LOHASな感じ!

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戦争の惨禍

2006-08-14 | その他
読売新聞13日の朝刊に、「戦争の惨禍」と題し様々な検証記事が載っていた。
その中でも、インパール作戦に関する記述は感慨深いものがあった。

終戦間際、南方の戦地で玉砕が相次いだ。
太平洋の孤島で孤立する守備隊に対し、大本営は増援せず、撤退は認めず、降伏も許さないという態度を終戦まで変えようとしなかった。
そして、この無責任と人命軽視の象徴がインパール作戦だった。

戦闘に参加した10万人の兵士のうち、7万2500人が死傷した作戦の悲惨さと異常さは、
「第一線は撃つに弾なく、今や豪雨と泥ねいの中に、疾病と飢餓のために戦闘力を失うに至れり。
軍と牟田口の無能なり」
と、山内正文第十五師団長が発した電文に尽くされている。
部下の反論に耳を傾けず、執拗に作戦の実施を迫った牟田口司令官の責任は重いが、これを抑止しなかったビルマ方面軍司令官河辺正三、作戦を許可した南方軍や大本営も問題が多い。

と記されていた。

インパール作戦については、あるお客様から聞いて知っていた。
そのお客様は、実際にインパール作戦に参加し、戦後、自費出版した「少尉の手記」の中で、インパール作戦を取り上げていた。

著書の冒頭
「多くの人々に会い、別れ、
そして二度と会うことがなかった。」と始まる少尉の手記。
インパール退却時、蛆の湧いた餓死者の白骨遺体が横たわる有様を「白骨街道」と呼んでいたらしい。

もう、そのお客様もこの世にはいない。