蜻蛉日記 中卷 (92)の6 2016.1.20
「いかが埼、山吹の埼などいふところどころを見やりて、葦のなかより漕ぎ行く。まだ物たしかにも見えぬほどに、はるかなる梶の音して心細くうたひ来る舟あり。行きちがふほどに『いづくのぞや』と問ひたれば、『石山へ、人の御むかへに』とぞ答ふなる。この声もいとあはれにきこゆなり。言ひ置きし、遅く出で来ればかしこなりつるして出でぬれば、違ひて行くなめり。とどめて、男どもかたへは乗り移りて、心のほしきにうたひ行く。」
◆◆いかが埼や山吹の埼などを次々に見やりながら、葦の間を漕いで行きます。まだ物の形がはっきりと見えない頃、遠くの方から梶の音がして心細そうな声で歌ってくる舟があります。行き違うときに、「どこの船かね」と尋ねると、「石山へ、お迎えに」と答えているらしい。その声もとてもしんみりと聞こえるが、それは帰りに迎えに来るようにと言い置いていたのが、遅かったので、あちらにあった舟で来てしまったので、行き違いに行く舟のようでした。それでその舟を止めて、供人の何人かはその舟に乗り移って、気の向くままに歌って行くのでした。◆◆
「瀬田の橋の本ゆきかかるほどにぞ、ほのぼのと明けゆく。千鳥うちかけりつつ飛びちがふ。もののあはれにかなしきこと、さらに数なし。さてありし浜辺にいたりたれば、迎への車率てきたり。京に巳の時ばかり、いき着きぬ。これかれ集まりて『世界にささなど言ひさわぎけること』など言へば、『さもあらばれ、いまはなほ惜しかるべき身かは』などぞ答ふる。」
◆◆瀬田の橋のあたりにさしかかるころに、ほのぼのと夜が明けていき、千鳥が空高く舞いながら飛び交わしています。なにもかもしみじみと悲しいこと、胸いっぱいに迫ること限りもありません。そうして以前の浜辺に着くと、迎えの車をつれて来ていました。京には十時ごろに帰りつきました。侍女のだらかれが集まってきて、「遠い遠いところへ行っておしまいになったのかしらと、(殿が)大騒ぎでございましたよ」などと言うので、「何とでも言わせておけばいいわ。でも今は、そんなことのできる身ではありませんもの」などと答えておいたのでした。◆◆
■いかが埼、山吹の埼=琵琶湖畔のまくら詞。両所とも石山と瀬田の間の名所と思われるが、現在地未詳。
■巳の時(みのとき)=午前九時~十一時ごろ
■さもあらばれ=さもあらばあれ。
「いかが埼、山吹の埼などいふところどころを見やりて、葦のなかより漕ぎ行く。まだ物たしかにも見えぬほどに、はるかなる梶の音して心細くうたひ来る舟あり。行きちがふほどに『いづくのぞや』と問ひたれば、『石山へ、人の御むかへに』とぞ答ふなる。この声もいとあはれにきこゆなり。言ひ置きし、遅く出で来ればかしこなりつるして出でぬれば、違ひて行くなめり。とどめて、男どもかたへは乗り移りて、心のほしきにうたひ行く。」
◆◆いかが埼や山吹の埼などを次々に見やりながら、葦の間を漕いで行きます。まだ物の形がはっきりと見えない頃、遠くの方から梶の音がして心細そうな声で歌ってくる舟があります。行き違うときに、「どこの船かね」と尋ねると、「石山へ、お迎えに」と答えているらしい。その声もとてもしんみりと聞こえるが、それは帰りに迎えに来るようにと言い置いていたのが、遅かったので、あちらにあった舟で来てしまったので、行き違いに行く舟のようでした。それでその舟を止めて、供人の何人かはその舟に乗り移って、気の向くままに歌って行くのでした。◆◆
「瀬田の橋の本ゆきかかるほどにぞ、ほのぼのと明けゆく。千鳥うちかけりつつ飛びちがふ。もののあはれにかなしきこと、さらに数なし。さてありし浜辺にいたりたれば、迎への車率てきたり。京に巳の時ばかり、いき着きぬ。これかれ集まりて『世界にささなど言ひさわぎけること』など言へば、『さもあらばれ、いまはなほ惜しかるべき身かは』などぞ答ふる。」
◆◆瀬田の橋のあたりにさしかかるころに、ほのぼのと夜が明けていき、千鳥が空高く舞いながら飛び交わしています。なにもかもしみじみと悲しいこと、胸いっぱいに迫ること限りもありません。そうして以前の浜辺に着くと、迎えの車をつれて来ていました。京には十時ごろに帰りつきました。侍女のだらかれが集まってきて、「遠い遠いところへ行っておしまいになったのかしらと、(殿が)大騒ぎでございましたよ」などと言うので、「何とでも言わせておけばいいわ。でも今は、そんなことのできる身ではありませんもの」などと答えておいたのでした。◆◆
■いかが埼、山吹の埼=琵琶湖畔のまくら詞。両所とも石山と瀬田の間の名所と思われるが、現在地未詳。
■巳の時(みのとき)=午前九時~十一時ごろ
■さもあらばれ=さもあらばあれ。