キク科の花だとは思っていたが名前が分からずにいた、
echalotellさんのところからヴァンダンジューズという名前で
ワインが収穫される頃咲く花だということがわかった。
vendange というブドウの収穫という意味からきているそうです。
予報が当たり雨模様の空だった、
雨、晴れ、雹、雨、大きな虹、
めまぐるしく変わる空模様。
教わった通りに枯れたダリアの頭を切った後から
小さいけれどいくつか新しい花が咲き出した。
西の山の雲の間から天使の階段が現れた。
キク科の花だとは思っていたが名前が分からずにいた、
echalotellさんのところからヴァンダンジューズという名前で
ワインが収穫される頃咲く花だということがわかった。
vendange というブドウの収穫という意味からきているそうです。
予報が当たり雨模様の空だった、
雨、晴れ、雹、雨、大きな虹、
めまぐるしく変わる空模様。
教わった通りに枯れたダリアの頭を切った後から
小さいけれどいくつか新しい花が咲き出した。
西の山の雲の間から天使の階段が現れた。
生まれ育った田舎の秋祭りは毎年秋分の日の頃行われる、この時期の天気は雨か秋晴れかの五分五分、雨の日の方が多かったように記憶するが今年はかろうじて雨からのがれられた。
昭和初期が起源だというこの祭りには八台の舞台と呼ばれる大きな曳き車が町中を曳き廻され最後にお宮に奉納され収穫を祈るというものだ。
舞台の上では小学生から中学生までの子供たちが笛や太鼓そして真鍮で出来たチンチンと呼ばれる打楽器で昔から受け伝えられたメロディーを演奏する。
二階部分には縁起の良い神様の人形が飾られている。
ぼくも子供の頃何年か笛とチンチンを担当していた、太鼓は体力のある大きな子に任される。
あの頃は提灯の中はローソクだった いまのようなLEDの明るさはないが
ユラユラ揺れる灯りは情緒があり侘しささえ感じた、
そして近隣の町や村から沢山の若い人達が夜店を冷やかしにやって来祭りもクライマックスを迎える。
この舞台は京都の祇園祭りで使われていた物を当時の大金250圓で買ったというものだ、
そんなわけでこの舞台だけ屋根が付いていなく弁天様がかざられている。
多くの舞台は1860年頃宮大工によって造られどこかの町や村で活躍していたものを中古車で買ったと言われている。
我が町内の提灯は素朴な明かりでいいではないか、
近年はだいぶ痛みも激しく危険になってきたため特に車輪や車軸は新しい物に造り直されて曳きもステアリングも見違えるほどよくなってきたそうだ。
祭りの始まる数日前には鯉屋が天秤かつぎで活きた鯉を売りに来て鯉こくが祭りのご馳走だったが
久しく食べてないものだ。
以前は3日間あった祭りも今では2日に短縮されたがこの祭りはこのまま廃れることなく続いていくでしょう。
今年の日本の秋は例年になく雨曇りの多い年であるという
2週間の滞在で台風こそ避けられたものの
これといった秋晴れはほんの数日だけだった
それでも秋の果物は黄色くなり
たわわに実っている
子供の頃はこんなに沢山の彼岸花が咲いているところを見た記憶にないが
ただ野の花に興味がなかっただけなのか
それとも気がつかなかっただけなのか
持って帰りたかったけれど
球根はどこにも売ってはいなかった。