2011.2/11 895
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(72)
「弱き御心地は、いとど世に立ちとまるべくもおぼえず。はづかしげなる人々にはあらねど、思ふらむところの苦しければ、聞かぬやうにて寝給へるを、姫宮、物思ふときのわざと聞きし、うたたねの御さまのいとらうたげにて…(……)」
――(大君の)衰弱なさったご気分では、いよいよ世に生きられそうにもおもわれません。ここの侍女たちには気詰まりな者とて居りませんが、内心では今度の事を、どう思っているかと、大君は、それにも苦痛でならず、なにも聞こえない振りをして臥せっておられます。
姫宮(中の君のこと)が物思う時のしぐさや、うたた寝のお姿がたいそう愛らしく…(そのお姿をご覧になって、父宮がご遺言で、めったな風の夫は持つな、とお諌めになられたお言葉などに思い当たられて、悲しみが込み上げてくるのでした)――
「罪深かなる底にはよも沈み給はじ、いづこにもいづこにも、おはすらむ方に迎へ給ひてよ、かういみじくもの思ふ身どもをうち棄て給ひて、夢にだに見え給はぬよ、と思い続け給ふ」
――父宮は罪深い者がゆくという地獄には、まさか落ちてはおられまい。たとえどこのどんな所でありましても、おいでになる所へ私をお迎えください。このようにひどく悩みを持つ私どもをお見棄てになって、夢にさえ現れてくださらないとは、と、大君は思い続けていらっしゃいます――
寒々とした夕暮れにさっと時雨がきて、木々の下をはらう風の音などがいっそう侘びしさを誘います。大君は数日来のご病気でお顔色が少し青ざめていらっしゃいますが、それが却って品よくお見えになります。
昼寝をされていました中の君が、荒々しい風音に目を覚まされて、たいそうお美しいお顔色で、特に思い悩まれたご様子も無く、
「故宮の夢に見え給へる、いと物おぼしたるけしきにて、このわたりにこそほのめき給ひつれ」
――亡き父宮が夢にお見えになりました。深く物思いに沈まれたご様子で、この辺りにかすかにお見えになりましたよ――
と、おっしゃいますと、大君はますます悲しくなられて、
「亡せ給ひて後、いかで夢にも見奉らむ、と思ふを、さらにこそ見奉らね」
――お亡くなりになってからというもの、何とかして夢にでもお逢いしたいと思っておりましたのに、私はまだ一度もお目にかかれません――
とおっしゃって、お二方とも、抱き合ってお泣きになるのでした。
すっかり日が暮れた頃に、匂宮からお使いの者が文を持って参りました。
では2/13に。
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(72)
「弱き御心地は、いとど世に立ちとまるべくもおぼえず。はづかしげなる人々にはあらねど、思ふらむところの苦しければ、聞かぬやうにて寝給へるを、姫宮、物思ふときのわざと聞きし、うたたねの御さまのいとらうたげにて…(……)」
――(大君の)衰弱なさったご気分では、いよいよ世に生きられそうにもおもわれません。ここの侍女たちには気詰まりな者とて居りませんが、内心では今度の事を、どう思っているかと、大君は、それにも苦痛でならず、なにも聞こえない振りをして臥せっておられます。
姫宮(中の君のこと)が物思う時のしぐさや、うたた寝のお姿がたいそう愛らしく…(そのお姿をご覧になって、父宮がご遺言で、めったな風の夫は持つな、とお諌めになられたお言葉などに思い当たられて、悲しみが込み上げてくるのでした)――
「罪深かなる底にはよも沈み給はじ、いづこにもいづこにも、おはすらむ方に迎へ給ひてよ、かういみじくもの思ふ身どもをうち棄て給ひて、夢にだに見え給はぬよ、と思い続け給ふ」
――父宮は罪深い者がゆくという地獄には、まさか落ちてはおられまい。たとえどこのどんな所でありましても、おいでになる所へ私をお迎えください。このようにひどく悩みを持つ私どもをお見棄てになって、夢にさえ現れてくださらないとは、と、大君は思い続けていらっしゃいます――
寒々とした夕暮れにさっと時雨がきて、木々の下をはらう風の音などがいっそう侘びしさを誘います。大君は数日来のご病気でお顔色が少し青ざめていらっしゃいますが、それが却って品よくお見えになります。
昼寝をされていました中の君が、荒々しい風音に目を覚まされて、たいそうお美しいお顔色で、特に思い悩まれたご様子も無く、
「故宮の夢に見え給へる、いと物おぼしたるけしきにて、このわたりにこそほのめき給ひつれ」
――亡き父宮が夢にお見えになりました。深く物思いに沈まれたご様子で、この辺りにかすかにお見えになりましたよ――
と、おっしゃいますと、大君はますます悲しくなられて、
「亡せ給ひて後、いかで夢にも見奉らむ、と思ふを、さらにこそ見奉らね」
――お亡くなりになってからというもの、何とかして夢にでもお逢いしたいと思っておりましたのに、私はまだ一度もお目にかかれません――
とおっしゃって、お二方とも、抱き合ってお泣きになるのでした。
すっかり日が暮れた頃に、匂宮からお使いの者が文を持って参りました。
では2/13に。