7月13日紀伊國屋ホールで、井上ひさし原案、畑澤聖悟作「母と暮らせば」を見た(演出:栗山民也)。ネタバレあり注意!
広島が舞台の「父と暮らせば」、沖縄の「木の上の軍隊」に続く戦争3部作。本作の舞台は長崎。
伸子(富田靖子)は一人暮らし。長男は生後すぐに亡くなり、夫は次男・浩二(松下洸平)が2歳の時亡くなり、浩二は長崎医科大の学生だった時、45年8月9日に
被爆死。今年はその3年後。昭和23年夏。セミの鳴く声がする(原爆を扱う芝居ではセミの声は必須なのかも知れない)。
そんなある日、死んだ浩二が現れる。母は彼を見て腰を抜かすが、落ち着くと、むろん再会を喜ぶ。しばらくたってから「あんた、なんで出て来たん?」と尋ねる。
伸子は産婆(助産婦)。彼女の母も産婆だった。この町の人はみな彼女の母か彼女が取り上げた。だが、なぜか仕事のカバンを、もう一ヶ月も奥にしまったきり。
それで浩二は心配して「出て来た」らしい。
二人はこれまでのことを語り合う。浩二は被爆して死んだ日のことを、伸子はその日以来毎日、マチコという女性と一緒に彼の死体を探して歩いたことを。
マチコは彼が付き合っていた女性。婚約もしたらしい。この家の二階で、一緒に蓄音機でメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を聴きながら、将来を語り合っていた。
今は、小学校のおなご先生になった。つい最近、同僚の男性を連れて伸子にあいさつに来た。その人は松葉杖をついており、やはり家族を原爆で亡くしていた・・・。
伸子はクリスチャン。カトリック信者らしい。
彼女が産婆の仕事を辞めたのには二つの出来事が関係していた。
一ヶ月ほど前、長崎中の助産婦が医科大の部屋に集められ、今後生まれる赤ん坊について必ず報告するよう言われた。身長、体重、異常出産(早産、死産、奇形)。
それぞれにボーナスが出る。「奇形は特に興味深いです」と言われた・・・。そう言ったのは、GHQの人だった。
そして同じ頃、市内でも被爆の影響をほとんど受けなかった地域の家に妊婦の健診に行くと、腕に紫色の斑点がある、と指摘され、産婆の仕事を断られた。
紫色の斑点は、被爆者に時に見られるもので、徐々に体中に広がり、往々にして死に至る恐ろしい印だった。
もっとも、それを理由に仕事を断るのは偏見に過ぎない。原爆症は人にうつるわけじゃないのだから。
だが伸子は自分でも、そりゃそうだ、と相手の気持ちを理解し、もう産婆の仕事はできない、と思ったのだった。
伸子「以前は一つの家に7人も8人も子供が生まれて忙しかった。クリスチャンは避妊しないから」
浩二「神は偉大だね」
伸子「神は・・・無責任だよ」
「みなしごを引き取って親身になって育てていたシスターたちも(原爆で)亡くなった。なんであなたたちが死なんばいかんとですか、と聞くと、シスターの
一人はにっこり笑いながら『神の摂理です』と答えた。いいや、そんなはずはなか」
「神様なんて始めからいないんじゃないか」
浩二「そんなこと言っちゃいけないよ」
このように、伸子は神への疑問を口にする。彼女の信仰は揺らいでいる。当然のことだ。神を信じて生きている者が原爆の惨状を知ったら、それは大きな謎
として現れるわけで、どうしたってそれと神との関係を考えないわけにはいかないのだから。なぜ神はこんなことを許すのか。キリスト教では「神は愛なり」
と教えるが、果たしてそれは本当なのか。なぜこの世に悪があるのか。我々人間には到底理解できないことだが、かと言って、顔をそむけて見なかったふりを
することもできない。すぐに答えが出なくたって、疑問を持つことをやめて思考停止に陥る必要もない。
「分からないという状況に耐え、悩むことは、本来価値がある知的な能力であり、恥じることではない」(帚木蓬生による、negative capability についての解説より)。
それに、人間界の出来事と神とは必ずしも常に関連しているわけではない、と考えるとすれば、それは理神論であってキリスト教ではない。
キリスト教の神は「歴史に介入する神」なのだから。だからこのことは、昔から西洋では「リスボンの大地震論争」のように、哲学・神学上の問題となってきた。
