私の場合
休息のために本を読むので
頭は働かない。
読んだ本のことを片っ端から忘れるので
武蔵にあきれられ
自分でも
この記憶力のなさは
よほど頭が悪いかと思っていた。
武蔵のほうは
馬鹿みたいに記憶力がいい
休息に読書を使うレベルが違うのだと分かった。
武蔵の場合
本当の休息はテレビ。
今見ているテレビの内容を聞くと
「自分で考えろ
俺だってわからん!」
と、怒鳴る。
馬鹿かおやじ
と思うが
ただ、な~んにも考えてないのよね。
見るテレビを選べる程度しか頭は働いてない。
それで休息になるわけ。
もっとじっくり
読書を楽しむ
これまた楽しい。
今白蓮さんの本について
二人のブログ友が書いている。
本を読むというのは
自分の人生と照合させて読んでいくから
読書でさえ自画像だ
と発見。私自身は
女性の生きてきた・・そういうテーマの本にあまり関心がない。
ところが
白蓮さんは
何か母には関心のある人だったらしい。
関連して二人に母の友人のことも気になる。
一人は
家のためにある結婚をし、生んだ子どもを置いて出奔
自分の恋を貫いた。
晩年老後の身は
捨ててきた娘とともに暮らしてそこでなくなった。
もう一人は
お嬢様のまま、おば様になったような方で
ご主人の浮気に全く手がつけられなかったかた。
だからおじ様を放し飼いにしていたかも。
おじ様が病に倒れ
看病に明け暮れる頃
まだ若者の私に
「夫婦ってね、相手が病気になってやっと本物になるものよ」
って囁いたの。
何を目的に夫婦のことなんか訳のわからん私にこんなこと言うの?
いぶかしかった。
この二人と母は
深く付き合って
何を考えていたのだろう。
母の結婚こそ
尋常ではなく
中世の農奴がトチに縛られるように
義父に縛られて暮らし
父の死後
やたら本を読んでいたが
何を読んでいたんだろう。
みんな死んでしまって
聞くことも出来ない。
母が生きていたら
この白蓮さんブームについて
どんな風に話してくれたかなあ
残念
先日書いた「決壊」の前に 「覇剣 武蔵と柳生兵庫助」を読んだ
今は何だっけ、山岡鉄舟が主人公の幕末の話、読み途中
ほらね
本の題名まで忘れてるよ