遥か70年前の戦時中陸士に将校生徒として在学していた時代の事柄を、雄々しく若さを以て迎え命を国に捧げた勇姿を思い起こす時、聊か感慨一入をなるを覚える。齢90歳にもなって今日が明治21年開学した陸士の開校記念日だと憶う。ただその気概と矜持そして困難を打開する勇気はただ今でも持ち合わせている積りである。それが根底に有って、医師・歯科医師のダブル免許も取り、そして只今も医師として現役の役職に就いている立場にある。一応健康で3度目の現役は何とも嬉しい限りである。昨日の曇りからの小雨今日はすっかり晴れて、これから息子の病院へ受診の為出掛けることになっている。
このブログで書き足らないくらい異常気象について取り上げて来た。それと言うのも予報が余りにも外れるし行動の予定が立てられないからである。詳細な予定は当該地には有り難いものの、雨の時間のずれや、悪天候への変化などはその日の行動に大いな変化を齎すからである。お天気を商売とする業者に摂り、予報は占い以上に重大な営業上の目標に違いない。一般人に執っては季節や日内返動くらいにしか思われないかも知れない。さて、明日は私の病院への再診日である。振り返ると退院してから7ケ月目に入ろうとしている。此処へ来て家内の入院手術退院と約2ヶ月を経過した。昨夕から足背に浮腫だでて来ている。これから一路健康への道を突進して、回復を祈るや切なるものがある。明日は我が陸士の開校記念日である。年月は自然に容赦なく過ぎ去って行くが、吾が夫婦の健康も損なわれること無く、回復は愚か健康生活推進に進んで行って欲しいと、二人ともそれのみ願い心掛けている。
折角の療養をきちんと実行して、清新な意気込みで出発したいと言う気持ちを、大事にしたいことから、何時も住んでいる畳部屋を一新畳替えし、新しい気持ちで健康時代に再復帰すべく、今回意気込みも新たに出発することとした。今朝は8時半に畳屋さんから連絡がある筈で、登学前に設置を完了して貰って、それを見届けてから出掛ける積もりである。昨日と同じで曇り空乍ら作業には何ら支障は無いものと思われ、幸いに只今は晴れて来ている。早く電話が欲しいが8時半過ぎたので、待ち遠しく当方から電話して、早速来て貰い作業し設置が終わったばかりである。メイが新しい畳に臭い付けで阻喪でもしたら?と、家内は心配をしていたが、布団を敷いて何時もの通りの寝場所を早く作ってしまえば、問題は起こらないと見て、早速にも即座に布団を敷いて仮に寝んだところである。メイは予想通り家内の布団で早速寝始めており、安心して登学の為玄関を出た次第である。家内がとても喜んでくれて幸せである。
折角洗濯物を沢山屋上に干そうと企画して洗濯籠に詰めて曇り空を眺め、朝の天気情報を見詰めていたが、印は三角で望みなし。止む無く選別して乾燥機に投入して約2時間の仕上がりを待っているわけである。畳屋さんが9時半に来てくれるとのことで部屋を片付けて待ち続けているところでもある。心機一転家内も生まれ変わったつもりで常住坐臥の畳部屋を新しい畳表に変えて、家中が気分も新たに再出発である。メイも家内にくっついて離れず懐いて仕様が無い。これは可愛い動物の本態であろう。写真は姫女苑である。
息子の車に同乗して外来診療のために家内と一緒に病院を訪れた。担当の教授が親切に診断と治療をして下さって、経過良好との由であった。互いに携電で連絡したので、一家の皆が大喜びであった。私も勤務日であったが、万一に備え午前中を費やして全部面倒を看たつもりである。タクシーで帰宅し早昼飯を食べて学校へ赴いた。時間が十分に有ったのでブログを認めたり、その他の用事も追補出来たところである。何はともあれ、大手術の後の静養も間違う事も無く順調に推移しているとの由で、安心の極みであった。学校では6月の予定表が配布されていて、模擬試験や体験入学などの行事が予定通り実施されていた。教職員へ若干礼を述べたところである。私事ながらさて後は、愛弟子の教授就任に際しての祝賀会の冒頭での挨拶を、これからどのように、皆に差し障りが無く、違和感を持って迎えられるかを下調べをすべきと思い、パソコンを掃作しているところである。教授本人や参会者の皆さんの為にである。じっくりと考え立派な祝賀会に協力しようと思う。
