2013. 6/15 1267
五十四帖 【夢浮橋(ゆめのうきはし)の巻】 その1
薫(大将の君) 28歳 夏
浮舟 23歳
小君(こきみ) 浮舟の母と常陸の介(守)の息子.浮舟の義弟。
女一の宮(一品の宮) 今上帝と明石中宮の第一皇女
女二の宮 薫の正妻。今上帝の第二皇女、母は明石中宮ではない。
「山におはしまして、例せさせ給ふやうに、経仏など供養ぜさせ給ふ。またの日は横川におはしたれば、僧都おどろきかしこまりきこえ給ふ」
――(薫は)比叡山根本中堂に赴かれて、いつものように経や仏などの供養をなさり、その翌日、横川にお出かけになりました。僧都は、わざわざお越しになったことに大そう驚き恐縮して御礼を申し上げます――
「年ごろも御祈りなどにつけ、語らひ給ひけれど、ことにいと親しきことはなかりけるを、このたび一品の宮の御心地の程に、さぶらひ給へるに、すぐれ給へる験ものし給ひけり、と見給ひてより、こよなう尊び給ひて、今少し深き契り加へ給ひてければ、おもおもしうおはする殿の、かくわざとおはしましたること、と、もて騒ぎきこえ給ふ」
――年来、薫は御祈祷などに関して、ご相談なさっていましたが、別段御懇意というほどではありませんでしたのに、この度、女一の宮のご病気の際、僧都がご祈祷に伺候された折の、優れたご祈祷力を持っておられる方だとお認めになって以来、以前より一層深い関係をお結びになられたのでした。重々しいご身分の薫が、こうしてわざわざお出向きくださったとはまあ、と僧都もお心をこめておもてなし申し上げます――
「御ものがたりなど、こまやかにしておはすれば、御湯漬けなど参り給ふ」
――薫は僧都に四方山話などしみじみなさっておられますので、御湯漬けなどを差し上げます――
「すこし人々しづまりぬるに、『小野のわたりに、知り給へる宿りや侍る』と問ひ給へば、『しか侍り。いとことやうなる所になむ。なにがしが母なる朽ち尼の侍るを、京にはかばかしきすみかも侍らぬうちに、かくて籠り侍る間は、夜中暁にも、あひとぶらはむ、と思ひ給へおきて侍る』など申し給ふ」
――ざわざわしていた薫の供人たちが、少し静まった頃、「小野の辺りに、お知り合いの家がおありでしょうか」と薫がお訊ねになりますと、僧都は、「はい、ございます。大そうむさくるしい所でございます。拙僧の母の老尼がおりますが、都にしかとした家も定まらなぬうちに私がこうして山籠りしております間は、いついかなる時もすぐに見舞ってやりたいと思いまして、あそこに住まわせております」などと申し上げます――
では6/17に。
五十四帖 【夢浮橋(ゆめのうきはし)の巻】 その1
薫(大将の君) 28歳 夏
浮舟 23歳
小君(こきみ) 浮舟の母と常陸の介(守)の息子.浮舟の義弟。
女一の宮(一品の宮) 今上帝と明石中宮の第一皇女
女二の宮 薫の正妻。今上帝の第二皇女、母は明石中宮ではない。
「山におはしまして、例せさせ給ふやうに、経仏など供養ぜさせ給ふ。またの日は横川におはしたれば、僧都おどろきかしこまりきこえ給ふ」
――(薫は)比叡山根本中堂に赴かれて、いつものように経や仏などの供養をなさり、その翌日、横川にお出かけになりました。僧都は、わざわざお越しになったことに大そう驚き恐縮して御礼を申し上げます――
「年ごろも御祈りなどにつけ、語らひ給ひけれど、ことにいと親しきことはなかりけるを、このたび一品の宮の御心地の程に、さぶらひ給へるに、すぐれ給へる験ものし給ひけり、と見給ひてより、こよなう尊び給ひて、今少し深き契り加へ給ひてければ、おもおもしうおはする殿の、かくわざとおはしましたること、と、もて騒ぎきこえ給ふ」
――年来、薫は御祈祷などに関して、ご相談なさっていましたが、別段御懇意というほどではありませんでしたのに、この度、女一の宮のご病気の際、僧都がご祈祷に伺候された折の、優れたご祈祷力を持っておられる方だとお認めになって以来、以前より一層深い関係をお結びになられたのでした。重々しいご身分の薫が、こうしてわざわざお出向きくださったとはまあ、と僧都もお心をこめておもてなし申し上げます――
「御ものがたりなど、こまやかにしておはすれば、御湯漬けなど参り給ふ」
――薫は僧都に四方山話などしみじみなさっておられますので、御湯漬けなどを差し上げます――
「すこし人々しづまりぬるに、『小野のわたりに、知り給へる宿りや侍る』と問ひ給へば、『しか侍り。いとことやうなる所になむ。なにがしが母なる朽ち尼の侍るを、京にはかばかしきすみかも侍らぬうちに、かくて籠り侍る間は、夜中暁にも、あひとぶらはむ、と思ひ給へおきて侍る』など申し給ふ」
――ざわざわしていた薫の供人たちが、少し静まった頃、「小野の辺りに、お知り合いの家がおありでしょうか」と薫がお訊ねになりますと、僧都は、「はい、ございます。大そうむさくるしい所でございます。拙僧の母の老尼がおりますが、都にしかとした家も定まらなぬうちに私がこうして山籠りしております間は、いついかなる時もすぐに見舞ってやりたいと思いまして、あそこに住まわせております」などと申し上げます――
では6/17に。