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「花の詩」芙蓉

2019年06月30日 11時33分58秒 | 古都逍遥「奈良篇」
花の詩「芙蓉」
 夏が来れば想い出すという童謡があるが、それは「水芭蕉」をうたったもの。
作詞江間章子 作曲中田喜直
「夏が来れば思い出す 遥かな尾瀬 遠い空
霧の中に浮かび来る 優しい影 野の小道
水芭蕉の花が咲いている
夢見て咲いている 水のほとり
石楠花色に黄昏る 遥かな尾瀬 遠い空」
--略

素敵な詩である。
 このように季節季節で想い出す光景・風景は、幼いころ、そして思春期、青春期、壮年期を通じて懐かしむものも多い。私の生まれたところには「百日紅の花」が、そして小学生の頃は「芙蓉」や「紫陽花」、思春期は父が愛した「バラ」が印象深く心に留まっている。

 今回の「花の詩」はその中の「芙蓉」を採り上げてみた。
 
 花言葉は「繊細な美」「しとやかな恋人」で、しとやかで優しい印象をあたえる花の姿に由来したらしい。
 花名の由来は、学名の種小名「mutabilis(ムタビリス)」には変化しやすいという意味があり、花色が朝方のピンクから夕方には紅色に変わることに由来するといわれている。
「芙蓉(フヨウ)」は蓮(ハス)の美称で、芙蓉を「木芙蓉(モクフヨウ)」、蓮を「水芙蓉(スイフヨウ)」という。
中国、台湾、日本の沖縄、九州・四国に自生し、日本では関東地方以南で観賞用に栽培されている。幹は高さ1.5m~3mほどで、寒地では冬に地上部は枯れ春に新たな芽を生やす。7-10月始めにかけてピンクや白で直径10~15cm程度の花をつけ、朝咲いて夕方にはしぼむ1日花で、長期間にわたって毎日次々と開花するのが特徴。果実はさく果で、毛に覆われて多数の種子をつける。室町時代に観賞されていた記録があることから、古くから栽培されていたようだ。
 花木には「酔芙蓉」「アメリカフヨウ」「タイタンビカス」の3種類がある。
■酔芙蓉(スイフヨウ)
 朝咲き始めの花弁は白く、時間がたつにつれてピンクに変色する八重咲きの変種で、色が変わるさまを酔って赤くなることに例えて「酔う」の名が付けられた。
■アメリカフヨウ(草芙蓉)
 米国アラバマ州の原産で、7月と9月頃に直径30cm程の巨大な花をつける。草丈は50cm~160cmくらいになる。この種は多数の種の交配種からなる園芸品種でいろいろな形態が栽培される。なかには花弁の重なりが少ない芙蓉やタチアオイと似た形状の花をつけるものもある。多年草であるため一度植えつければ毎年鑑賞できる。
■タイタンビカス
 日本で品種改良して作られた園芸品種で、アメリカフヨウとモミジアオイの交配選抜種。6月下旬~10月初頭に015cmほどの花を多数つける。草丈は1~2mほど。ハイビスカスそっくりの南国風の花だが北海道等の寒冷地ふくめ、日本全国での屋外栽培も可能で越冬もできる。
【俳句】
「枝ぶりの日ごとにかはる芙蓉かな」(芭蕉)
「日を帯びて芙蓉かたぶく恨みかな」(蕪村)
「ほしのかげいだきてふけぬ白芙蓉」(青蘿)
「芙蓉さく今朝一天に雲もなし」(紫暁)
「松が根になまめきたてる芙蓉かな」(子規)
「露なくて色のさめたる芙蓉哉」(子規)
「秋の風芙蓉に皺を見付けたり」(蓼太)
「物陰に芙蓉は花をしまひたる 」(虚子)
「ゆめにみし人のおとろへ芙蓉咲く」(久保田万太郎)
「呪う人は好きな人なり紅芙蓉」(長谷川かな女)
「刈られても刈られても咲く芙蓉かな」(松崎鉄之助)
美しい芙蓉の花は美女に例えられ、朝に咲いて夕には萎んでしまうことから美人薄命の喩えとも。
【短歌】
「しろ芙蓉妻ぶりほこる今はづかし里の三月に歌しりし秋」(与謝野晶子)
「旅人は伏し目にすぐる町はずれ白壁ぞひに咲く芙蓉かな」(若山牧水)
【芙蓉の詩】
「夏芙蓉」(風花未来作)
「遠い、遠い夏の日
かなたに見える樹々が
風に揺れているのを眺めながら
夕暮れの静けさの中を
独り歩いていた
あの夕暮れは、明るかった
陽は大きく傾きかけているのに
不思議に、草も木も空も
明るく輝いているのだった
陽の光は
全部を照らしだそうとするのではなく
大切なものだけを
一心に照射しようとしていたのかもしれない
あの夏の日
私は自分の名前を想い出せないほど
憔悴しきっていた
それなのに、あの夕暮れ時は
帰りのことを気にせずに歩きつづけていたのだ
風がやんだことに気づいた時
私は足をとめていた
誰かに見つめられている気がして
後ろを振り返った
薄闇の中から、くっきりと浮かび上がり
私の眼を真っ直ぐに見つめていたのは
一輪の花だった
夏芙蓉
薄紅の花は、微笑んでいるかに見えた
その涼しげな眼差し
やわらかで、凛とした姿が
忘れたくないことだけを
鮮やかに想い出させてくれた
あの夏芙蓉に出逢った日から
数え切れないほどの季節がめぐっている
薄紅の花のことを想い出すゆとりさえなく
いくつもの夏を過ごしてきた
あの静けさの中に帰ってゆきたい
夏芙蓉のいる夏を
もう一度、迎えられたら」

 
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