わが国でも東日本大震災の時には、多くのクリスチャンがそのことを考えたはずだ。
役者では、富田靖子がとにかく魅力的!特に、息子と婚約者マチコとのかつての交際をからかう時の可愛らしいこと!とても他の女優には真似できないだろうと思うほど。
題材から言って重く辛いこの芝居の中で、このシーンが明るく光り輝いていた。
逆に、長く感じたのは、二人がご飯を作ったり食べたりする「ふりをする」シーン。
何しろ戦後の物のない時代ゆえ、お米もないが、浩二が「母さんの作ったおにぎりがおいしかった」と言うので、伸子が作るふりをし、浩二と共に食べるふりをする。
役者は当然、精一杯、楽しげに演じるが、見ている方は楽しくないし、全然面白くない。
そもそも芝居では、本当に食べるシーンでも実際には食べ物はなく、ふりをするだけということがよくあるわけだから、こういうやり方には無理があるのではないだろうか。
ここはぜひカットして欲しい。
長崎弁については、評者はネイティブゆえ懐かしく聴いたが、だいぶマイルドに感じた。分かり易くするためか。
そう言えば、同じ井上ひさしの「国語元年」では、奥方の話す薩摩弁が難解で、字幕が欲しいくらいだったっけ。
ただ、大人の女性である伸子が自分のことを「うち」と言うのが引っかかった。そう言うのは子供だけではないだろうか。
「うち」という語は、長崎でも自分の家のことを指すと思う。
マチコはかつて息子の婚約者だった人に過ぎないのに、二人が一貫して名前を呼び捨てにするのも引っかかった。
少なくとも母は普通「さん付け」するのではないだろうか。だから評者は途中まで、マチコのことを実の娘か嫁かと思い込んでいた。
「父と暮らせば」の娘と、この母とは、自分だけ生き残ったという点で似ているようだが、内実はだいぶ違う。
夫も子らも失い、仕事さえ失ってしまった彼女が、自分も息子のところに行きたいと願うのは当然のことだろう。
彼女の置かれた状況を想像すると、実に辛い。
だが彼女はまだ若い。たぶんまだ40代くらいだろう。物語は、思い直して未来に向かって歩き出そうとする彼女をしっかりと描く。
見ている我々も力をもらえる。いざ生きめやも、だ。
広島が舞台の「父と暮らせば」、沖縄の「木の上の軍隊」に続く戦争3部作。本作の舞台は長崎。
伸子(富田靖子)は一人暮らし。長男は生後すぐに亡くなり、夫は次男・浩二(松下洸平)が2歳の時亡くなり、浩二は長崎医科大の学生だった時、45年8月9日に
被爆死。今年はその3年後。昭和23年夏。セミの鳴く声がする(原爆を扱う芝居ではセミの声は必須なのかも知れない)。
そんなある日、死んだ浩二が現れる。母は彼を見て腰を抜かすが、落ち着くと、むろん再会を喜ぶ。しばらくたってから「あんた、なんで出て来たん?」と尋ねる。
伸子は産婆(助産婦)。彼女の母も産婆だった。この町の人はみな彼女の母か彼女が取り上げた。だが、なぜか仕事のカバンを、もう一ヶ月も奥にしまったきり。
それで浩二は心配して「出て来た」らしい。
二人はこれまでのことを語り合う。浩二は被爆して死んだ日のことを、伸子はその日以来毎日、マチコという女性と一緒に彼の死体を探して歩いたことを。
マチコは彼が付き合っていた女性。婚約もしたらしい。この家の二階で、一緒に蓄音機でメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を聴きながら、将来を語り合っていた。
今は、小学校のおなご先生になった。つい最近、同僚の男性を連れて伸子にあいさつに来た。その人は松葉杖をついており、やはり家族を原爆で亡くしていた・・・。
伸子はクリスチャン。カトリック信者らしい。
彼女が産婆の仕事を辞めたのには二つの出来事が関係していた。
一ヶ月ほど前、長崎中の助産婦が医科大の部屋に集められ、今後生まれる赤ん坊について必ず報告するよう言われた。身長、体重、異常出産(早産、死産、奇形)。
それぞれにボーナスが出る。「奇形は特に興味深いです」と言われた・・・。そう言ったのは、GHQの人だった。
そして同じ頃、市内でも被爆の影響をほとんど受けなかった地域の家に妊婦の健診に行くと、腕に紫色の斑点がある、と指摘され、産婆の仕事を断られた。
