2010.11/15 852
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(29)
何気ない風にかかれている返歌に、薫は、やはり大君を恨みきってしまえない気がなさるのでした。そしてつくづくお考えになるには、
「身をわけてなど、ゆづり給ふけしきは度々見えしかど、うけひかぬにわびて、構へ給へるなり、そのかひなく、かくつれなからむもいとほしく、情けなきものに思ひ置かれて、いよいよはじめの思ひかなひ難くやあらむ」
――大君が中の君を、身は二つでなどと、自分との結婚を中の君にゆずるようなご様子が度々見えたが、私が承知しないのを困っての、あのように計画なさったのであろう。その甲斐もなく自分がこう中の君に無関心でいるのも、大君にはお気の毒で、情を解せぬ者よと疎んじられ、いよいよ元よりの望みが叶いにくくなるだろう――
「とかく言ひ伝えなどすめる老人の思はむ所もかろがろしく、とにかくに心を染めけむだに悔しく、かばかりの、世の中を思ひ棄てむの心に、みづからもかなはざりけり、と、人わろく思ひ知らるるを」
――あちらこちらに取り次ぎをするらしい老人(おいびと)の弁の君の思惑も軽々しく、あれやこれやにつけても、大君に恋を抱いただけでも悔しく、これだけの遁世したい気持ちであるのに、自分でも不可能なのだったと、人聞き悪く思い知らされるのに――
「ましておしなべたる好き者のまねに、同じあたり返す返す漕ぎめぐらむ、いと人わらへなる棚なし小船めきたるべし」
――まして、世間普通の浮気者流に、同じ女に何回でも言い寄るとしたら、それは実に人聞きの悪い、「棚なし小船(おぶね)」に似たことだろう――
などと、ひと晩中まんじりともせず思い明かして、まだ夜も明けぬ時刻に兵部卿の宮(匂宮)のお住いに参上したのでした。
三條の宮(母女三宮のお住い)が火災で焼けてからは、薫は六条院に移っておられましたので、度々参上されていました。(六条院に匂宮の曹司があるので)匂宮は、公務と言ってもそれほどお忙しくもなく、お住いのご様子も優雅で理想的でいらっしゃいます。
◆うけひかぬにわびて=承け退かぬに思い悩んで=承諾しないのに困って
◆棚なし小船めきたる=古今集「掘江漕ぐ棚無し小船漕ぎ返り同じ人にや恋ひ渡りなむ」左右の船ばたの内側に踏み板のない小さな舟。
では11/17に。
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(29)
何気ない風にかかれている返歌に、薫は、やはり大君を恨みきってしまえない気がなさるのでした。そしてつくづくお考えになるには、
「身をわけてなど、ゆづり給ふけしきは度々見えしかど、うけひかぬにわびて、構へ給へるなり、そのかひなく、かくつれなからむもいとほしく、情けなきものに思ひ置かれて、いよいよはじめの思ひかなひ難くやあらむ」
――大君が中の君を、身は二つでなどと、自分との結婚を中の君にゆずるようなご様子が度々見えたが、私が承知しないのを困っての、あのように計画なさったのであろう。その甲斐もなく自分がこう中の君に無関心でいるのも、大君にはお気の毒で、情を解せぬ者よと疎んじられ、いよいよ元よりの望みが叶いにくくなるだろう――
「とかく言ひ伝えなどすめる老人の思はむ所もかろがろしく、とにかくに心を染めけむだに悔しく、かばかりの、世の中を思ひ棄てむの心に、みづからもかなはざりけり、と、人わろく思ひ知らるるを」
――あちらこちらに取り次ぎをするらしい老人(おいびと)の弁の君の思惑も軽々しく、あれやこれやにつけても、大君に恋を抱いただけでも悔しく、これだけの遁世したい気持ちであるのに、自分でも不可能なのだったと、人聞き悪く思い知らされるのに――
「ましておしなべたる好き者のまねに、同じあたり返す返す漕ぎめぐらむ、いと人わらへなる棚なし小船めきたるべし」
――まして、世間普通の浮気者流に、同じ女に何回でも言い寄るとしたら、それは実に人聞きの悪い、「棚なし小船(おぶね)」に似たことだろう――
などと、ひと晩中まんじりともせず思い明かして、まだ夜も明けぬ時刻に兵部卿の宮(匂宮)のお住いに参上したのでした。
三條の宮(母女三宮のお住い)が火災で焼けてからは、薫は六条院に移っておられましたので、度々参上されていました。(六条院に匂宮の曹司があるので)匂宮は、公務と言ってもそれほどお忙しくもなく、お住いのご様子も優雅で理想的でいらっしゃいます。
◆うけひかぬにわびて=承け退かぬに思い悩んで=承諾しないのに困って
◆棚なし小船めきたる=古今集「掘江漕ぐ棚無し小船漕ぎ返り同じ人にや恋ひ渡りなむ」左右の船ばたの内側に踏み板のない小さな舟。
では11/17に。