実のところは、伝票を整理している今も、気もそぞろだった。
“今日は、だめかなあ。忙しそうだもんな”
そんな時、貴子から声をかけられた。
「ミタライくーん。追加よお!」
「ほあーい!」
わざとひょうきんな返事をしながら、彼は大急ぎで貴子の元に近づいた。
「ごめんね、一枚残ってたわ。はいっ、これ」
手渡された物は伝票ではなく、彼への返事だった。
“OKよ。唯、残業になると思うから。七時頃になるかも…、待っててくれる?”
「ありがとうございますだあ、疲れた体に鞭打ちの刑とは」
そんな彼の返事に、そこかしこから声が飛んできた。
「ミタライ君、そんな冗談が言えるようになったんだあ」
「田舎に帰って、大人になったな」
「大人あ? むむっ、ひょっとして…」
「初恋の人か、お相手わ?」
「止めてくださいよ、もう。何もないですよ!」
彼は慌てて否定した。貴子に勘ぐられては困るのだ。
真理子とのことは、貴子には知られたくなかった。
寮の仲間にポロリと漏らしてしまったが、
「絶対に内緒にすべきだ」
「そうそう。女は勘が鋭いから、気を付けることだ」
「『気にしないわよ』なんて言う女性こそ、根に持つもんだぜ」
と、口々に、彼に対し助言が飛んだ。
「つい口を滑らせた奴が居るんだけど、結局別れてしまったよ」
「そうそう、『昔のことなんか気にしないわ』なんて言う癖に、事ある毎にネチネチらしいぜ」
経験のない寮生たちの言葉だが、又聞きなのだが、なにか真実のことに思える彼だった。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます