ロビンの観劇日記

芝居やオペラの感想を書いています。シェイクスピアが何より好きです💖

「雨とベンツと国道と私」     

2024-06-30 22:44:24 | 芝居
6月11日、東京芸術劇場シアターウエストで、蓬莱竜太作・演出「雨とベンツと国道と私」を見た。



コロナの影響で心身共に傷んでいた五味栞は、知人の提案で
とある自主映画製作を手伝うため、群馬へと誘われる。
そこには、かつて五味が参加していた撮影現場で罵声や怒号を
日常的に役者やスタッフに放っていた監督、坂根真一の姿があった。
しかし、坂根は名前を変え、別人のように温厚な振る舞いを見せながら監督をしている。
坂根の影響で心に傷を負った五味はその姿を信じない。
過去と現在が混じり、それぞれの思いが交錯していく。
   人は本当に変われるのか(チラシより)。

いわゆるバックステージもの。

五味栞は俳優の宮本圭という女性と親しくなり、ある日、映画館で一緒に映画を見た後、自分の部屋に連れて行き、
思い切って自分の書いた脚本を見せる。
意見を言ってもらい、二人で盛り上がる。
宮本に対して友情以上の思いを抱いているらしい五味にとって、夢のようなひと時だった。

だが次の場面で五味は、職場で怒鳴られると、驚いて立ちすくみ、邪魔にならないように隅の椅子に座ろうとして
椅子を倒してしまい、かえって大きな音を立ててしまう。
彼女は人に怒鳴られたことがなかったので、動揺したのだ・・。

また一方、才谷敦子という素人の女性が脚本を書き、それを自ら演じて上演しようとする。
その脚本たるや、いかにもな、つまらなさ百パーセントで、かえって笑える位のレベル。
役者も下手という設定なので目も当てられない・・。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

凜太朗という青年がオーディションを受けるのを見ていて、前作(2022年上演の「だからビリーは東京で」)を思い出した。
やっぱり小さな劇団でオーディションをやっていたっけ。
しかも、その時もオーディションを受けに来たのは凜太朗という青年で、それを今回と同じ名村辰が演じていた!
これってちょっとしたお遊び?

今回も、はっきり言って期待はずれだった。
細部に面白いところがないわけではないが、不愉快な場面も多いし。
当日配られたパンフに、小さく「一部、恫喝や暴力の表現があります」と書いてある通り。

弱気な夫を支配し、いつも自分の意思を通して生きてきた才谷敦子という女性。
彼女は夫が急死して初めて、彼の人生について考え始める。
前の職場での不幸な経験から、常におどおどしている不器用な五味栞という女性。
見ていてイライラさせられる。
役者が違えば、また印象も違ってくるのかも知れないけれど。
客席は満席だったが・・。
作者の創作の苦しみが伝わって来たことは確かだ。
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「マーヴィンズ ルーム」

2024-06-24 22:37:17 | 芝居
5 月27日 Pit 昴 サイスタジオ大山第一で、スコット・マクファーソン作「マーヴィンズ ルーム」を見た(劇団昴公演、訳・演出:田中壮太郎)。



20年間寝たきりの父マーヴィンと病気の叔母のルースを結婚もせず一人で支えるベッシーはある日、白血病を宣告される。
最も可能性の高い治療法―骨髄移植を医師に促され、ベッシーは父の病気を機に家を捨てた妹のリーに連絡をとる。
リーは12歳の次男チャーリーと、自宅を放火し少年院にいる長男ハンクを特別措置で一時退院させ、三人でフロリダのベッシーの元に向かう。
暫くぶりに再会するベッシーとリー、マーヴィン、ルース、そして伯母、祖父、大叔母に生まれて初めて出会うハンクとチャーリー。
それぞれの複雑な感情が交差するなか、家族たちは次第に心を通じ合わせていく。
ベッシーの白血病が再び結んだ家族の絆は何処へ向かうのか・・・(チラシより)。

ベッシー(米倉紀之子)は最近体がだるいので、病院で血液検査を受ける。
帰宅すると、叔母ルース(佐藤しのぶ)は父に1時間ごとに飲ませる薬のことを忘れていた。
叔母はテレビドラマ好きで、ベッシーも、つき合って一緒に見る。
父は自分の部屋のベッドに寝たきりだが、鏡を壁に当ててピカピカさせてあげると喜ぶ。

少年院で、女性医師(林佳代子)とリー(あんどうさくら)が面談。
リーの長男ハンク(赤江隼平)が入って来る。母子の会話。
灰皿あります?と尋ねるリーに対して、この医師は「ここは禁煙です」と言っておきながら、大きな灰皿を奥から持って来る。
そして、二人が出て行き一人になると、悠々とタバコを吸い始めるのには驚いた。
一体どういうこと?
当時の米国の少年院ってそんな感じだったのか。

ベッシーは検査結果を聞きに病院に行く。
女性医師(磯辺万沙子)は真っ赤な服を着て急いで入って来ると、べらべらと雑談を続ける。
検査結果をなかなか言わないが、なぜか「お尻から骨髄を少し取らないといけない」と言い出す。
ベッシーは「どうしてお尻から骨髄を取らないといけないんですか?」
「はっきり言ってください」と迫るが、
それでも医師は「可能性を排除していかないと・・」と言うのみ。
それでベッシーが、思いついた病名を次々と挙げていくと、医師はいちいち否定する。
だが「癌?」と尋ねると、それには無反応・・。
「私、癌なんですか?」と聞くと、ようやく彼女は「白血病かも・・」と答えてくれた。
(1980年代当時、白血病は不治の病だった)
医師は骨髄移植という方法がある、と告げる。

ベッシーは、自分が死んだら父と叔母の介護をする人がいなくなる、と思うと夜も眠れなくなり、
長らく会っていなかった妹リーに連絡を取る。
リーは始め、お金がないからフロリダには行かず、息子たちとサンプルを取って送ろうと考えるが、
結局、3人で実家に帰る。
初めて祖父と伯母さんと大叔母に会ってどぎまぎする息子たち。
姉妹の間もギクシャクしている。
夜、眠れないベッシーが外に出ると、ハンクが父親の工具をいじっている。
かなり上等な工具らしく、ベッシーが「それ、あなたにあげる」と言うと、ハンクは喜ぶ。
彼はもうすぐ18歳になる。
その後は成人として、今の少年院から別の施設に移らないといけないという。

<休憩>

病院でチャーリー(屋鋪琥三郎)とハンクが検査を受ける。
夜、一緒に寝ている兄弟は、死について会話する。
姉妹は老人ホームを見学するが、喧嘩になる。
その夜、リーはベッシーのカツラを「直させて」「プロだから」と。
リーは今、美容師の資格を取ろうとしているのだ。
ベッシーは「別にどうでもいいのよ」と言いつつ、素直にカツラをはずして渡す。
うっすらとなった地毛が現れる。
リー「どこかで出会いがあるかも」
ベッシー「え~?」
リー「今までも何もなかったわけないでしょ?ブスじゃないし」
ベッシー「・・どうも」
そこから、かつて好きだった人の話になる。
二人の会話は、これをきっかけに柔らかなものに変わってゆく。

ある日、みんなでディズニーワールドに行く。
それぞれ楽しく過ごすが、ベッシーは一人でいる時、吐血して倒れてしまう。

結局、甥たちの血も適合しなかったと医師から連絡が入る。
ベッシーはさっぱりした顔で妹と抱き合うが、やはり内心穏やかでないらしく、父の薬をうっかり床にばらまいてしまう。
ベッシーは述懐する。
「父と叔母がいてくれて、私は幸せだったわ・・」
彼女はこれまでを振り返り、人の役に立てたのだから自分の人生にも意味があった、と早くも総括している・・。
涙、涙・・

ハンクはいつの間にか家出していた。
彼は弟に、伯母さん(ベッシー)宛てのメモを託していた。
だがしばらくすると、ハンクは戻って来て、たまたまそこにいた母(リー)と黙って見つめ合う・・。
リーが一人でいると、父の部屋からベッシーの声が聞こえて来る。
「ほら、やってあげる」
鏡を壁に当ててピカピカさせているのだ。
父の笑い声が聞こえる。幕。
~~~~~~~~~~~~~
家族の確執が、緩やかにほどけてゆくさまが、見ていて胸に沁みる。

次女リーは、父の発病後家を出て、20年もの間、父の看病を姉一人に任せていた。
とんでもないことのようだが、それまでも父や姉との関係は、恐らくあまりよくなかったのだろう。
そう考えないと彼女の行動はとても理解できない。
そして、そんな妹に久し振りに会った姉ベッシーは、恨み言ひとつ言わない。
そこが、信じられなくもあり、あまりに潔くて尊敬の念を搔き立てられる。

ただ、一番気になるのは、ハンクの抱えている心の葛藤。
父親がいないというだけでも大変なのかも知れないし、母親リーが相当抑圧的なのも問題なのだろうが、それにしても
自宅に放火するというのは並大抵のことじゃない。
彼は人間不信に陥っている。
ベッシーに対しても、今まで一度も僕たちに会おうとしなかったのに、急に連絡して来たのは、
自分が死にたくないからでしょ?みたいなことを言う。
実際には、彼女の心を占めていたのは、父と叔母の介護を続けたいという強い思いだったのだが。
彼女はハンクの鬱屈した思いに気づき、「私はあなたを愛しているわ」と言う。
彼は今まで誰からも、こんな言葉をかけてもらったことがないのかも知れない。
彼はこうして彼女と語り合ううちに、人の心の温かさと、誠実な人間の存在を知り、最後に彼女宛てのメモに
「僕もあなたを愛しています」と書いたのだった。
この後、彼はきっと、前向きに生きていくに違いない。
そんな希望を感じる。

翻訳にいささか疑問あり。
「サンクスギビング」とか「アセンション祭」とかが原語のまま口にされたけれど、分かりにくくないだろうか。
感謝祭とか昇天日とか訳してくれた方がずっと分かり易いのに。

作者は1959年生まれ。1992年、33歳でエイズによる合併症で死去。
この作品は、「マイ・ルーム」というタイトルで映画化されたという。
ダイアン・キートン、ロバート・デニーロ、メリル・ストリープ、そして子役でレオナルド・デカプリオという豪華キャストで、
キートンがアカデミー主演女優賞にノミネートされた由。
これは見てみたい。

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オペラ「デイダミーア」

2024-06-19 21:11:03 | オペラ
5月25日めぐろパーシモンホール 大ホールで、ヘンデル作曲のオペラ「デイダミーア」を見た(二期会公演、演出・振付:中村蓉、指揮:鈴木秀美、
オケ:ニューウェ―ブ・バロック・オーケストラ・トウキョウ)。



イタリア語上演、日本語字幕付き。
トロイア戦争で劣勢のギリシャ軍。戦士アキッレを探すため、ウリッセとその腹心フェニーチェがスキュロス島にやってくる。
アキッレはスキュロスのリコメーデ王によって匿われ、女性ピッラとして生活し、王の娘デイダミーアとは密かに恋仲にあった。
ウリッセらの目的を察したデイダミーアは、アキッレの正体が見破られないよう、事情を知る友人ネレーアにも協力を仰ぐ。
そんななか、リコメーデ王は客人をもてなすための狩りを女性たちに命ずる。
デイダミーアはなんとか彼らをアキッレから遠ざけようとするが、狩り好きのアキッレは見事に雄鹿を仕留める。
その勇ましい様子をウリッセたちは見逃さなかった。
正体を完全に突き止めるために、ウリッセは女性たちへの贈り物として美しい装飾品を用意し、そこに武具を紛れ込ませた。
アキッレが見事な武具に気を取られていると、そこに偽の襲撃のラッパ音が響く。
思惑通りアキッレに戦士としてのスイッチが入り、ウリッセは彼が探し人であることを確信する。
絶望するデイダミーアであったが、変わらぬ愛を信じてアキッレを戦地へ送る決意をする・・・(チラシより)。

1741年ロンドンで初演された、ヘンデル最後のオペラの由。

この作品の主役は、恋人と引き裂かれる悲劇の女性デイダミーア。
そして彼女の恋人がギリシャ軍の英雄アキッレ(アキレウス)なのだが、彼は何と女装する!
しかも一時的に女装するのではなく、最初から最後まで女装のままであり、それを演じるのが何とソプラノの女性歌手という、
実に珍しい、入り組んだオペラだ。

衣裳(田村香織)が分かり易い。
女性はスカートの上にクジラの骨のような輪っかをつけているが、それがカラフルで、人によって色が違う。
主役デイダミーアは紫色、アキッレは黄緑色、ネレーアは黄色というように。
振り付けが面白い。ダンサーたちも見事。
バロックオペラの上演では映像を使うことが多いが、今回は映像無しで、全編緻密に練り上げられたダンスを組み込んで、聴衆を楽しませてくれた。

アキッレ(栗本萌)はまるで子供。
女性の恰好をしてはいるが、大好きな狩りに夢中で、彼を探しに来たウリッセ(一條翠葉)たちに正体を見破られたら戦争に行くことになるというのに、
まるで平気なようだ。能天気で楽観的。
そのためデイダミーア(七澤結)は可哀想に、絶えず心配と不安を抱えている。
ウリッセはアキッレの情報を得ようと彼女に近づいて話しかける。
デイダミーアがウリッセと二人きりでいるところを見て、アキッレは腹を立て、彼女と喧嘩になってしまう。

ウリッセは女装のアキッレに近づいて、女性として扱い、彼の反応を見る。
アキッレは、男である自分を真剣に口説いてくる英雄に興味がわき、つい話し込んで悪ノリする。
このように、アキッレは意外とお調子者。
それを目撃したデイダミーアは、ますます不安になる。
ウリッセが去り二人きりになると、デイダミーアとアキッレは、またもや言い争ってしまう。

彼女の友人ネレーア(河向来実)は彼女と強い絆で結ばれているが、その胸の内には友情以上のものがあるようだ。
だが、ギリシャ軍のフェニーチェ(亀山泰地)と出会い、誠実に愛を訴える彼に惹かれてゆく・・。

ウリッセが用意した、女性たちへの贈り物を見ると、彼の思惑通りアキッレは、中に紛れ込ませた武具の方に興味を示す。
さらに、その時、襲撃を知らせる偽のラッパの音が響く。
アキッレは戦士として目覚め、「王宮は僕が守る!」と叫んでしまう。
ウリッセは彼が探し人であることを確信し、自らの正体も明かし、ギリシャ軍の現状を伝え、戦地に君が必要だと訴える。
アキッレは、戦士としてギリシャに勝利をもたらすことを勇ましく宣言する。
絶望するデイダミーア・・。

歌手がみなうまくて聴いていて実に快い。
ダンスの振り付けも面白くて飽きさせない。
だが、時にアリアを歌っている歌手にまで踊らせるのは、ちょっとどうかと思った。
歌手には歌に集中させて欲しい。
ラスト、音楽は穏やかに終わるが、演出がうまく処理して、アキッレの戦死と、それを知らず彼との再会を信じて明るい表情で待つ
デイダミーアとの対比を表していた。




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「ハムレット Q 1」

2024-06-11 23:40:18 | 芝居
5月23日パルコ劇場で、ウィリアム・シェイクスピア作「ハムレット Q 1」を見た(翻訳:松岡和子、演出:森新太郎)。






「ハムレット」には Q 1・ Q 2 ・ F 1と三種類の原本があり、現代では Q 1は Q 2 の原型で、 Q 2 は草稿版、
F 1が当時の劇団保管演出台本で、Q 2を参考に制作されたとも言われている。
今回上演する Q 1は、最長の Q 2と比べ約半分の行数で構成されており、そのぶん畳みかけるように展開される疾走感のあるドラマとなっている(チラシより)。

ネタバレあります!注意!

デンマークの王子ハムレットはドイツ留学中、父王の急死の知らせを聞き、急きょ帰国。
だが母ガートルードが、父の弟である叔父クローディアスと再婚し、その叔父が国王となったため、激しいショックを受け、鬱状態に陥る。
その彼の前に、父の亡霊が現れ、自分は病死とされているが、実は弟に殺された、と告げ、復讐せよと命じる・・・。

吉田羊がタイトルロールをやるというので、客席はもちろん満席。
チラシの文を読むと普通の「ハムレット」より短いようだが、意外と長いセリフが多い。
特にマーセラスのセリフが長い。ホレイショーも。亡霊がなかなか出て来ない。
亡霊は「甲冑姿」だというが、黒く光る素材の雨がっぱを長くしたようなものを着ている。
ダースベイダー風?

クローディアス役の吉田栄作とガートルード役の広岡由里子が、思った通りミスキャスト。
吉田のクローディアスはまったく悪党に見えない。
相変わらずスリムで足が長くてカッコよく、顔立ちも整っていて誠実そうで、女性にモテモテな感じ。
兄王と比較されてさんざんけなされたり、義姉に横恋慕して兄を毒殺するような奴には、とても見えない。
広岡のガートルードは、クローディアスを兄殺しに駆り立てるような華に欠ける。
どちらもまるで説得力がない。
なぜこういう配役にしたのか理解に苦しむ。

ポローニアス(佐藤誓)はオフィーリア(飯豊まりえ)に、ハムレットからの恋文を音読させる。
ガートルードはそれを手に取って、自分でも読む。

舞台奥に「回廊」らしきものがあり、そこをハムレットが歩く。
オフィーリアは彼に、もらった贈り物を返そうとするが、それが白い小さなウサギのぬいぐるみ。
これは奇抜だが、ハムレットはそれを腹話術のように動かしながら、「こんなものをやった覚えはない」などと言う。
その後も同様に、異様に高い声でセリフを続ける。狂気を装う時の声ということか。
ローゼンクランツたちがやって来ると、ハムレットは彼らの前でも、その高い声で、わざとらしく明るく振る舞う。
旅回りの役者4人が来る。全員女性。
座長がヘキュバのシーンを演じた後、ハムレットは一人になると、「俺はなんて・・・」「あの女にとってヘキュバは何だ・・・」
座長が女性なので、「あの女」と言い換えている。
<休憩>
劇中劇の前に、ポローニアスが王と妃に提案する。
 芝居の後、すぐに私がハムレット様に言います、母上のお妃様があなたにお会いしたいと言っておられます、と。
 そして親子水入らずの場で、ハムレット様はきっと心の内を話すことでしょう、それを私はカーテンの陰に隠れて聞いています。

ハムレットが旅役者たちに向かって演劇論を語る。
と、すぐに王たちがそこに来る。
下手側に簡易な幕が運ばれる。
ドラが鳴ると、幕が開き、金色の衣の王と銀色の衣の妃が現れる。
黙劇で、妃が去り、王が眠ると、ド派手な格好のピエロが現れ、王の耳に毒を流し込む。
 ➡ 王が倒れ、妃が嘆く ➡ 妃とピエロが並ぶ。ここで見物していたクローディアス王の周りの人々が笑う。
本番が始まる。王役の声がいい。
妃役は驚いたことに歌い出す。
この後、彼女のセリフはずっと歌。
王の甥が王を殺すシーンで、クローディアスが立ち上がり、「あかりだ、寝る」。
皆、芝居の装置を片づけて、散る。
ハムレットとホレイショーは王の反応を確認し合う。

王はよろよろと登場し、神に祈るが、その内容は、よく知られたものとはだいぶ違う。
彼は「不義密通」と口にする!
つまり、彼とガートルードは先王が生きていた頃から密かに関係していたということだ。
亡き兄の未亡人と結婚するのが近親相姦になるかどうかは微妙なところで、旧約聖書ではレビラート婚といって、むしろ推奨されていた。
だが彼は近親相姦とは言わず、不義密通と言うのだ。
そして作者は後に、このセリフをカットした。
これは重要だ。

クローゼットの場で、ハムレットは「殺人」という言葉を口にする。
ガートルードは驚き、自分は何も知らない、と言う。
ハムレットは「復讐する」と口にする!
ガートルードは止めない!
それどころか、「そうなるように」とか言う!
王の機嫌を取っておく、とまで言う。
これには驚いた。

ハムレットはポローニアスの遺体を引きずりながら去る。
王が来てガートルードの報告を聞くと、王は驚くが、ハムレットをイングランドに送るよう既に手配してある、と言う(早い!)。
ハムレットは連れて来られると、イングランド行きの話に、すぐ「わかりました」と答える。
その後、クローディアスは一人になると、「書面にハムレットの首をはねよ、と書いておいた。
あいつに生きていてもらうと困る。あれがいなくなれば、この国も私も安泰だ」と独白!!
なるほど。最初に書かれていたのはこういうことだったのか。
その後、作者はこのシーンをカットしたのか。
実に面白い。

ホレイショーは王妃ガートルードに会うと、無事帰国したハムレットからの手紙を渡して説明する。
ガートルードは夫がハムレットを殺させようとしたことを知る。
「復讐に協力して下さい」とホレイショーに言われて「わかりました」と答える!
つまり、ガ―ティーはここではハムレットたちの共謀に加担する!

クローディアスとガートルードがいるところにレアティーズが一人で乱入。
王と妃は、彼を何とかなだめる。
この時、王は早くも決闘のことを話す。
使う剣のこと、ワインに毒を入れることも。
そこにオフィーリアが来る。
赤い小さなアイリッシュハープを抱えて爪弾きながら歌う。
一人一人に花を手渡す。

ガートルードがオフィーリアの死を報告する。

墓掘りたちの場。
ポローニアス役の佐藤誓が墓掘り1も演じる。   
頭蓋骨を3つも掘り出して投げる。

ハムレットとホレイショーのところに決闘の申し出。
そしてその場に王たちが来て、決闘がすぐに始まる。
そこに家臣たちがいないのが物足りない。
いるのは審判役のオズワルドとホレイショーのみ。
ガートルードが毒入りの酒を飲んで死ぬと、王は彼女のそばに来て、四角いレンガみたいなものの上に座り込んで彼女の顔をじっと見つめる。
レアティーズは負け続け、途中で剣が入れ替わり、自分の剣で刺された後、後ろを向いたハムレットを刺す。
彼は倒れながらハムレットに話しかけ、王と仕組んだ企みを明かし、「私は君を許す」と言う。
ハムレット「私も君を許す」。
ハムレットが王に近づいて「極悪非道の王・・」と呼びかけると、王は立ち上がってハムレットに近づく。
ハムレットが王の体に刀を当て、突き刺すと、王はよろけながら奥に歩いてゆき、ドッと後ろに倒れる。
その倒れっぷりがすごい。
客席からも驚きの声が上がる。
ハムレットは力無く座るが、ホレイショーが杯に残った毒入りワインを飲もうとすると、離れたところから「頼む!・・・」。
ホレイショーは杯を落とす。
ハムレットが後ろに倒れる時、ホレイショーが支える。
「おやすみなさい、やさしい殿下、・・・」という彼のセリフはない。
フォーティンブラスたちが来る。幕。

~~~ ~~~ ~~~
Q1は、もちろん初めて見たので、非常に参考になった。
吉田羊のハムレットは、期待通りで、さすがとしか言いようがない。
かつてポーランドの女優がハムレットを演じたのを見たことがあるが、女性が演じたのを見たのはその時の一回きりだ。
私の好きな麻美れいもやったようだが、その時のうたい文句が「歌うハムレット」だったので、恐れをなして行かなかった。
ハムレットには絶対に歌って欲しくないので。
吉田のハムレットは、知的で美しく、声もよく、饒舌、情熱的で、動きも軽快、カッコよくて魅力的で惚れ惚れする。
ただ、すでに書いたように、今回主役以外のキャスティングが良くないのが残念だ。
ポローニアス役の佐藤誓も、もちろん達者だが、あまりに元気そうに見える。
もう少し、年寄り感が欲しい。
オフィーリア役の飯豊まりえだけは良かった。





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「探偵物語」

2024-06-06 11:30:39 | 芝居
5月22日俳優座劇場で、シドニー・キングスレー作「探偵物語」を見た(俳優座劇場公演、演出:石山雄大)。



正義感に飲み込まれた孤高の刑事の生涯を描いた不朽の名作がここに甦る!
ニューヨーク21分署の刑事部屋を舞台に犯罪者と名も無き市民等が複雑に行き交う中で、
犯罪を絶対に許さない非情な刑事が、ある捜査の過程で奈落の底に落ちていく・・・(チラシより)。

舞台中央に机が2つ。電話も2つ。上手にソファ。その奥の高いところにも椅子。
その右にドア。
中央奥に、左に降りる階段。これは出入口に向かうようだ。
奥の右はトイレ。
刑事たちが忙しくしている。新聞記者も一人いる。
デパートでハンドバッグを盗んだ若い女が取り調べを受けている。
年齢、体重、身長を聞かれ、指紋を取られる。
妹の夫が弁護士なので、電話して来てもらうことにする。
そこに一人の女が叫びながら入って来る。
部屋に見知らぬ2人の男がいた、と。
連行されて来た2人は前科者らしい。
ルイスは半年前に出所したばかりで、明らかに相棒のチャーリーにだまされている。
さらに、若い男アーサーが、会社の金を盗んで連行されて来る。
腕に「ジョイ」という入れ墨があるので問い詰められる。
彼は答えようとしないが、どうも好きな女性の名前らしい。
こんな風に、この部屋ではいくつもの事件の取り調べが同時進行する。

