先日の帰郷の際、今は廃止の幸福駅で撮った写真の一枚。過酷なシベリアの強制収容所で過ごした経験を持つ石原吉郎の詩を思い出した。昨年受講した『芭蕉「奥のほそ道」を読む』で、川上定雄講師は「風物は言葉によって発見され、人と並び立つ」「この詩のように内言語が外に表出され言葉になった時、命ある者同士が一緒に立ち並ぶのである。芭蕉は『奥の細道』でそのような作業をした」と解説された。
「霰」(石原吉郎)
まちがいのような
道のりの果てで
霰はひとに会った
ひとに会ったと
霰は言った
(ひとに会うには道のりが要る)
会わなければ もう
霰ではなかったろう
霰は不意にやさしくなり
寄りそってしずかな
柱となった
忘れて行くだけの
道のりの果てで
霰は ひとに
道のりをゆずったが
おのれのうしろ姿が
見えない悲しみに
背なかばかりの
そのひとを
泣きながら打ちつづけた