合いを避ける為と、複数の区域をこなせるようにする為だった。
そして、区域による数量の多寡による不平等を避ける為でもあった。

「あゝ、そのことか。今日から一週間休みなんだよ、島岡君が。
で、君に担当して貰うことにした。まっ、頼むよ」
彼を振り向くことなく、井上は言い放った。
麗子とのことは、井上には話していなかった。
と言うより、デパートに知られては、大問題に発展することであった。

「わかりました」と、彼は引き下がるしかなかった。
”困ったことになった”
彼は、麗子宅への配達がないことを祈るだけだった。
ところが、間の悪いことに麗子宅への配達はなかったが、隣の家への配達があった。
家人が居れば問題はないのだが、留守がちの家であった。

「留守時はお隣に預けて頂いて結構ですよ」という、約束になっていた。
彼は、祈るような思いであった。
「どうかしたの? 顔色が悪いわけど」
彼の傍らを通りかかった貴子が、心配気に問いかけてきた。
彼は慌てて
「いや、大丈夫です」
と、下を向いたまま答えた。
「そう、ならいいけど」
”今夜、大丈夫?”と一言付け加えたい貴子だったが、皆の居る手前、そのまま立ち去った。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