刑事ジム・マクラウドは署長に、容疑者の取り調べ方について注意されるが、反抗的で、まともに聞こうともしない。
「なんだその態度は!」と署長は彼の態度を咎め、「自分を神だとでも思ってるのか!?」。
「ハイハイわかりましたよ」とジム。

アーサーの逮捕を知って、ジョイの妹スーザンが駆けつける。
彼女は彼の犯罪を信じることができず、彼は海軍で4回も表彰されたんです、と彼の弁護をするが、
アーサーは彼女のことを「まだ子供なんです」と言って、帰るように言う。
刑事は、ジョイにも連絡する、と言う。
アーサーは第2次大戦のため大学を中退して海軍に入った。
歴史専攻で、歴史の教師になりたかったという。

弁護士登場。
彼の依頼人で医師のシュナイダーは、今は農場をやっているが、かつて闇で堕胎手術をして大金を稼いでいた。
今もやっているに違いない、とジムは疑っている。
弁護士はシュナイダーに、名前と住所だけ答えるように、と忠告して去る。
二人が問答していると、途中で、先日彼が手術をした少女が死んだ、という知らせが入る。
これで、彼の犯罪の証人がいなくなったということなのか。
ジムは、運のいい奴だ、と怒りのあまりシュナイダーを殴りつけ、腹をやられた男は倒れる。
署長は、さっき注意したばかりなのに、とあわてて救急車を呼ぶ。
シュナイダーは苦しみつつ、或る男の名前を口走る。
ジムは「全部お芝居ですよ」と平然としている。

<休憩>
ジムの父親は犯罪者だった。
彼は言う。
 犯罪者は匂いでわかるんだ。
 犯罪者に育てられたからな。
 おふくろは親父のせいで精神を病んで死んだ。
 新米の頃、2人の少年が盗みで連行されて来た。まだ少年だからと許して帰したら、2日後、奴らは強盗殺人で逮捕された。
こうした経験から、彼は犯罪者を激しく憎み、異常に厳しく追求するようになったらしい。

チャーリーは嘘八百を並べ立て、相方ルイスの方がワルだと説明する。
自分はニューヨークに出て来たばかりで・・と。
だが指紋を取ると、前科が山のようにあった。
相方が正直に住所を告げたので、刑事たちが行ってみると、貴金属など盗品がどっさりあった。

スーザンは姉ジョイに電話したが、姉は「自分の身に降りかかるかどうかばっかり気にしてた。姉さんが嫌いになったわ!」。
スーザンは明らかにアーサーのことを愛しているようだ。
アーサーの雇い主が来る。
 どうしてこんなことをしたんだ?
 私の人を見る目が間違っていたのか。
だがアーサーはなかなか訳を話そうとしない。
それでも雇い主は、彼のことを気に入っているらしく、被害届を取り下げる、と言う。
だがジムは、取り下げを認めない。

シュナイダーの入院している病院から時々電話が来る。
幸い内臓にも異状はなかった。
署長はシュナイダーが口走った名前の男を呼び出す。
個人的な関係があるのかも知れない、と疑って、ジムの妻メアリーも呼ぶ。
男とメアリーは知り合いだった。
メアリーはシュナイダーという名前を言われても、知らない、としらを切るが、男が署長にすべてを話す。
7年前二人は付き合っていて、子供ができたが、彼女が勝手におろしてしまったという。
そして彼の前から消えた。
「理由はわからない」と男。
彼はむしろ子供が欲しかった。
だから、「その医者のところに行って殴ってやった」。
医者の名前はシュナイダー、だと言う。
署長がメアリーに、すべてを聞いたと言うと、彼女は泣き伏す。
署長はジムを呼び、メアリーと男と対面させる。
メアリーはジムに告白する。
 シュナイダーに一度だけ会わなくちゃならなかったの。
ジムは愕然とする。
男が「あんたの気持ちはわかる」とジムの肩に手を置くと、ジムは怒って殴りかかり、署長が止める。
男は怒って去る。
ジムはメアリーと二人きりになると彼女を問い詰める。
 どうして何も言ってくれなかったんだ。
 言ったら嫌われると思ったの。
 純粋で無垢な女だと思っていた。
 あいつと寝て、子供を殺した。殺人まで犯したのか。
 この淫売婦!
 淫売婦・・・そう・・。
ひどい言葉を投げかけられたメアリーは出て行く。
同僚たちが来てジムを諭す。
 メアリーと結婚する前のお前がどんなだったか覚えてるか?
 ああ。
 彼女のお陰でお前は幸せになったんだ・・・
ジムは彼らに言われて一度は思い直すが・・。
弁護士がメアリーの過去を知っていたとわかったためか、ジムは再び怒りに駆られ、
いったん戻って来たメアリーに、またしても辛く当たる。
メアリーは家の鍵を置いて、今度こそ本当に去っていく。
ジムはがっくりうなだれてソファに沈み込む。
呆然として、死人のようだ。
同僚らが「どうして?!」と尋ねると、「わからない・・」と答えるのだった。

