2012. 6/17 1121
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その29
「この人はた、いとけはひことに、心深く、なまめかしきさまして、久しかりつる程のおこたりなどのたまふも、言多からず、恋しかなしとおりたたねど、常にあひ見ぬ恋の苦しさを、さまよき程にうちのたまへる、いみじく言ふにはまさりて、いとあはれ、と人の思ひぬべきさまを、しめ給へる人柄なり」
――こちらの殿(薫)はまたこちらで、並み優れて気品が高く、心深く優雅な様子で、長い間、ご無沙汰したとおっしゃるのにも、言葉少なく、恋しいとか悲しいとか、しつこくは言わず、始終逢う事のできない切なさを、品よく仄めかしておっしゃるのが、あれこれ言葉多くおっしゃるよりもずっと深く心を打つと、誰しもが思うであろうご様子を身につけておられるお人柄です――
「えんなる方はさるものにて、行く末長く人の頼みぬべき心ばへなど、こよなくまさり給へり」
――(その上)薫の君は、深みのあるところはもちろんのこと、末長くお頼みする御気質という点では、たしかに匂宮よりも優れていらっしゃる――
「思はずなるさまの心ばへなど、漏り聞かせたらむ時、なのめならずいみじくこそあべけれ。あやしう、うつし心もなう思し焦らるる人を、あはれと思ふも、それはいとあるまじく軽きことぞかし」
――(浮舟は)匂宮に惹かれていく自分のとんでもない料簡を、もしも薫が漏れ聞かれたなら、その時はいったいどんな大変なことになるだろうか。正体もなく思い悩んでおられる御方(匂宮)を、愛しい慕わしいと思うにつけても、そのようなことはあってはならない軽々しいことなのに――
「この人に憂しと思はれて、忘れ給ひなむ心ぼそさは、いと深うしみにければ、思ひみだれたるけしきを、月ごろにこよなうものの心知り、ねびまさりにけり、つれづれなる住処の程に、思ひ残すことはあらじかし、と見給ふも、心苦しければ、常よりも心とどめて語らひ給ふ」
――薫から愛想をつかれでもして、忘れ去られてしまうことにでもなる心細さは、どんなであろうかなどと、身に沁みておぼえられますので、あれこれ思い乱れていますのを、薫は御覧になって、しばらく訪ねなかった間に、物ごころも分かるようになり、大人びてきたことよ、淋しい毎日の暮らしの中で、さまざまな物思いを尽したのだろう、とお思いになられるらしく、いじらしく、いつもよりしみじみと御物語をなさるのでした――
では6/19に。
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その29
「この人はた、いとけはひことに、心深く、なまめかしきさまして、久しかりつる程のおこたりなどのたまふも、言多からず、恋しかなしとおりたたねど、常にあひ見ぬ恋の苦しさを、さまよき程にうちのたまへる、いみじく言ふにはまさりて、いとあはれ、と人の思ひぬべきさまを、しめ給へる人柄なり」
――こちらの殿(薫)はまたこちらで、並み優れて気品が高く、心深く優雅な様子で、長い間、ご無沙汰したとおっしゃるのにも、言葉少なく、恋しいとか悲しいとか、しつこくは言わず、始終逢う事のできない切なさを、品よく仄めかしておっしゃるのが、あれこれ言葉多くおっしゃるよりもずっと深く心を打つと、誰しもが思うであろうご様子を身につけておられるお人柄です――
「えんなる方はさるものにて、行く末長く人の頼みぬべき心ばへなど、こよなくまさり給へり」
――(その上)薫の君は、深みのあるところはもちろんのこと、末長くお頼みする御気質という点では、たしかに匂宮よりも優れていらっしゃる――
「思はずなるさまの心ばへなど、漏り聞かせたらむ時、なのめならずいみじくこそあべけれ。あやしう、うつし心もなう思し焦らるる人を、あはれと思ふも、それはいとあるまじく軽きことぞかし」
――(浮舟は)匂宮に惹かれていく自分のとんでもない料簡を、もしも薫が漏れ聞かれたなら、その時はいったいどんな大変なことになるだろうか。正体もなく思い悩んでおられる御方(匂宮)を、愛しい慕わしいと思うにつけても、そのようなことはあってはならない軽々しいことなのに――
「この人に憂しと思はれて、忘れ給ひなむ心ぼそさは、いと深うしみにければ、思ひみだれたるけしきを、月ごろにこよなうものの心知り、ねびまさりにけり、つれづれなる住処の程に、思ひ残すことはあらじかし、と見給ふも、心苦しければ、常よりも心とどめて語らひ給ふ」
――薫から愛想をつかれでもして、忘れ去られてしまうことにでもなる心細さは、どんなであろうかなどと、身に沁みておぼえられますので、あれこれ思い乱れていますのを、薫は御覧になって、しばらく訪ねなかった間に、物ごころも分かるようになり、大人びてきたことよ、淋しい毎日の暮らしの中で、さまざまな物思いを尽したのだろう、とお思いになられるらしく、いじらしく、いつもよりしみじみと御物語をなさるのでした――
では6/19に。