2011.2/5 892
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(69)
「待ちきこえ給ふところは、絶え間遠き心地して、なほかくなめり、と心細くながめ給ふに、中納言おはしたり。悩ましげにし給ふ、と聞きて、御とぶらひなりけり。いと心地まどふばかりの御なやみにもあらねど、ことつけて、対面したまず」
――(匂宮を)お待ちになっておられます宇治では、長い間絶えてお出でにならぬのを、
やはりお見棄てになったのであろうと、心細くお思いのところに、薫が訪問なさいました。大君がご気分が悪いとお聞きになってのお見舞いでした。大君は重病というほどのことではないようですが、それを口実にして薫にご対面なさらない――
「『驚きながら、遥けき程を参りつるを、なほかのなやみ給ふらむ御あたり近く』と、切におぼつかながりきこえ給へば、打ち解けて住ひ給へる方の御簾の前に入れ奉る。いとかたはらいたきわざ、と、苦しがり給へど、けにくくはあらで、御ぐしもたげ、御答へなどきこえ給ふ」
――(薫は)「驚くままに遠い道のりを参りましたのに。もう少しあなたの臥せっておいでのお近くに参りたく」と、切々としきりにおっしゃいますので、侍女たちは、大君がくつろいで寝んでおられるお部屋の御簾の前にお席を設け、お通しして差し上げます。大君は、このような見苦しい所へお招きして、と当惑していらっしゃいますが、そう無愛想にもされず、お頭(おつむり)をもたげて、お返事などなさるのでした――
薫は、匂宮がなかなかご訪問できなないご様子などをお話になって、
「のどかにおぼせ。心いられしてな恨みきこえ給ひそ」
――匂宮のことは、どうぞ気長にお考えください。焦って、決して匂宮をお恨みしてはなりませんよ――
と、諭されますと、大君は、
「ここには、ともかくもきこえ給はざめり。亡き人の御諌めは、かかる事にこそ、と見侍るばかりなむ、いとほしかりける」
――中の君は、格別なんとも思っておいでではないようですが、亡き父宮の御諌めは、こういうことだったのだと思い当たりますにつけて、可哀そうでなりません――
と、泣き伏してしまわれました。
◆悩ましげに=気分が悪い。病気のようで。
◆けにくくはあらで=「け」は打消しの接頭語。
◆心いられし=心入る=熱心に。
◆○○○な○○○そ=な(否定、禁止)と、そ(終助詞)で、=決して○○してはならない。「な恨みきこえ給ひそ」は、決してお恨みしてはいけませんよ。
では2/7に。
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(69)
「待ちきこえ給ふところは、絶え間遠き心地して、なほかくなめり、と心細くながめ給ふに、中納言おはしたり。悩ましげにし給ふ、と聞きて、御とぶらひなりけり。いと心地まどふばかりの御なやみにもあらねど、ことつけて、対面したまず」
――(匂宮を)お待ちになっておられます宇治では、長い間絶えてお出でにならぬのを、
やはりお見棄てになったのであろうと、心細くお思いのところに、薫が訪問なさいました。大君がご気分が悪いとお聞きになってのお見舞いでした。大君は重病というほどのことではないようですが、それを口実にして薫にご対面なさらない――
「『驚きながら、遥けき程を参りつるを、なほかのなやみ給ふらむ御あたり近く』と、切におぼつかながりきこえ給へば、打ち解けて住ひ給へる方の御簾の前に入れ奉る。いとかたはらいたきわざ、と、苦しがり給へど、けにくくはあらで、御ぐしもたげ、御答へなどきこえ給ふ」
――(薫は)「驚くままに遠い道のりを参りましたのに。もう少しあなたの臥せっておいでのお近くに参りたく」と、切々としきりにおっしゃいますので、侍女たちは、大君がくつろいで寝んでおられるお部屋の御簾の前にお席を設け、お通しして差し上げます。大君は、このような見苦しい所へお招きして、と当惑していらっしゃいますが、そう無愛想にもされず、お頭(おつむり)をもたげて、お返事などなさるのでした――
薫は、匂宮がなかなかご訪問できなないご様子などをお話になって、
「のどかにおぼせ。心いられしてな恨みきこえ給ひそ」
――匂宮のことは、どうぞ気長にお考えください。焦って、決して匂宮をお恨みしてはなりませんよ――
と、諭されますと、大君は、
「ここには、ともかくもきこえ給はざめり。亡き人の御諌めは、かかる事にこそ、と見侍るばかりなむ、いとほしかりける」
――中の君は、格別なんとも思っておいでではないようですが、亡き父宮の御諌めは、こういうことだったのだと思い当たりますにつけて、可哀そうでなりません――
と、泣き伏してしまわれました。
◆悩ましげに=気分が悪い。病気のようで。
◆けにくくはあらで=「け」は打消しの接頭語。
◆心いられし=心入る=熱心に。
◆○○○な○○○そ=な(否定、禁止)と、そ(終助詞)で、=決して○○してはならない。「な恨みきこえ給ひそ」は、決してお恨みしてはいけませんよ。
では2/7に。