その時、一瞬の隙をついてチャーリーが刑事の銃を奪い、皆に銃を向ける。
皆、動けなくなるが、一人ジムだけが、静かに起き上がり、ゆっくりとチャーリーに近づく。
チャーリーはジムを撃ち、すぐに取り押さえられる。
皆がジムに駆け寄るが、彼は胸をやられていた。
苦しみつつも彼は、最後にいいことをしたいと思ったのか、アーサーの調書を破いてくれ、と言う。
アーサーは、もう二度とあんなことはしません、と誓い、スーザンと手を取り合う。
死ぬ間際、ジムが祈りを捧げると、署長が、聖職者の代わりのように祈りの言葉を口にし、
居合わせた皆が十字を切る。幕

~~~ ~~~ ~~~
目まぐるしいが、非常に面白い群像劇だった。
ただ、ツッコミどころもたくさんある。
まず第一に、翻訳の日本語が時々おかしい。
前半に3箇所、たとえば「きれいさっぱり集める」などという違和感を覚える不可思議な表現があった。
極めつけは後半の重要なワード、「いんばいふ(淫売婦)」。
これは聞き慣れない言葉だ。
こんな日本語ないでしょう。
原語は whore だろうか。
それなら淫売、淫売女、娼婦、売春婦、売女などが日本語としてふさわしいんじゃないか。
この戯曲中、最も重要なワードで、主役ジムの悲劇的な運命を決定づけてしまった言葉がこれだから、
もう、あちゃ~と言うしかありません。

そして、アーサーの犯罪の動機が不明。
片思いの相手が裕福だから、とか説明していたが、よくわからない。
また、被害者である雇い主が被害届を取り下げると言っているのに、刑事がそれを認めないなんてことがあるだろうか。
そして、署長がジムの妻を呼んだのはなぜか?
彼はどうして、彼女がシュナイダーと接点があると気づいたのだろうか。
あまりに都合が良すぎないか?ご都合春菊?
シュナイダーが腹を殴られた後、かつて自分を殴った男の名前をフルネームで口走るのも不思議だ。
署長にヒントを与えてジムの妻との関係を明らかにしてほしかったのか?

このように、ツッコミどころは満載だったが、米国の刑事たちの様態が面白かった。








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「デカローグ 6 ある愛に関する物語」

2024-06-01 10:42:03 | 芝居
前回の続き。演出:上村聡史。



向かいのアパートに住む魅力的な女性の部屋を
望遠鏡で覗く青年の何も求めない愛とは?

友人の母親と暮らす19歳の孤児トメクは、地元の郵便局に勤めている。
彼は向かいに住む30代の魅力的な女性マグダの生活を日々望遠鏡で覗き見ていた。
マグダと鉢合わせしたトメクは、彼女に愛を告白するが、自分に何を求めているのかと
マグダに問われてもトメクは答えられない。
その後デートをした二人、マグダはトメクを部屋に招き入れるが・・・(チラシより)。
ネタバレあります。注意!

郵便局の窓口に赤いドレスの女(仙名彩世)が来て、為替が届いたという通知を渡すが、窓口の男(田中亨)は届いていないと言う。
男はノートを調べるふりをしながら、彼女をじろじろ見る。
女は諦めて去る。
男=トメクは帰宅。中年女性(名越志保)が出迎える。彼はこの「おばさん」に対して敬語で話している。
友人の母親と暮らしているのだ。
望遠鏡が届いたので、早速組み立てて向かいの棟を見る。
彼の机の目覚まし時計が鳴る。
向かいの棟の女が帰宅。
トメクは携帯電話で、女の部屋に電話する。
無言電話。しかも2度も。
女の部屋に男A が来る。
ニューヨークから帰ったばかりらしい。
「ゆっくりできるの?」
「妻には明日帰るって言ってある」
「またいたずら電話が」
「こうすりゃいい」と男は受話器をはずして置く。
女はカーテンを閉める。
彼女は絵描きらしい。
彼女の部屋は服と同様、赤だらけ。真っ赤なカーテンにクッションも赤。
壁には自作のものらしい赤い絵がかかっている。

朝、女は牛乳配達の男に話しかける。
「最近1日おきにしか配達されないんだけど」
「配達する人が足りなくてねえ」と相手にしてもらえない。
それを聞いていたトメクは、副業することを決める。
すぐに行って、「配達したいんですけど」
配達員は年寄りばっかりだったので驚かれる。
彼は、翌日から女の部屋にも配達することになった。

ある日、男 B が女の部屋に来る。
A と全然違う格好なので、別人だとわかる。
細身で黒ジャン。
2人がカーテンを閉めると、トメクは消防署に電話し、ガス臭いんです、と通報。
女の住所を言ったので、すぐに係員が駆けつけ、ガス漏れを調べる。
2人はいいところを邪魔される。
係員が帰ると、女は気が変わり、「もう帰って」。

トメクはまた為替通知を偽造して女の部屋の郵便受けに入れ、そのために騒動が起こる。
女が「上の人を呼んで」と言うと、局長が来るが、彼女が事情を説明し、書類を見せると、
局長は係員に尋ね、その男は、私が書いたものではありません、と答える。
女が警察に行く、と言うと、局長は、驚いたことに通知の書類を破いてしまう!
さらに女の顔を指して「皆さん、これが詐欺師の顔ですよ!」と路上の人々に言い放つ!

ある日、おばさんはトメクが帰宅すると、何かの記事を読んで聞かせる。
 ここに「あなたの社交性を診断する心理テスト」ってのが載ってるわよ。
 質問1:あなたは・・・しますか?
質問は10まで続くが、トメクの答えは「ノー」ばかり。
 0点よ。
 0点から5点の人。あなたは・・・人生にはこれからよいこともたくさん起こるでしょう・・・
この総評を口にする時、彼女はもう読んではいない。
わりと長い文章を、トメクの背中に向かって言う。
どうもこれは、最初から彼に言おうと考えていたことらしい。

ある日、男 C がアパートの前で女を引き止め、他の男とつき合わないでくれ、と言うが、女はきかない。
押し問答の挙句、男は女をひっぱたいて去る。
女は自分の部屋に帰り、牛乳を飲もうとして落とし、床に大量にこぼしてしまう。
背後のスクリーンに白い液体が広がる。
女はしゃがんで泣き出す。
トメクはその一部始終を見ていた。

翌日、トメクは路上で女を呼び止め、あれ(為替通知)は僕が書いたんです、と告白。
どうして?!と聞かれると、「あなたに会いたかったから」。
 ひょっとして電話も?
うなづくトメク。
呆れる女。
 昨日泣いていたでしょう。
 どうして知ってるの?!覗いてたの?!
うなづくトメク。
 どうして覗いたりしたの?
 あなたのことが好きだから。
女は呆れて去る。

その日、男 B が来ると、女はすぐに服を脱がせ、自分も脱ごうとするので
「どうした、今日はやる気満々じゃねえか」
女は男の耳元で囁く。
すると男はいきなり外に出て大声で怒鳴る。
「出てこい!覗き見野郎!郵便局員!」
トメクはあわてて望遠鏡をしまい、外に出る。
男はトメクを見ると、殴りかかる。暗転

次に外でトメクと女が出会うと、彼は言う。
 僕はあなたが好きです。あなたを愛しています!
 ・・私と何をしたいの?キスしたいの?
首を振るトメク。
 セックス?
トメクはまた首を振る。
 何も。
・・だが思いついて言う「あなたを明日カフェに招待します!」
 どこに行けばいい?
 迎えに行きます。

トメクはおばさんに友人のスーツを借りる。
 デート?
 いえ、・・・そうかも。

二人はカフェで赤ワインを飲みながら話す。
彼は孤児院育ちで外国語の勉強が趣味。
そう言えば、家では机に向かってよく辞書を引いていた。
孤児院にブルガリアの子が2人いたので最初にブルガリア語を、それから英語とポルトガル語。
ほめられると「記憶力がいいだけなんです」
彼が1年も前から覗いていると聞いて女=マグダは驚く。
友人が双眼鏡で覗いていて、彼はその後を引き継いだ。
友人は彼女のことを「マドズレ」と呼んでいた。
「窓の外のあばずれ女」の意味。
「その通りだわ」とマグダは笑う。
去年付き合ってた男が外国に行ってしまった話をすると、トメクは何通かの手紙を渡す。
その男からの手紙を盗んでいたのだ。
でもマグダは「もう過去のことよ」と言って怒らない。
トメクの手のひらに銀色のネックレスをのせておまじないをしてやる。
これからいいことがあるように。
 ほら、あそこにカップルがいるでしょう?あのカップルみたいにするのよ。
でもトメクはマグダの手を触ることもできない。
 行きましょ!
 あのバスに間に合ったら私の部屋に来てもいいわ。
 間に合わなかったら、これっきりってことにしましょ。
トメクはマグダの手を取って急ぐ。

二人はマグダの部屋にいる。マグダは彼を誘うが・・・。
下では、おばさんが、ふとトメクの望遠鏡を見て、カバーを取り、覗く・・。
トメクはマグダと別れ、帰宅し、水道のところに行って小さなガラス片?で手首を切る・・。

マグダはトメクの脱いだ上着を持って、おばさんの部屋に来る。
 トメクが忘れていったものです。トメクは?
 しばらく帰りません。
 入院したんです。
 夕べ9時頃救急車の音がしました。トメクだったんですか?
 トメクはどうしたんです?
 大したことありません。数日で退院します。
 夕べ、トメクは私の部屋にいたんです。
 私、彼を傷つけたんじゃないかと思って。
 知ってます。見てましたから、とおばさんは望遠鏡を見せる。
 彼はどうしたんです?
 それを聞いたら、きっとあなたは笑うでしょう。
「悪い女に当たってしまったのね」とおばさんは淡々と言う!
 私ももう年をとりました。でも一人は寂しい。あの子にはいて欲しい。
 あの子には会わないで下さい、とマグダの手を取る。
マグダは帰りかけて「電話も駄目ですか?」
 うちに電話はありません。

マグダは郵便局員が配達するのに出くわし、窓口にいた人は?と尋ねる。
男、あたりを見て小声で「手首を切った。失恋らしい」
彼女はトメクを探す。
やっと彼を見つけると、二人は黙って見つめ合う。
トメク「僕はもう、あなたを覗きません」


長々と書いてしまったが、何しろ構成が素晴らしいから、逐一書かずにはいられない。
そして、トメクがとにかく愛おしい。
この子には幸せになってほしい。
おばさんも個性的。
この人は、ずけずけものを言う人で、孤児のトメクに面と向かって「親に捨てられた」と言ったり、
マグダにも面と向かって「悪い女に当たったのね」と言ったり。
だが彼女も彼女なりにトメクのことを愛し、彼の幸せを願っていることが、「心理テスト」のくだりでよくわかる。
トメクの入院中、彼の代わりに老骨に鞭打つという感じで、よろよろと牛乳配達をするのがおかしい。
そしてマグダだが、彼女はトメクと出会ってこれから変わっていくのかも知れない。

十戒の第6戒は「姦淫してはならない」。

今回、音楽(阿部海太郎)も素晴らしい。
短い場面がいくつも続くが、その都度、最後に胸に沁みる曲が流れる。
すべてピアノソロの曲で、1つはハイドンのソナタらしいが、その他の曲のどれも、ドラマの内容にぴったり合っていて過不足なくてびっくり。
芝居鑑賞中、音楽に関してこんないい思いをしたのは初めてだった。
時々音楽が内容とミスマッチしていて居心地の悪い思いをしたり、音楽が、かえって邪魔だったりということがよくあった。
この人はどういう人なのだろうか。
戯曲の内容を深く理解し、感じ取ることができ、さらにその味わいを上質の音楽で表現できる稀有な作曲家。
今後の活躍が期待できる、と言うか、できることなら、またいつか、この日の曲を聴きたい。










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「デカローグ 5 ある殺人に関する物語」

2024-05-28 23:36:55 | 芝居
5月21日新国立劇場小劇場で、クシシュトフ・キェシロフスキ作「デカローグ 5と6」を見た(演出:小川絵梨子)。



タクシー運転手を殺害した青年と、若い弁護士。
死刑判決を受けた青年を救えなかった弁護士の悲嘆。

街中でたまたま、傲慢で好色な中年の運転手のタクシーに乗り込んだ
20歳の青年ヤツェクは、人気のない野原で運転手の首を絞め、
命乞いする彼を撲殺する。殺人により法廷で有罪判決を受けたヤツェクの
弁護を担当したのは、新米弁護士のピョトルだった・・・(チラシより)。

若い男ヤツェクが2階から石を落とすと、下で車が事故を起こす大きな音がする。
タクシー運転手が洗車中。
老人が鳩に餌をやっている。
ヤツェクが来ると、「あっちへ行け」「鳩が怯えてる」
するとヤツェクは立ち去りかけるが、すぐに戻って来てわざと鳩たちを蹴散らす。
鳩たちは驚いて飛んで行ってしまう。

ピョトルが、弁護士資格を取るための最終試験である面接を受けている。
なぜ弁護士になりたいのか、と質問された彼は、死刑制度に反対なのだと言う。

ヤツェクは映画館に行く。
窓口の女性に今やっている映画がどんなのか尋ねると、「つまらないよ」、
「男と女が出会って、別れる話」・・
ヤツェクは写真屋に入り、折り目のついた少女の写真を引き伸ばして欲しい、と言う。
彼は「写真屋って、写真に写った人が生きてるか死んでるかわかるって本当?」と尋ねる。
ヤツェクはカフェに入る。
紅茶を頼むが、ないと言われ、仕方なくミルクとケーキを注文する。
近くのタクシー乗り場の場所を尋ねる。
彼は、なぜか太い縄をリュックに入れている・・。

無事、試験に合格したピョトルは、すぐにカフェに入り、電話を借りて妻に知らせる。
コーヒーを注文し、ヤツェクがケーキを食べている時、近くの席に座って飲む。
身重の妻を病院に連れて行くためタクシーに乗ろうとするが、一台しかいないタクシーの運転手は
洗車中だと断る。しかも、彼が待っているのを知っているのに、洗車が終わると意地悪く車を出してしまう。

ヤツェクはタクシーに乗り込む。
人けのない場所に止めると、運転手が不審がる。
突然ヤツェクは、手にした縄で運転手の首を絞める。
運転手は苦しみもがき、抵抗するが、ヤツェクは執拗に絞め続ける。
運転手が地面に倒れ、死んだかと思ったが、片手を挙げて何か必死に声を出す。
ヤツェクは近くにあった石を持ち上げて、運転手の頭を殴り出す。
そうして完全に息の根を止めると、車に戻り、運転手の食べかけのパンか何かをむさぼり喰い、金を盗む。

その後、ヤツェクは捕まったらしい。
裁判で、ピョトルが彼の弁護をしたらしいが、結果は有罪で死刑。
ピョトルは、弁護士として初めて臨んだ裁判で負けた。
失意に沈む彼に、裁判長は温かい言葉をかける。
だが、彼があまりに落ち込んでいるので、「あなたは繊細過ぎる。この仕事には向いていないかも知れませんね」と言うのだった。
連れて行かれるヤツェクを見て、ピョトルは思わず「ヤツェク!」と叫ぶ。

ヤツェクの処刑の日。
検事も立ち会う。
検事はピョトルに「お子さんが生まれたそうですね」
ええ。2日前に。息子が。
「おめでとう」

ピョトルはヤツェクが会いたがっていると聞いて、会いに行く。
ヤツェクは妹のことを話す。
5年前、妹がまだ小6で12歳の時、彼女はトラクターに轢かれて死んだ。
ヤツェクと友人が家の酒を飲み、友人がトラクターを運転して彼女を轢いた。
ヤツェクには兄が4人いた。妹は6人兄妹の末っ子で、やっと生まれた女の子だった。
その後、ヤツェクは家にいられなくなって村を出た。
両親は、妹の好きだった野原に墓を買った。
父は妹の死後、死んだようだった。

「先生がオレの名前を呼んだ時、先生は敵じゃないって思った」
「オレの周りはみんな敵ばっかりだった」
 ・・君じゃなくて君のしたことに対してだよ
「違いがわかんねえ」
「父と妹の間にオレを埋めてほしい」
ピョトルが死刑囚ヤツェクと接見していると、係官から何度も電話がかかってくる。
まだかまだか、と。
話をじっくり聴いてやりたいピョトルは、しまいに怒り出す。
だが、ついに時間切れとなり、会話は途中で打ち切られる。

医者と聖職者が直前に現れ、それぞれの仕事をする。
脈を計ったり、手にキスをさせて祝福?したり。
それから人々は、ヤツェクを2階の処刑台の前に連れて行き、宣告文を読み上げ、首吊り縄にかけようとするが、
ヤツェクは泣き叫び、さんざん抵抗する・・。

ピョトルは、初めての仕事でつらい挫折を味わい、地に突っ伏す。

