人生の目的は音楽だ!toraのブログ

クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

津村記久子著「つまらない住宅地のすべての家」を読む ~ 刑務所から女性受刑者が脱走してこちらに向かってくることから静かな住宅地が活気づいていく

2024年05月30日 00時03分57秒 | 日記

30日(木)。わが家に来てから今日で3425日目を迎え、北朝鮮の金正恩総書記が27日の軍事偵察衛星の打ち上げ失敗について言及し、「失敗は成功の前提であり、挫折や放棄の動機にはならない」として再度の打ち上げへの意欲を示した  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

     

     北朝鮮は金王朝が続くことが国の失敗を意味する 未来に成功がない国民が気の毒だ

         

昨日、夕食に「アクアパッツァ」「生野菜サラダ」「大根の味噌汁」を作り、マグロの刺身と一緒にいただきました 「アクアパッツア」はいつものシメジの代わりにアサリを入れましたが、多少本格的になって美味しかったです

     

         

津村記久子著「つまらない住宅地のすべての家」(双葉文庫)を読み終わりました 津村記久子は1978年大阪府生まれ。2005年「マンイーター」(改題「君は永遠にそいつらより若い」)で太宰治賞を受賞しデビュー 08年「ミュージック・ブレス・ユー」で野間文芸新人賞、09年「ポトスライムの舟」で芥川賞受賞のほか、数々の文学賞を受賞

     

ある住宅地の路地に建つ10軒の家で暮らす人々によって物語は進行する 二人暮らしの老夫婦、一人暮らしの25歳男性、一人暮らしの58歳女性、父親と中学3年の息子の父子家庭、一人暮らしの壮年男性、両親と一人息子の3人家庭、40代の夫婦、祖母と母親と小学生姉妹の4人家族、年老いた母親と36歳の息子の母子家庭、祖母と父母と3人きょうだいの5人家庭・・・このように家族構成がバラバラな人たちが、普段は特別な交流もなくそれぞれの生活を営んでいる ある日、2つ隣の県の刑務所から女性受刑者が脱獄し、こちらに向かっているというニュースがもたらされ、住人有志が夜間に交代で見張りをすることになる 犯人は日置昭子という36歳の女性だが、勤め先から10年間で約1千万円を横領した罪で逮捕されたものの、その金には一切手を付けず質素な生活をしていたことから、何か特別の事情があったのだろうと人々の同情を買っていた そんなこともあり、住人有志による見張りには緊張感が見られない それぞれの家は、家庭の事情や秘密を抱えているが、この事件をきっかけに住人同士の交流が生まれ、新たな関係性が築き上げられていく

【以下ネタバレ注意】

日置昭子が刑務所を脱走したのには2つ理由がありました 一つは、親戚の男の子から、入院中の父親はもう長くないという手紙を受け取った。父親は昔会社をやっていて、22年前にある工事の見積もり金額がなぜか契約前に外に漏れて、それより下の額を施主に提示した業者が突然現れ、その仕事で立て直しを図ろうとしていた父の会社は資金繰りが出来なくなり倒産した 自分は誰がその金額を漏らしたのかをずっと考えてきた 自分は父自身を疑っていたが、父は子どもの自分に教えてくれなかった。父に死なれたらその理由が訊けなくなるので脱走した。父親の告白によると、父は工事を奪った会社の社長の妻と不倫関係にあった このため、工事の契約を交わす前の見積金額が相手の女性の知るところになり、自分の父親は仕事を掠め取られることとなったという その女性とは同じ路地に住む10軒の中の1軒で暮らす祖母だった 昭子が脱走したもう一つの理由は、脱走に協力してくれた峠坂さんから、神戸にいる娘に手紙を届けてほしいと頼まれたからです 娘が15歳の時に横領で逮捕された峠坂さんは、それ以来娘とは一度も会っていないということでした 結局この手紙は、昭子の学校時代の同級生で10軒の中の1軒で年老いた母親と暮らす・真下に託され、届けられます

本書には目次の次のページに10軒の「住宅地地図」が掲載されており、それぞれの家庭の家族構成が書かれています 本書は登場人物が多く、それぞれの関係性が複雑なので、この地図を見ながら読み進めていきましたが、これは効果的でした そのため時間が余計にかかってしまいましたが、内容を理解しながら読むうえでは不可欠でした

この小説を読んで一番感じたのは、子どもたちの頼もしさです 親の心配をよそに、彼らは彼らなりに必死に考え、必死に生きていることが伝わってきます

         

これでコンサートのない6日間を、腰痛対策の一環として毎日ベッドに横になりながら読書をしてきた生活も一旦終了します 6日連続で読書感想をブログアップしたのはコロナ全盛期以来かもしれません 3つの目標のうち①クラシックコンサート鑑賞は「聴けばよい」し、②映画鑑賞は「観ればよい」という”受動的”な行為ですが、③読書は「読めばよい」と簡単には言えないところがあります 自分で積極的に読まなければならないという意味では最も”能動的”な行為と言えます 極端な話、コンサートを聴くのは2時間程度、映画もほぼ同じだと思いますが、読書の場合は1冊(300ページとして)読了するのに7時間くらいかかります(長過ぎ?)。これは半端ない拘束時間です。この6日間は朝から晩まで読書ずくめだったと言っても過言ではありません

今日からコンサートに復帰します 取りあえず今日は新国立劇場でオペラ「コジ・ファン・トゥッテ」、明日はサントリーホールで「読響名曲シリーズ」、日曜日はミューザ川崎で「モーツアルト・マチネ」を聴きます 必携なのは当日のチケットと腰痛対策ベルトです

     

コメント
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