遊工房・雑感

日頃のあれこれを綴る日記です

「イスタンブール」オルハン・パルク

2011-12-09 20:22:57 | 外国の本

414kuwhwdl__bo2204203200_pisitbsticこの本わかりにくいのだけれど

まあ面白い

今までトルコの本読もうと思ったのは

やはりトルコが栄えていた時代の文化美術

そういう

輝かしい典型的なアジアの西で

どうだったか

という視点だったな

と思った

この作者は1952年生まれ

その30年前に

オスマントルコが滅びた

 

その滅びた帝国の残骸の中で育った人だった

と初めて感じた

ヒュズンという言葉で述べられている

憂愁・喪失・悲哀 なの?

ちょっとわかりきれていない

ま、外国人が  侘び・さび いろいろイメージするように

外国人の私もトルコで言う ヒュズン について

いろいろイメージしきれない

でもそういうことが

大変絵画的に描かれているので

色々空想する

ビザンチン帝国の遺跡もオスマントルコの遺跡も

それらの栄光が死んで そのまま風化しながら

モノクロームの存在を

崩壊しないまま古びて 行く中で暮らしているさまが描かれている

 

連想するのは

日本も 滅びていくような気がする

もう元のようには生き返らない

そういう中で暮らしている気がするので

 

この

トルコのヒュズン もう少し読み進めようと思う

 

この間の「私の名は紅」も二回目を読んで

あらあ と分かることもあった

「イスタンブール」 読み取れるのは何回かかかる感じがある

 

楽しみだ

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早川由紀夫研究

2011-12-09 08:05:22 | 原発

ってしてみたくなった。思い返してみた。

Kazankun013

これ早川先生のアイコン 青プリンというあだ名で呼ばれている(批判者から)

似たような先生

二人いる。

ちょっと見、ひどい言いよう。反発したくなるほどきつい。

でも、よくよく考えると、いつの間にか自分がいろいろ考えだす。

これはいい、と思って師事する。というタイプの先生。

一人は私の大学の時の指導教官だ。

まあ恐ろしくって、超緊張。

先生が何をダメだと言っているのかわからなくて

ドキドキして身構えて自分のところに指導にいらっしゃるのを待っていた。

来たら

こんなへらでは教えられない!

私をパスして行っちゃったよ!

(私は彫塑専攻だったの。最初はまず竹からへらを作らされた

まず寒に切った真竹を購入するところから

ご命令だった)

ま、その手の訳の分からない(当時は)

恐ろしい指導が続いて

いい気になっていると

ばさばさばさ  せっかく一生懸命作った彫塑 壊され

「つまりこうだとなったときから

ドンドン死んでいくんです!」

と訳の分からないことを言われ(今は分かるよ)

脱力 涙

という感じ

壊している先生の手の動きを見て

すげえ!

と思った

体にしみこむように 教えてくれることが見えた!

という先生。半分くらいはこの先生のおっかなさを嫌って

指導教官には選ばなかった(彫塑に関心がないということもあったろうけど)

私の学校は二年になるとき指導教官を選んでその元に指導を受けるシステム。

私はもともとは絵画に関心があったけれど

この先生から教わることが自分には必要だと思って

その指導下に入った。

この先生ね。おうちに遊びに行ったら奥様の尻に敷かれていたので

笑った話はどこかで書いた。

 

もう一人は私が職について同僚になった家庭科の先生

「遠藤さん!(わたし、もと遠藤)あなたのだらしないせいで

空気の流通が妨げられる

職場の皆の健康を損なっている!」

と、いきなり怒られた。机の上 下。

物をごちゃごちゃ置くから いい加減にしろ!というわけだ。

委員会指導で 右も左もわからない私が

職場の別の部署の方々の仕事時間に侵略しそうな活動計画を立てたので

事なかれ主義で

弾圧した

件の先生から雷が落ちた

「遠藤さん!あなたはそうやって生徒の成長の芽を摘んでいる

犯罪的だ」

え~~~ん、犯罪者かよ!私?

この恐ろしい先生からどれだけ学んだかわからん。

不思議なことに、生徒もとても慕っている。

ものすごい緊張状態に生徒を追い込み飛躍させる名人だった。

学年集会などで生徒を前に立たせ色々発表させる場面も多かったけれど

「ちょっと抱いてみ、わかるから」

とおっしゃるので

生徒をそれとなく抱えると

すごかったよ

生徒の心臓バクバク

ほんの少しのことでも

生徒がドキドキしながら飛躍するとき

そういう芽に敏感になれと教わったが

ま その先生は名人芸だった。

でも 頭に来るようなお叱りばかりでね

私より若い女先生「うるせ~~ばばあ!」なんてこっそりいい返しながら

ルンルン慕っていた。

でも、晩年頭の固い若い男の先生たち この先生を干したようだ

(私が転出した後)

 

 

早川先生のことを見ていると

めったといないタイプだけど

先生としての類型をみる感じがする

今振り返ってみると↓の4月頃の発言 

どこが妄言?と思うがね。このころ私は早川先生はひどい先生で

唾棄すべき人だ ああ もうあれは 勘弁してよね

というような評価を下す人のツイッターを見ていたので

ふうん 変な人なのねと思ってたまに見に行く程度だった

(こちらの方から私は放射線についてはずいぶん教わったが

なんかあったんだな で 今回のことでは 一切シカトだ

早川先生のほうは どういってるかなって気にしている

それがまたおかしい)

http://togetter.com/li/124132

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