~~~ ~~~ ~~~

弁護士との接見が刑の執行当日とは。
もっと時間をかけて話を聴いて欲しかっただろうに。

日本では1人殺しても死刑にはならないので、だいぶ違うと感じる。
ただ、最後まで彼の動機がわからない。
そもそもそんなもの、なかったのか。
彼は、この世のどこにも居場所がないと感じている。
若者の、そんな空漠たる心象風景が悲しい。

十戒の第5戒は、「殺してはならない」。





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「二人の主人を一度に持つと」

2024-05-26 23:43:28 | 芝居
5月16日下北沢 本多劇場で、カルロ・ゴルドーニ作「二人の主人を持つと」を見た(加藤健一事務所公演、演出:鵜山仁)。



口から出まかせ系コメディ in ヴェネツィア
召使いカトケン、デタラメ言いまくり!

18世紀、ヴェネツィア。
とある男性主人の召使い・トゥルッファルディーノ(加藤健一)は、
仕事中、召使いを雇いたいと言う男に出会う。
「二人の主人に仕えれば、給料も2倍になる!」
と思いついたトゥルッファルディーノ。
主人が増えたことで起こる数々の難題を、ウソでごまかし乗り越えていく。
けれども彼の周囲の人々は、
男装中、婚約破棄、恋人との死別・・などなど、カオスな状況。
そこへトゥルッファルディーノのウソがとんでもない誤解を呼び、事態は大混乱!
お調子者のトゥルッファルディーノ、果たして上手く場を収められるのか?(チラシより)

パンタローネ(清水明彦)の家では、娘クラリーチェ(増田あかね)と恋人シルヴィオ(小川蓮)との婚約が無事済み、
シルヴィオの父ドットーレ(奥村洋治)共々お祝い気分。
そこに、トリノから来たという召使いトゥルッファルディーノ(加藤健一)登場。
彼はクラリーチェの婚約者ラスボーニの召使いで、ラスボーニももうすぐこちらに到着すると言う。
変わった男で、早速女中ズメラルディーナ(江原由夏)に言い寄ったりしている。
だがラスボーニは最近男に刺されて死んだはずなので、誰も相手にしない。
それに、ラスボーニと娘の婚約は父であるパンタローネが決めたことだったが、彼が死んだので、娘は晴れて恋人と結婚できることになったのだった。

だがそこに本当にラスボーニがやって来たので、一同大あわて。
その場にいたホテルの支配人ブリゲッラ(土屋良太)だけが、かつてトリノでラスボーニと面識があったので、
今ここに来たのが、実はラスボーニではなく彼の妹ベアトリーチェ(加藤忍)の男装した姿だと見抜く。
だがブリゲッラに気づいた彼女から、秘密を守ってほしい、と陰で密かに言われるので、彼女の芝居に協力することにし、
パンタローネたちに、この人は確かにラスボーニです、と請け合う。
するとパンタローネが、娘はかつて決めた通りにあなたと結婚させます、と言い出すので、娘たちは大パニック。

トリノからフロリンド(坂本岳大)という男もやって来る。
この男はベアトリーチェの恋人で、彼女の兄が二人の結婚に反対したため、決闘して刺し殺してしまい、
ベアトリーチェを追ってこの町に来たのだった。
彼はトゥルッファルディーノを見て、召使いにならないか、と持ちかけ、相手は給料欲しさにOKする。

パンタローネがラスボーニに返す金=金貨百枚(入りの袋)をトゥルッファルディーノに預け、「お前の主人に渡せ」と言ったので、
どちらの主人に渡したらいいのかわからず、フロリンドに渡してしまったり、
郵便局に行って、私宛の手紙が届いているかどうか見て来い、と両方から言われたり、
てんやわんやの騒ぎになる。
彼は昼飯がまだなので早く食べたいのだが、なかなかありつけない。

