こんにちは
先日かけた橋は1夜の大洪水で流されてしまったのでしょうか?架けた本人ですら怖くて見にいけない心境にあるようです。
未開のジャングルを流れている幅数メートルの川にたった数十分で橋をかけたのですから、郷土不足は明白であります。
時間をかけて頑丈な橋を架けないといけないのです。頑丈な橋というのは自然に優しくないですね、自然界に優しい素材で橋をかけましょうか?
橋を架けなくても渡し舟があれば満足ですか?渡し舟というのも見どころがあるものでたかだか数十メートル先へ移動するだけでも十分に趣き深いひとときが過ごせるのではないでしょうか。渡し舟の設計をすることは楽しいでしょう。人力ではあまりにも美しい絵とはならないかもしれませんし、場合によっては感動的な絵となるでしょう。人をおんぶして向こう岸までたどりつかせるわけですから、パワフルな絵になるでしょう。昔の人力車というのは座席の部分の趣向ひとつでそれはまた美しい風景となるでしょう。人力車を操縦する若い男性の方の魅力も増幅されることでしょう。川の上から陸上輸送に引き返してまた川岸へ移動します。次世代の人力車といえば牛車でしょうそしてはやくテーマにもどれ馬車者がとなるわけです。それでも渡し舟のデザインを引き続き考えることはとても楽しいことなのであります。
今時専門であるのに強度の高い頑丈な橋の敷設を実現できない事業者というのはそう多くあるものではないと思います。太古と比較し頑丈な橋の敷設ははるかに容易であるものと考えます。
続きはまってください
ただいま戻りました。
困った人という者の説明をはじめましょう。私のことですか?笑えないから私のことは神棚にあげておいてください。本当に困った人というのを説明しなければならないからそう思われてもしかたがないのです。
困った人というのは、不特定多数の債権や債務といった契約行為により発生する法的な権利や義務について疎い善良な市民に対して多額に上る自己の責任負担分であるはずの債務を合法的に分担させようと目論んでいる人物のことをいうのです。
客観的に評価してもうすでに善良な債務者とはいえない分類に属してしまっている有限責任者のことを言っているのです。
有限責任分の責任というのはあくまでも自己資本の部分だけのことを言っているのであって、あなたが負うべきとされている資産全体の管理責任というのはあなたが出資した資本部分だけにはとどまらないということです。あなたが管理しなければならない資産はあなたが債務者となっている多額の負債で成り立っているということです。
あなたが管理している資産にはあなたの想像している以上の膨大な数に及ぶ債権者の方々が存在するというわけです。
さっきからあなた、あなたって2人称活用で語りかけているわけですが、ターゲットは債務超過状態にある非上場会社の有限責任者の方とした上で述べているわけであります。
いくら総額が巨額になっている資産の管理者であろうとも管理者本人の自己資本比率というものは微々たるものでしょうということです。
自己資本比率が極端に低い資産を管理しているあなたは第三者機関的な客観的な評価をいたしますとリスクをまったくとっていない限りなく無責任な資産管理者であるということができます。
リスクという言葉の重みは今日ここにいらしている方々が本当に理解なされているか定かではございません。リスクをとるという行為とは1個人の人生すべてがかかっているような事実をいうのです。しかも膨大なリスクを背負うことを選択した1個人というのはもはや1個人の資質だけでは確実に負担できない債権や債務が発生しているのが当然であるので膨大な数におよぶ個人の人生がかかっているわけであります。
困った人という者の定義だけで膨大な説明を必要としますね。手間がかかる作業でありますね。それでも続けましょう。
もう許されざる悪というものの説明をしたほうがよいでしょう。
リスクをとる行動をまったくしていないにもかかわらず膨大な債務を発生させてしまう人です。しかも債務を極限にまで膨れあげさせて用意周到な準備ののちに夜逃げをしてしまう人のことを言っているのです。
事のなりゆきを理解しているにもかかわらず雲隠れ(とんずら)する人のことをいっているのです。
ちなみに事の重大さをうすうす感じていながらも財務内容にさほどの興味も示さずに債務の事実を認識する行為から遠ざかろうとする行動を示す人も同罪です。
知らぬが仏でやり過ごそうたってそうは問屋がおろしません。こんな話題ばかりしていると無知な市民からの信望を極限にまで失ってしまいます。私はリスクをとってしまったので仕方がありません。
発生しうる限りの債務を発生させているにもかかわらず所得だけはしっかりちゃっかり確実に確保して現役世代を引退する志向にある方々ともうすでに引退なされた先生方に対して述べておるのです。
よくもまあここまで立派に膨れ上がった遺産を相続してくださいましたね。若者はもうすでに相続放棄を志願している傾向にありますので年金の放棄とお手持ちの資産を国に返還することの検討を始めてみてはいかがでしょうか。と本気でのたまう若い人物が大量発生しないこともないかと思われます。
