2010.11/7 848
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(25)
「中納言は、一人ふし給へるを、心しけるにや、と、うれしくて、心ときめきし給ふに、やうやうあらざりけり、と見る。うつくしくらうたげなる気色は、まさりてや、とおぼゆ」
――中納言(薫)は、姫君がお一人お寝みになっておられるのを、なるほどその用意がなされてあったのかと、嬉しくて胸ときめかせて傍に寄ってご覧になりますうちに、段々に別人だとお分かりになったのでした。こちらの姫君の美しくて可愛らしいご容貌は、なんと大君以上ではないか、とご覧になります――
「あさましげにあきれ惑ひ給へるを、げに心も知らざりける、と見ゆれば、いといとほしくもあり、またおしかへして、隠れ給へらむつらさの、まめやかに心憂くねたければ」
――(中の君が)あきれた風に、何が何やらすっかり戸惑っておられるのを、薫がご覧になって、やはり中の君は事情をご存知無く、お気の毒だともお思いになったのでした。それにしても考えてみれば、隠れてしまわれた大君の無情さが、心底恨めしく癪なので――
「これをも、よそのものとはえ思ひはつまじけれど、なほ本意のたがはむ、くちをしくて、うちつけに浅かりけりとも覚え奉らじ、この一ふしはなほすぐして、つひに宿世のがれずば、こなたざまにならむも、何かは他人のやうにやは、と思ひさまして、例の、をかしくなつかしきさまに語らひて明かし給ひつ」
――いっそのこと、中の君を他人の物としてしまうには惜しいし、それも諦めきれない気持ちになるだろうともお思いになりますが、やはり初めの大君への思いを違えるのが残念で、しかもこの場で中の君に事でも起こしたならば、やはり浅はかな者だったとは思われたくない。まあこの場はこのままそっとして置き、もしも中の君とのご縁があって一緒になることがあるとしても、何の、他人を身代わりにしたことになろうか…と、やっとのお考えに興奮をしずめて、常のように穏やかに優しくお話などなさって夜を明かしたのでした――
「老人どもは、しそしつ、と思ひて」
――弁の君たち老女らは、うまくいった(他の訳では、しくじった)と思って――
「中の宮いづこかおはしますらむ。あやしきわざかな。さりとも、あるやうあらむ」
――それにしても、中の宮(中の君)はどちらにおいででしょうか。不思議ですこと。それとも何かわけがあるのでしょうか――
などと、うろうろと不審がっています。「いくら何でも、お見えにならないのは、どこぞにお寝すみなのでしょうか」
◆心しけるにや=心の準備をされたのだろうか
◆しそしつ=為過す(しそす)=うまくやる。なしとげる。
では11/9に。
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(25)
「中納言は、一人ふし給へるを、心しけるにや、と、うれしくて、心ときめきし給ふに、やうやうあらざりけり、と見る。うつくしくらうたげなる気色は、まさりてや、とおぼゆ」
――中納言(薫)は、姫君がお一人お寝みになっておられるのを、なるほどその用意がなされてあったのかと、嬉しくて胸ときめかせて傍に寄ってご覧になりますうちに、段々に別人だとお分かりになったのでした。こちらの姫君の美しくて可愛らしいご容貌は、なんと大君以上ではないか、とご覧になります――
「あさましげにあきれ惑ひ給へるを、げに心も知らざりける、と見ゆれば、いといとほしくもあり、またおしかへして、隠れ給へらむつらさの、まめやかに心憂くねたければ」
――(中の君が)あきれた風に、何が何やらすっかり戸惑っておられるのを、薫がご覧になって、やはり中の君は事情をご存知無く、お気の毒だともお思いになったのでした。それにしても考えてみれば、隠れてしまわれた大君の無情さが、心底恨めしく癪なので――
「これをも、よそのものとはえ思ひはつまじけれど、なほ本意のたがはむ、くちをしくて、うちつけに浅かりけりとも覚え奉らじ、この一ふしはなほすぐして、つひに宿世のがれずば、こなたざまにならむも、何かは他人のやうにやは、と思ひさまして、例の、をかしくなつかしきさまに語らひて明かし給ひつ」
――いっそのこと、中の君を他人の物としてしまうには惜しいし、それも諦めきれない気持ちになるだろうともお思いになりますが、やはり初めの大君への思いを違えるのが残念で、しかもこの場で中の君に事でも起こしたならば、やはり浅はかな者だったとは思われたくない。まあこの場はこのままそっとして置き、もしも中の君とのご縁があって一緒になることがあるとしても、何の、他人を身代わりにしたことになろうか…と、やっとのお考えに興奮をしずめて、常のように穏やかに優しくお話などなさって夜を明かしたのでした――
「老人どもは、しそしつ、と思ひて」
――弁の君たち老女らは、うまくいった(他の訳では、しくじった)と思って――
「中の宮いづこかおはしますらむ。あやしきわざかな。さりとも、あるやうあらむ」
――それにしても、中の宮(中の君)はどちらにおいででしょうか。不思議ですこと。それとも何かわけがあるのでしょうか――
などと、うろうろと不審がっています。「いくら何でも、お見えにならないのは、どこぞにお寝すみなのでしょうか」
◆心しけるにや=心の準備をされたのだろうか
◆しそしつ=為過す(しそす)=うまくやる。なしとげる。
では11/9に。