クラリーチェは、ラスボーニになりすましているベアトリーチェを嫌い、避けている。
ベアトリーチェは、クラリーチェと二人きりにしてほしい、とパンタローネに頼む。
二人きりになると、彼女は自分が実は女だと秘密を打ち明ける。
クラリーチェは驚くが、これでシルヴィオと結婚できる、と喜び、彼女の秘密を守る、と約束する。
こうして「たったの4分で」二人が和解し、手を取り合うのを見て、父は驚く。

一方シルヴィオは恋敵ラスボーニ(実はベアトリーチェ)に決闘を挑み、またしても騒ぎに・・。

トゥルッファルディーノは二人の主人の荷物を開けて服に風を通すことにする。
白と黒の二つのトランクを持ち出し、それぞれ預かった鍵で開け、中身を広げる。
ナイトガウン、緊急用トイレ、しょうゆ味のラーメン、水のペットボトル。
もう一方には同じくナイトガウン、緊急用トイレ、ペットボトル、味噌味のラーメンなど(笑)。

そこにフロリンドが来たので慌てて中身をしまうが、一部を間違えてもう一方のトランクに入れてしまう。
彼は自分のトランクを開けさせガウンを着ると、ポケットに、かつて自分がベアトリーチェにあげた肖像画が入っているので驚く。
トゥルッファルディーノは問いただされて苦しまぎれに「これは間違えて入れてしまいました。実は私のものです。
ある人の遺品としてもらったのです」と言い出す。
驚いたフロリンドがさらに問い詰めると、つい一週間ほど前まで雇われていたご主人が亡くなり・・と。
フロリンドは「その人は髭が生えていたか」と尋ね、生えてなかった、と言われると、
ベアトリーチェが死んだと思い、絶望。嘆きながらよろよろと立ち去る。

そこに、今度はベアトリーチェがやって来る。
彼女は自分のトランクから、かつて自分がフロリンドにあげた本と手紙を見つけ、驚いてトゥルッファルディーノに問いただすと、
彼はさっきと同じ手を使ってごまかそうとする。
かつての主人の遺品・・だと。
するとベアトリーチェはフロリンドが死んだと思い、大声で嘆き悲しむ。
そこにパンタローネが通りかかり、ベアトリーチェが悲しむ声を聴いて、彼女が女であることに気がつく。
パンタローネは喜び勇んで帰り、シルヴィオの父親に話そうとするが、相手はまるで聞く耳を持たない。

クラリーチェはシルヴィオの誤解を解こうとするが、ベアトリーチェとの約束があるので秘密は打ち明けることができない。
シルヴィオが冷たくするのでクラリーチェは死のうとしてシルヴィオの剣を取り、首に当てるが、シルヴィオは止めない。
そこに女中のズメラルディーナが来て止め、シルヴィオを責める。
ズメラルディーナはクラリーチェに、世間は女が浮気をしたら寄ってたかって非難するけど、男が浮気したって誰も何も言わない、
世の中の規則や法律は男たちが作ったものだからよ!、とズバリ言って聞かせる。

ようやく誤解が解けてクラリーチェとシルヴィオは仲直り。
トゥルッファルディーノは二人の主人に問い詰められて、ペペロンチーノ(笑)という架空の男をでっち上げる。

互いに恋人が死んだと思って自殺しようとしたベアトリーチェとフロリンドは、すんでのところで相手に気づき、再会を喜ぶ。
こうして二組の結婚が決まるが、そこにトゥルッファルディーノがズメラルディーナと結婚したいと申し出る。
そこから彼のこれまでのウソがバレ、ペペロンチーノなどという男はそもそもいなかったこと、彼が二人の主人に一度に仕えていたことがバレてしまう。幕

目まぐるしいが、楽しかった。
女中が力強く小気味よくジェンダー論を語るのが素晴らしい。
これだから、今でもこの人の芝居は大人気で、よく上演されるのだろう。
時代を考えると、作者カルロ・ゴルドーニという人は男性なのに実に新しい。
シェイクスピアを思わせるところもある。
女性が男装して恋人を探すのは「ヴェローナの二紳士」と同じだし。
主人と召使いとの間で何度も人違いが起こるのは、その名も「間違いの喜劇」と同じだし。

あちこちに笑える箇所があって楽しい。
トリノから来た手紙を書いたのはルチアーノ・パヴァロッティという召使いで、「この男はいい奴で、おまけに歌もうまいんだ」とか(笑)。
こういうのとかトランクの中身とかは、もちろん現代日本人向けに演出家が付け加えたり、書き変えたりしたのだろう。
宴会の料理の品数と出す順番、そして皿の並べ方についてのトゥルッファルディーノのうんちくもおかしい。
料理の中身も、歯の悪いパンタローネのための「一口コロッケ」とか「イギリス名物のプリン」とかも興味深い。

役者ではベアトリーチェ役の加藤忍が素敵だった。




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「出番を待ちながら」

2024-05-24 21:27:26 | 芝居
5月9日シアターχで、ノエル・カワード作「出番を待ちながら」を見た(制作集団真夏座公演、演出:木内希)。



  リタイアした女優だけが入所できる養老施設「ウィングス」。
強烈な個性の面々が、絶妙なバランスを取りながら仲良く暮らしていた。
  しかし、あるとき彼女たちの心を乱す出来事が起きた。
三十年前に決裂したままの人気女優二人が、ここで顔を合わせることになったのだ。
  一方は和解に努め、一方は頑なに拒み、そして周囲は気を揉み・・・。
    中々雪解けはやってこない。
そんな折、この施設の秘書が友人のジャーナリストを伴ってやってきた。
  フレッシュな訪問者に老女優たちは心浮き立つ。
だが、ジャーナリストが持ち込んだのは単なる新鮮な空気ではなかった・・・(チラシより)。

ピアノを弾いたりカードゲームで賭けをしたり編み物をしたり、元女優たちは思い思いに過ごしている。
そこに、かつての人気女優ロッタ(江口ふじ子)が入居すると聞いて、彼女と30年も諍いを続けているメイ(大橋芳枝)は動揺する。
他の女性たちは彼女に気を使って、その知らせを聞いてから一週間も隠していた。
ロッタが付き人ドラ(俊えり)とやって来る。
この付き人が奇妙。特にメイク。頬紅がピエロのよう。
女主人と別れるのが悲しくて、ずっと泣いている。
自分はこれから恋人と結婚するというのに。
挙句、「彼に、他の人と結婚して、って言います!」と言い出す始末。
ロッタの愛犬が先日、死んだという。付き人は、その写真も持参し、部屋に置くという。

毎週日曜に面会に来る初老の男性がいる。
彼はマーサという96歳の寝たきりの元女優の熱烈なファンで、長年彼女を崇拝し、今なお毎週すみれの花束を持って見舞いに来るのだった。

ある夜、みながチャリティーショーに出かけて帰って来ると、サンドイッチとスープの夜食が用意されている。
サリータ(岩崎幸代)は、心臓が悪いので医者に止められて行かなかった。
彼女は認知症らしい。
なかなか寝に行かず、院長(小谷佳加)らスタッフを困らせる。

彼女らはサンルームを作ってほしいという要望を理事会に出し、見積もりも出したが、予算の関係でなかなか認められない。

ロッタがメイに話しかけるが、メイは頑なに拒絶する。
ある日、秘書ペリー(羽藤雄次)に案内されて、ジャーナリストのゼルダ(森川梢)が現れる。
彼女は偽名を名乗り、ジャーナリストであることを隠して、みんなから施設での暮らしぶりについて聞き出す。
だがロッタが彼女の正体を見破る。
みんなは驚き、この施設のことをあれこれ書かないでほしい、と頼むが・・・。
<休憩>
ロッタとメイは唐突に仲直りする。
ゼルダの一件でペリーはクビになりかけるが、メイのお陰で復職できた。

認知症のサリータが、また夜中にマッチで遊んでいて、とうとうボヤ騒ぎを起こす。
舞台の一部(前面)に燃えかすが残り、みんなは寝ていたところを起こされたらしくガウン姿。
サリータは、もうここにはいられなくなり、別の施設に移ることになる。
医者が迎えに来ると、彼女は白いドレス姿で階段を降りて来る。
また芝居をひとくさり。
みんな、医者に言われた通り、さよならは言わず、いつもと変わらぬ自然な様子で見送る。

クリスマス。ゼルダがシャンパンをひと箱(!)プレゼントに持参する。
結局あの後、この施設についての記事を書いて載せたので、そのおわびらしい。
しかも院長に2万ポンドの小切手を渡す!
彼女の上司のサー何とかからで、目的はサンルーム建設のためのみ、との条件で。
みな喜び、早速シャンパンで乾杯し、アイリッシュダンスを踊り出す。
3人が踊るうち、ディアドリー(藤夏子)が倒れる。
ブランデーを飲ませようとするが・・・。