紫色の斑点は、被爆者に時に見られるもので、徐々に体中に広がり、往々にして死に至る恐ろしい印だった。
もっとも、それを理由に仕事を断るのは偏見に過ぎない。原爆症は人にうつるわけじゃないのだから。
だが伸子は自分でも、そりゃそうだ、と相手の気持ちを理解し、もう産婆の仕事はできない、と思ったのだった。
伸子「以前は一つの家に7人も8人も子供が生まれて忙しかった。クリスチャンは避妊しないから」
浩二「神は偉大だね」
伸子「神は・・・無責任だよ」
「みなしごを引き取って親身になって育てていたシスターたちも(原爆で)亡くなった。なんであなたたちが死なんばいかんとですか、と聞くと、シスターの
一人はにっこり笑いながら『神の摂理です』と答えた。いいや、そんなはずはなか」
「神様なんて始めからいないんじゃないか」
浩二「そんなこと言っちゃいけないよ」
このように、伸子は神への疑問を口にする。彼女の信仰は揺らいでいる。当然のことだ。神を信じて生きている者が原爆の惨状を知ったら、それは大きな謎
として現れるわけで、どうしたってそれと神との関係を考えないわけにはいかないのだから。なぜ神はこんなことを許すのか。キリスト教では「神は愛なり」
と教えるが、果たしてそれは本当なのか。なぜこの世に悪があるのか。我々人間には到底理解できないことだが、かと言って、顔をそむけて見なかったふりを
することもできない。すぐに答えが出なくたって、疑問を持つことをやめて思考停止に陥る必要もない。
「分からないという状況に耐え、悩むことは、本来価値がある知的な能力であり、恥じることではない」(帚木蓬生による、negative capability についての解説より)。
それに、人間界の出来事と神とは必ずしも常に関連しているわけではない、と考えるとすれば、それは理神論であってキリスト教ではない。
キリスト教の神は「歴史に介入する神」なのだから。だからこのことは、昔から西洋では「リスボンの大地震論争」のように、哲学・神学上の問題となってきた。
わが国でも東日本大震災の時には、多くのクリスチャンがそのことを考えたはずだ。
役者では、富田靖子がとにかく魅力的!特に、息子と婚約者マチコとのかつての交際をからかう時の可愛らしいこと!とても他の女優には真似できないだろうと思うほど。
題材から言って重く辛いこの芝居の中で、このシーンが明るく光り輝いていた。
逆に、長く感じたのは、二人がご飯を作ったり食べたりする「ふりをする」シーン。
何しろ戦後の物のない時代ゆえ、お米もないが、浩二が「母さんの作ったおにぎりがおいしかった」と言うので、伸子が作るふりをし、浩二と共に食べるふりをする。
役者は当然、精一杯、楽しげに演じるが、見ている方は楽しくないし、全然面白くない。
そもそも芝居では、本当に食べるシーンでも実際には食べ物はなく、ふりをするだけということがよくあるわけだから、こういうやり方には無理があるのではないだろうか。
ここはぜひカットして欲しい。
長崎弁については、評者はネイティブゆえ懐かしく聴いたが、だいぶマイルドに感じた。分かり易くするためか。
そう言えば、同じ井上ひさしの「国語元年」では、奥方の話す薩摩弁が難解で、字幕が欲しいくらいだったっけ。
ただ、大人の女性である伸子が自分のことを「うち」と言うのが引っかかった。そう言うのは子供だけではないだろうか。
「うち」という語は、長崎でも自分の家のことを指すと思う。
マチコはかつて息子の婚約者だった人に過ぎないのに、二人が一貫して名前を呼び捨てにするのも引っかかった。
少なくとも母は普通「さん付け」するのではないだろうか。だから評者は途中まで、マチコのことを実の娘か嫁かと思い込んでいた。
「父と暮らせば」の娘と、この母とは、自分だけ生き残ったという点で似ているようだが、内実はだいぶ違う。
夫も子らも失い、仕事さえ失ってしまった彼女が、自分も息子のところに行きたいと願うのは当然のことだろう。
彼女の置かれた状況を想像すると、実に辛い。
だが彼女はまだ若い。たぶんまだ40代くらいだろう。物語は、思い直して未来に向かって歩き出そうとする彼女をしっかりと描く。
見ている我々も力をもらえる。いざ生きめやも、だ。