債務は子孫が相続することを忘れないでください。
大変失礼いたしました。本日の閲覧対象者である債務超過状態にある有限責任者への発言ではございませんでしたね。
またまた失礼いたしました。美しい日本語を使用しての表現が困難なテーマでありますから、何卒御理解のほうをよろしくお願いいたします。
債務超過に陥った困った人というのは新たな不幸になるであろう債権者を発生させやすいものであるから、債務超過状態にある人物は監視したほうが不幸な人の発生を抑制することができるであろうということです。
素直に財産管理人をたてたほうが世のため人のためとなるのです。管財人ですね。
債務超過状態にある事業者に合併しろと勧めたところで自己資本比率が低下するぐらいであるならば切腹したほうがましだといわんばかりの誇り高い人物ばかりであろうと思いますので話の流れが自然的に再建計画のほうへと比重が移動していくわけであります。外部から口をはさまないことにより予想しうるごく自然な事象の成り行きというのは自然消滅という形で幕を閉じるものであるといたします。
放置したらごく自然に再生処理計画案の適用にいたるというわけであります。この間膨大な数にわたる不幸な債権者を発生させるわけであります。
不幸な債権者というものを定義いたします。債権者が不幸であるということの意味は債権者であるにもかかわらず権利の行使が果たせなかった人物をいうのであります。債権者が泣き寝入りさせられてしまったということであります。具体的な金額の例をあげると債務超過状態にある有限責任者を信用して2億円融通したのに(貸してやったのに)1円も返してもらえなかった。ということです。お金を貸した債権者は2億円も貸したわけだから人生をみすみす棒にふったようなものですね。2億円貸して返してもらえなかったらこれから先何を望みに生きてゆけばよいのですか?ということになりますね。
私が住んでいる市では毎年700人ぐらいずつどこかへ行ってしまいました。おそらく生活していた周辺に美しくない人物が多数生息していたからでしょう。言い過ぎました。ごめんなさい。出身者1人1人の人生はかけがえのない大切なものであるから、大事な人生を長きにわたり美しくない人物と生活を共にする必要はないのです。美しくない人物などというのは本来存在しないのでありますが、責任感が強く組織運営を試みてはみたものの市民に本土と比較しての格差に相当する額をおしつけてしまうことになった組織運営者とさせていただきます。
従業員に格差相当額の負担を求めてしまったら従業員の人生はどう転んでもかつての植民地労働者と大差ない身分におかれるではありませんか。
出身者には今後も続く子孫のためにも教育投資を行なってほしいわけであるから、十分な教育投資資金を確保できる地域での活躍をお祈りいたします。
毎年700人ぐらいずつどこかへ行ってしまいました。死んだわけではありません。お天気が続いているところの噂を聞きつけてお洗濯に行ったわけであります。お天気でないと洗濯物は乾きません。洗濯物もからっからに乾くことでしょう。あまりにも乾きすぎて喉が渇くでしょう。行った先の川で洗濯していても大きな桃は流れてこないでしょう。それでも桃の天然水が欲しくなってしまうでしょう。JT(日本たばこ産業株式会社)から販売されている桃の天然水よりも格段に優れているくだものの現物が欲しくなったあなたは廉価に手に入る桃の天然水でも飲んでてください。
合併計画はとりあえず手詰まりであるから、市民は用意周到な防衛策を企図し、子孫に教育を受けさせることだけを考えた行動をおとりください。
市民に格差分担を要求する組織管理者との距離をもう一度見直してください。あなたの人生を尊重します。組織管理者は全体の奉仕者であり、精神面においても優れた強度を誇っているはずであるので、市民の皆さんはお気遣いなさらなくても結構です。余計なお世話です。幸福度の高い生活が予想される人と好きな場所で生活してください。
おつかれさまです。誰も最後まで読んでくれませんでしたね。一応あいさつさせていただきます。
今日の記事は忙しい人は読んでいないはずです。お尻に火がついたかちかち山のたぬきさんはどうなったのでしょう?
今日の記事は台所が火の車である人は忙しくて読んでないですね。火の車でも読むことができたあなたはかなりふてぶてしい悪人である可能性が高いです。くれぐれも債権者を泣かせるようなことだけは慎んでください。
こんな記事ばかり書いていると心なしかまだ見ぬ地におられる心優しい異性が遠ざかってゆくような気がいたします。天の神からの御加護が受けられなくなるような気がいたします。
時間がある人はかちかち山で検索して童話でも読んでみてください。最近出版された書籍を読むより童話を読んでいたほうがよほど有益でありますよ。
私はこれから読みますがかちかち山のうさぎさんはどんな人なんでしょう。少し楽しみです。たぬきさんは善意のたぬきさんなのでしょうか?
戦後出版された本は100年後も読まれているのだとすれば有益であると認定してもよろしいのではないでしょうか?