昨夜からまた雨の一日が始まった。霖雨の如く静かな雨だがしとしとと降る雨降りの有様は春の雨らしい。昨日床上げを家内がして昨夜は昔の寝室で3人?仲良く寝んだ。が、メイはベットを下りる時に設置の階段を下りずに直接転げ落ちるさまで、今朝は転んだが、怪我は無かった。設置の会談は何故か嫌いの様だ!シクラメンの3株は君子蘭の8株と一緒に雨が降る場所に所を変えた。水遣りを喩え忘れても雨がたまに降ってくれるだろうとの発想だ!ベランダ側の錠前が一つと息子の廊下の錠前が破損しているので、何れそのうちに選んで購入して来ることとしようと思っている。明日は芒種である。そして間もなく梅雨入りを迎える。更に明治11年、先の陸軍士官学校の開校記念日も10日に迫る。同門会の役員会も16日、家内の外来診療が明日、私は10日と決まっている。メイは夜は良く寝たが昼間は座敷の部屋が良いようである。事実今日は早くも梅雨入りとなった。
水無月はその名の通り雨の降らな月かと思いきやそれもあと暫くの日時らしい。今日までずーと霽れ続きであるからである。「おうち散る窓辺の宿に水鶏啼き卯の花咲きて早苗早植え渡す夏は来ぬ」が、夏の風物詩を余すところ無く表現している。その情景を綺麗に表現わしている。病み上がりのこの機会に、家内の体が健康を回復する為に、畳替えをしようかとも考えている。7日には畳屋さんが見に来てくれる筈であり、経った1日間で表替えが完成出来そうである。綺麗な畳の日本間の佇まいで、この夏が過ごせればこんな幸福なことは無い。上述の「おうち散る窓辺の宿に水鶏啼き卯の花咲きて…」の叙情詩の一節が、我が家で懐かしく憶い出されてる。メイはすっかり家内に馴れて、起きても寝ても何時も家内に付きっきりである。何とも嬉しいことである。昨日は家の北側の柿の木の徒長枝の剪定を試みた。柿の実がなっている枝の発育を妨げない様に、隣家に伸びようとしている枝だけを綺麗に剪定出来て、これも気持ちが良かった。
今日も幸いに霽れ上がった。晴れると気持ちが良いしそれは誰しもそうであろう。デパートに朝早く生活用品を注文した。予想通り朝早く注文するとその日の午後には届けてくれるから便利この上ない。これから屋上へ洗濯ものを干して一日のスタートとしたい。事実午後2時前にはデパートから注文の品が届けけられた。その上長年の懸案であった書斎の文書探しも、約10分の一程進んだ。来月2日には愛弟子の教授昇格の祝賀会で最初に挨拶を述べることが決定しているので、その前の同門会での種々の打ち合わせを正しく実施したい気持ちが、私が嘗ての教室主任の矜持として心掛けている。さてそれらは、通り一遍なら何も考えることなど微塵も無い筈だが、他大学関係者も参集されるとのことなので、同門会程気楽に挨拶は出来ない事情がある。この辺りが大事で愛弟子を讃えるだけなら極めた簡単であるが、そうもいかない点が配慮の核心であるからである。あと1ヶ月あるのでゆっくり考えて万遺漏無きを期したい積りである。
本当に快晴の水無月の二日目である。ただし、午後から多少雲行きが怪しくなってくるとの予報も出ている。夏風が頬を横殴りに撫ぜて通り過ぎて行く。玄関の扉を開けると南天の花粉が飛び散り掃除に手間どるが、季節感が溢れている。梅雨もあと一週間後に迫るようである。昨日まで全てお洗濯ものを干すことが出来て、今日の快晴は洗濯物が無い、折角の快晴なのに勿体ない思いである。今日はゆっくりと裏庭の柿の木の枝卸でもしようかとと思う。伐採の枝集めの袋と紫外線除けの帽子が必要である。そうだ!この快晴の日和に敷布と上掛け綿毛布でも洗濯して、屋上に干して来ようかとも考えている。メイも今朝はビーフの缶詰を一個食べて満足の体である。快晴の天候は是程までに、人の心を活動的にまた健やかに仕立て上げるものなのかと、我ながら感じ畏れ入ってしまう。爽やかな梅雨前の我が家の楽しい一時である。「栴檀は双葉より芳し」、栴檀は今花盛りであり、本当に芳しいのは白檀である。それがが正しいようである。
今日から水無月だ!名は体を表さずの譬え通り、気象不順の折柄、今月も雨降りが多いのではないかとさえ思われる。家内の回復も娘、息子の支えのお陰で、最近の今日頃は、徐々に普通の食事に近付いて来た感じである。今月、そして来月を普通食が摂れる様になれば、どうにか毎日を普通人に近い生活が、送れるのではないかとさへ考えられる様になって来た。有り難く嬉しい現実である。今日も朝から曇りで少しは晴れた空が覗くのではないかとさえ思われる。これから屋上に洗濯物を干して来よう。今日は勤務日である。色々準備して出掛けることとしよう。三日前から娘が家内の退院後の静養の面倒を見に上京しているが、快気祝いに近くのバス停までや料亭など案内に面倒を見て呉れた。斯くして体の運動や食事の世話など応分のレハビリを一緒にしてくれた。午前中タクシーで近くのデパートまでお買い物に行ってきたそうで、娘に京都へのお土産を持たせたそうである。学校からの帰りのバスで薬局帰りの家内とばったり会って、また吃驚であった。水無月の6月1日、良いことが何だか続きそうで楽しみである。