旅の窓

平凡ながら列車の旅が好きで、その様子を紹介しています。
『閑雲野鶴日記』は日々の自由気ままな生活の記録。

晴耕雨読日記 平成29年12月12月2日 土曜日 静養日

2017-12-02 17:37:51 | 晴耕雨読日記
 「夜行列車」。
 この言葉で皆さんは、どんなことを思い浮かべますか。
 ひたすら闇夜を走り、車窓には赤い光を放つ踏切の光が流れ、聞こえる音は警報機の音、鉄橋を渡る音、単調なレールの響き。
 何とも言えない寂しさをイメージします。
 しかし、「夜汽車」と言ったときには、夜の静寂を楽しみ、車窓に流れる光に思いを寄せ、日が昇る朝への期待といったものをイメージします。
 その時間を楽しむ「夜汽車」が少なくなったことは寂しいことです。

 今日の一冊です。
 タイトルのように、「夜汽車よ 今夜もありがとう」。


鉄道コレクション~列車愛称板6 「臨時 北斗」

2017-12-02 13:37:22 | 鉄道コレクション
 表に「臨時 北斗」。裏は地金。
 材質はホーロー。文字は浮き文字。
 主に昭和30年代、急行列車時代の臨時列車に使われた物です。




 「北斗」は、戦後初めて東北地方の列車に使われた愛称のひとつです。
 1949年(昭和24年)9月15日、上野・青森間を常磐線経由で運転開始した夜行急行列車で、急行「北斗」として愛称がつけられたのは、運行開始の翌年1950年(昭和25年)11月8日からです。当時の列車愛称命名方法の基準に「夜行列車名は天体名にちなむ」とあったことから、北を示す北極星を指す北斗星から、北へ向かう列車の愛称として採用されたといわれています。
 1959年(昭和34年)9月22日からは東北初の寝台急行となりましたが、1965年(昭和40年)10月1日、寝台特急「ゆうづる」に格上げされ「急行北斗」は廃止されました。
 なお、「北斗」が「北都 = 札幌行の列車」とのイメージが重なるということから、1965年(昭和40年)11月1日から函館と札幌・ 旭川駅を結ぶ函館本線・室蘭本線・千歳線経由の特急列車の愛称として採用され、現在も函館・札幌を結ぶ特急として走っています。