一葉一楽

寺社百景

金王八幡宮 ー 英雄伝説と権現造

2012-10-26 20:30:34 | 神社

「江戸名所図会」に渋谷八幡宮とあるが、「新編武蔵国風土記稿」では「金王八幡と号す、古より中渋谷村の鎮守なり」とある。金王丸伝説が前面に出て、あたかも金王丸を祀っているようにみえるが、あくまでも八幡社で応神天皇を祭神とする。現在の社殿造営の時期には、元別当寺の東福寺鐘銘に依拠する元禄元年(1688年)と、春日局と青山伯耆守忠俊寄進とし慶長17年(1612年)の二説があるようである。「新編武蔵国風土記稿」は鐘銘「疑ふへし」とするが、「東京都の近世社寺建築」(東京都、1989年)では絵様から鐘銘を採る。

         

「江戸名所図会」では権現造として描く。拝殿・幣殿とは同一床高で、異様に奥行のある幣殿の先に木階、一間の本殿がある。幣殿を後から付加し権現造としたのであろう。神社建築として、権現造が普及、或いは流行となったのであろうか。

                 

                    

社殿は、向拝の彫刻、彩色を除き、疎垂木に見られるように極めて簡素であるが、小壁を大きくとる。拝殿正面の小壁には「虎」と「獏」の彫刻があり、このために小壁を大きくしたのではないか思わせるほどである。

          

(注)2012年10月撮影

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根津神社 ー 神とは人也

2012-10-17 11:45:00 | 神社

新井白石が「神とは人也」と「古史通」第一巻の冒頭に書いたのは享保元年(1716年)である。根津神社はその10年前の宝永3年(1716年)、五代将軍綱吉による天下普請である(「御府内備考続編」に棟札写があり、そこには願主綱吉、奉行久世大和守重之、大工村松淡路・依田伊予とある)。祭神は六代家宣の産土神、素戔嗚尊である。相殿は山王権現、八幡神である。祭神に関係なく、権現造に造る。なお明治以降、大国主命・菅原道真が付け加わる。

              

            

加藤周一は建築空間の特徴の一つに「オク」の概念を持ち込む(「日本文化における時間と空間」岩波書店 2007年3月)。「オク」とは「人に見せず、大事にする」こととし、神社は「オクへ向う進路を軸として構造されている」という。権現造は社殿の中で、軸を構成し、人と神の関係を外界から遮断する。神社が都会に取り囲まれた結果であろうか。

根津神社では、幣殿と拝殿は同じ床高で、本殿とは木階で接続し、高縁は三殿を連続的に回し一体化する。石の間で拝幣殿と分断する、人と神の間を隔離するのは木階のみで、同じ社殿の中で共存するような形をつくる。神が身近となっているのである。

                        

(注)2008年11月撮影(漆塗り替えの前)

 

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三芳野神社 ー 天神様の社になった東照宮

2012-10-04 14:10:41 | 神社

「千木高くしてみや柱ふとしくたてて内陣より外陣に至るまて金をちりばめ玉をかさり、・・・」(三芳野名勝図会)と謳われた寛永元年(1624年)造営の拝殿・本殿も、明暦二年(1656年)には棟札また「三芳野天神別当乗海覚書」に「依年月経年令零落」と云わしめている。外観から見ると、塗装の剥落ひどく、現在の印象でもある。

                  

「川越三吉野の里に天満宮造営ありければ。外遷宮によて。松平甲斐守輝綱暇下さる」と「徳川実紀」にある。寛永元年造営の社殿から明暦ニ年の権現造への修復と呼ぶ変更は、武の素戔嗚尊から文の菅原道真へと転換を意味し、幕府の、松平信綱の意図があるのではなかろうか。これが「江戸二ノ丸御宮先御城主松平伊豆守御拝領被成、当御城内江御建立」(「河越御城内天神御社地?寺院由緒覚」元禄七年(1694年))の背景ではなかろうか。

             

                 拝殿             本殿

                    

(注)2012年5月撮影

権現造にするには当初の流造の本殿では難しいのかも知れない。入母屋造の二ノ丸東照宮の本殿と置き換えたということであろうか。拝殿・幣殿は同じく城内の田曲輪、高松院の庭に移築し、三芳野神社内宮の遥拝所としたのであろう。この拝殿・幣殿は今氷川神社の摂社八坂神社(三芳野神社の主神素戔嗚尊を祀る)として移築され残っている。

                 

                      八坂神社

(注)2012年10月撮影

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