大久野島北部砲台跡、トンネルをくぐって中央のエリアへと到着。
ここには残り2つの砲座跡と砲側庫跡があり、それらの奥から
スロープを上って再び島の外周路へと戻れるように道が続く。
24cm加農砲(カノン砲)の説明板。芸予要塞時代の大久野島には
北部・中部・南部合わせて計22門の大砲が設置されていたらしい。
トンネルに近い方の砲座には・・・毒ガスタンクの台座が置かれている。
砲台を1つ潰して、毒ガスのタンク置き場として使っていたのだろうか?
奥の砲座は、すこし荒れてはいるが最初に見た砲座同様の姿を保っていた。
一通り見終えたら、奥のスロープから外周路の方へと戻りましょう。
このスロープの前にある一番奥の砲側庫跡は、なぜか水没している。
外周路へ向かう途中、北部砲台観測所跡なる場所へと続く階段がある。
しかしこの観測所跡も立入禁止になっており、見に行く事はできなかった。
外周路へ帰還。振り返ると奥に巨大な岩壁がそびえる。
北部砲台観測所跡は、あの崖の上あったのだろうか?
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ここには残り2つの砲座跡と砲側庫跡があり、それらの奥から
スロープを上って再び島の外周路へと戻れるように道が続く。
24cm加農砲(カノン砲)の説明板。芸予要塞時代の大久野島には
北部・中部・南部合わせて計22門の大砲が設置されていたらしい。
トンネルに近い方の砲座には・・・毒ガスタンクの台座が置かれている。
砲台を1つ潰して、毒ガスのタンク置き場として使っていたのだろうか?
奥の砲座は、すこし荒れてはいるが最初に見た砲座同様の姿を保っていた。
一通り見終えたら、奥のスロープから外周路の方へと戻りましょう。
このスロープの前にある一番奥の砲側庫跡は、なぜか水没している。
外周路へ向かう途中、北部砲台観測所跡なる場所へと続く階段がある。
しかしこの観測所跡も立入禁止になっており、見に行く事はできなかった。
外周路へ帰還。振り返ると奥に巨大な岩壁がそびえる。
北部砲台観測所跡は、あの崖の上あったのだろうか?
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