この話が何でこんなに面白いかというと
このペンギンがなぜ憂鬱か
このペンギンは
動物園で飼いきれなくなって
主人公はもらってきてペットとして飼ってる
おとなしいのだけれど
ただひたすら憂鬱なの
さほど存在を主張するわけではなく
ちょこちょこ歩いては自分好みの場所に
まあ
なんとなくじっとして
主人の顔なんかもじっと見たりするけれど
感情を表出するのは
ホンの控えめ
憂鬱に決まってるじゃない
南極にいるはずのペンギンが
動物園だよ!
そこで責任放棄されて
ペットになるんだよ!
憂鬱に決まってるさ
わたしなんか
感情移入しちゃうよ
このわたくしは 感情表出は烈しくて
飼い主の武蔵は辟易してるけれどさ
ふるさとを離れて
まあ
おとなしく適応してるような顔はしてるけれど
世間一般のように長生きな女だったら
南極に帰りたいわさ
でもそのときには南極にも適応できない
そういう予感で
悲哀に満ちた気持ちになるの
ね
わかる
この本のメタファーに
うなずいてるわたくし
続きはまた明日!
おはようございます
明日になりましたので
この主人公のお仕事の話
彼は
まだ生きている人のデータをもらっては
追悼文を書く仕事をしています
一篇100ドルだったかな
そして
描かれた人は次々と死んでいく
背後には国家権力のかかわりの暗示があり
当初は主人公は何かに保護されていて
危ない目にはあわない
スルーできていくけれど
仕事の依頼人や友人は
地下にもぐったり
殺されたりする
しまいには
追悼文を描いた人の葬式に参列することを要求され
ペンギンを連れて行けというのです
それで
一回1000ドル
ペットのペンギンはかなりの金額を稼ぎます
だんだん仕事が明らかになって行くにつれ
危機感がクレッシェンド
ペンギンは風邪から致命的な心臓疾患が明らかになって
人間の子供の心臓を移植されて命が助かります
その費用にはペンギンの稼いだものを当てようと思うのですが
上に書いた主人公を庇護するものが費用を持ち
責任を持って救うのです
主人公はペンギンが稼いだ金を使って
ペンギンを
南極に返す計画を立てます
そうして
ついに
主人公の追悼文を書く男に出会い
主人公の当人の知らなかったハンドルネームが明らかになるのです
”ペンギン”なのです
主人公は
”友人一同”という曖昧な名前に隠れていたつもりですけれどね
主人公はペットのペンギンの代わりに南極に飛びます
何しろ
ペンギンだったのですからね!
これをソ連崩壊後の人々の暮らしと結び付けて読むこともできるけれど
私は仕事の意義に関しての勘違いだとか
主観的な価値観と社会の側から見たシビアな現実とか
色々空想する
この話ではペットのペンギンが実は巨額を稼ぎ出す
なんて
象徴的だし
普段はもっとのどかに仕事のことを考えて
一生懸命働いてきた身の上から考えると
人を生かす商売をしてきたつもりで
実は殺してきたのかもしれないなんて考えちゃうし
ちょっと
検索すると
感想も大分違うし
★は★★★★☆という感じだけれど・・
私の読み方も大分変かも
まだ
家族に関して色々書きたいこともあるけれど
読書感想文書きには飽きたので
これで
おしまい