半年後、舞台奥についにサンルームが出来ている。
だが、みんなは暑い暑いと言って、中に戻って来る。
ロッタの最初の夫との間の息子アランが訪問。
17年ぶり。
シンシアと結婚して二人はカナダに住んでいた。
息子の突然の訪問に驚いた母は、彼を抱きしめ、座らせるが「何しに来たの?」
「母さんをここから出すためだよ」
「こんなところにいるなんて全然知らなかった」
彼らはゼルダの書いた記事を読んで驚き、相談した結果、ロッタを引き取ることにしたのだった。
だが母は「ここはそんなに悪いところじゃないわ」
彼女は息子の申し出を丁重に断る。
彼が持参したシンシアの手紙を読み、「返事を書くわ」

離婚後、息子は父親に引き取られていた。
彼はお父さん子だった。
「離婚の時、どっちの親と暮らすか選ぶ時、あなたは父親を選んだ」
「自分で十分考えられる年齢だった」
二人は長い間、離れて生きてきた。
その時間はとても簡単に埋められるものではなかった。
「あなたが切符を送ってくれたら私がカナダに会いに行くわ。シンシアに、そして孫たちにも」
・・・幕

とにかく長かった。
あれもこれも詰め込み過ぎという印象が強い。
そもそも原作自体が悪いのか、演出のせいか、役者たちのせいなのか。
さらに、ボケた人を演じているのか本当にボケちゃったのかわからない人たちもいてびっくり。
セリフが出て来ず、芝居が止まるかと、ちょっぴりハラハラさせられた。
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「帰れない男 ~遺留と斡旋の攻防~」

2024-05-18 16:55:05 | 芝居
4月30日、本多劇場で倉持裕作「帰れない男~遺留と斡旋の攻防~」を見た(M&O Plays プロデュース、演出:倉持裕)。



招かれた屋敷にて、
帰り方を忘れて滞在し続ける男。
引き留める代わりに
目で共謀を訴えかける若い女。
度々留守にして
男と妻の時間を作る屋敷の主人。
遠くの宴と、
呆れるほど長い廊下を背にした
幻想譚。(チラシより)

ネタバレあります注意!!
まったく知らない作者の芝居だったが、この日見て驚いた。
とにかく面白い。

まず舞台の構造が面白い。
長方形の和室の前面に細長い廊下。
下手に和室の出入口と廊下。その先に引き戸か障子戸があるらしい。
上手に二階への階段とまっすぐ続く廊下。
さらに左に折れて右に続く廊下。その先に玄関があるらしい。
和室と前面の廊下との間に見えない壁があるらしい。
和室の奥は大きな障子窓になっているが、障子紙が貼ってないので中庭が見える。
(だが登場人物たちには見えない設定)。
その先に屋敷の一部であるお座敷が見える。

時代は昭和初期らしい。
季節は梅雨時。
若い作家・野坂(林遣都)と、この家の妻・瑞枝(藤間爽子)がテーブルについている。
男は着物姿で、食事を済ませたところ。
女中(佐藤直子)が皿を下げに来る。
書生(新名基浩)も来る。
瑞枝は馬に危うくひかれるところを野坂に助けてもらったので、お礼に屋敷に招き、仕出しの食事でもてなしたらしい。
野坂が着ているのはここで借りた着物だった。
彼は帰宅する前に着替えようと思い、「私の服は?」と尋ねる。
彼の服は泥だらけになったので、今洗って干していると言われる。
書生が「お泊まりになられてはいかがですか?」と出過ぎたことを言い出し、女中にたしなめられる。
この家には客がよく来る、中には何日も泊まって行くのもいる、
今彼が着ているのは、その中の誰かの着物だろう、と言われる。

初老の主人(山崎一)が帰宅する。
白いスーツ姿。60歳くらい。
妻が野坂に助けられたことをすでに聞いていて、礼を言う。
彼は、自分より「うんと若い妻」を持っていることを気にしている。
野坂の書いた幻想小説を読んでいて、彼のことを「先生」と呼ぶ。
 自分は仕事で忙しく留守がちだが、どうぞゆっくりしていってください。

この屋敷はとにかく広いので、客がトイレに行こうとして迷い、どうしてもたどり着けずにとうとう中庭でやってしまった人もいるという。

次の場面で、野坂は和室の隅にある机で仕事している。
もうこの家に馴染んでいるようだ。
そこに彼の友人・西条(柄本時生)がやって来る。
野坂の家では妻・ひよりが待っているというのに「ひよりさんを何日も待たせて」と彼を責める。
実は昨年、ひよりは久保という男と何やらあり、それを野坂が強く責めたため、ひよりは自殺未遂するという事件があった。
久保というのは、野坂が作家になるのをずっと助け、導いてくれた恩人だった。
二人のことを知り、久保のひよりへの気持ちを知った時、野坂は久保に対して初めて優越感を覚えたのだった。

その後、野坂は突然失踪。
その数日後、瑞枝も消える。
だが野坂は女中の手を借りて、この広い屋敷のどこかに潜んでいた。
誰もいないと思った女中が合図の鈴を鳴らしたため、野坂は上手の廊下の上の納戸みたいなところからゴソゴソと出て来るが、そこを西条に見つかってしまう。
瑞枝も一日で戻って来る。
西条は野坂に「ひよりさんを僕にくれないか」と言い出す!
そうか、そういうことだったのか。
だが野坂はすぐには答えない。
その後、瑞枝と野坂は出奔。
だが何があったのか、二人はすぐに戻って来る。
廊下で野坂に会うと、瑞枝はとげとげしい。
彼の態度が煮え切らず、いつまでも妻ひよりを手放そうとしないのを知って怒ったのだろうか。
彼も意外と冷たい。

中庭の向こうの座敷で、瑞枝が花を活けている姿が障子に映る。

女中によると、20年位前、前妻がひどいいびきをかき始め、主人は「しっかりしろ!」と言い続けたが、前妻はそのまま死んだ。
女中は「その頃のご主人に、またお会いしたいというのが望みです」と意味深なことを言う。
だが、これが後の伏線になっているわけでもないのが残念。
ただの思わせぶりなセリフだった。

みなが居間にそろっている時、女中が瑞枝に、花バサミがなくなりました、と言い出したことから騒ぎが起こる。
瑞枝が、花バサミはちゃんと片づけたわ、と言うが、女中は、いえ、ありません、きっとまだお座敷にあるのでは、と言う。
瑞枝がきつく、片づけたわ!と言い続けると、突然、それまで黙って聞いていた野坂が大声を上げ、無いんだったら座敷にあるんだろう、
探してみればいい、と怒鳴る。
彼の剣幕にみなシーンとなる。
その後、みなバラバラに散り、主人の影が中庭の向こうの座敷の障子に映ったかと思うと・・・。
瑞枝は気配に気がついたのか、障子を開けて立ちすくむ。
野坂もそばで見ている。


実に独創的で面白い戯曲だ。
作者は昔の人かと思ったら、まだ50代だという。
すっかり騙された。
ただ、「省線」などという言葉が若い人にわかるだろうか。
劇団チョコレートケーキみたいに「用語解説」が必要かも。

ところで、ラストで夫はなぜああいう行動をとるのだろうか。
妻と野坂が深い仲になったことを、彼らの激しい諍いから察したからだろうか。
いや、そうではあるまい。
もともと彼は、理由はわからないが、二人を接近させようとしていたし。
それよりも、ああいう場面で妻を𠮟るのは、客であり居候である男のすることではなく、夫たる彼のすべきことだった。
野坂の振舞いによって、この家にはもはや主人の居場所がなくなってしまったのだ・・・。

彼の心の謎は謎のまま残るが、西条、女中、書生のいずれもくっきりと個性的に描かれている。
芝居の中心である3人は言うまでもない。
舞台の構造も非常に面白い。

友人の奥さんを「僕にくれないか」だなんて人権無視もいいところだが、当時はそんなものだった。
妻は夫の所有物だった。
谷崎潤一郎と佐藤春夫の間の「細君譲渡事件」というのもあった。

山崎一は、期待通りの好演。
こういう役をやらせたら右に出る者はいない。
作家役の林遣都も妻役の藤間爽子も初めて見たが、驚くほどうまい。
女中役の佐藤直子もベテランらしく、いい味を出していた。

実に不思議な雰囲気の戯曲だ。
久し振りに、これからが楽しみな劇作家を発見した。













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