(一)
「小夜子。どうだ、俺の嫁にならんか。
こんな時に、と思いもしたがいつまでもだらだらしても仕方がない。
小夜子の爺さんも大事にする。
小夜子には内緒だったけれども、月々仕送りをしてた。
心配するな、小夜子の名で送ってるから。
それと、相場の方も片は付けてある。
だから何の心配もいらん。
そうだ、ここで一緒に暮らすか?」
「タケゾーは、どうしてそんなに優しいの?」
「何でかな、俺にも分からん。
案外惚れるというのは、こういうことなのかもな。」
武蔵からの真摯な言葉に、思わず涙してしまう小夜子だ。
そして情の薄さを覚える正三に対する思いが、薄れていく小夜子だ。
一通の手紙、一葉の葉書さえ……。
情の薄さを感じさせる正三だ。
“そうよ、あたしにはお爺さんがいるんだわ。
これから恩返しをしなくちゃいけないのよ。
正三さんにそれができて? 跡取りなのよ。
正三さん、きっとおっしゃるわ。
‘大丈夫です、お世話させていただきます。’とね。
でもそんなこと、ご実家がお許しになるはずがない。
あたしを嫁としてお認めになるなんて有り得ないことだわ。
そうよ、正三さんを苦しめることにもなるわ。
今、苦しんでらっしゃるのよ。
だからお手紙の一通も届かないのよ。
あたしって、ほんとに罪な女だわ。”
(二)
日に日に、アナスターシアへの思いが薄れていく。
と共に正三への思いもまた消えていく。
“違うの、違うのよ。
忘れているわけじゃないわ、アーシア。
あなたが言ったのよ、‘現在をしっかり生きなさい’って。”
「満足したか?」
「うん、おいしかった!
ねえ、タケゾー。
アメリカ人って、いつもあんな食事なの?」
あれ以来、小夜子の呼び方が変わった。
武蔵のたっての願いに、小夜子が折れた。
小夜子にしても、‘お父さん’に違和感を覚えていた。
渡りに船の観はあった。
「あんなとは、肉料理かってことか?」
「うん。」
「そんなこともないだろう。
じゃが芋をすりつぶしたサラダやら、大豆なんかも食べてるさ。」
「ふぅん、そうなんだ。
他に…、野菜なんかは?」
「食べてるぞ。
ホウレン草が、有名だ。
ポパイって奴は、普段は弱いくせに、ホウレン草を食べた途端にバカ強くなるぞ。」
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