蜻蛉日記 中卷 (93) 2016.1.26
「おほやけに相撲のころなり。をさなき人、まゐらまほしげに思ひたれば、さうぞかせて出だしたつ。『まづ殿へ』とてものしたりければ車のしりに乗せて、暮れにはこなたざまに物したまふべき人のさるべきに申しつけて、我はあなたざまにと聞くにもましてあさまし。」
◆◆朝廷では相撲の節の頃です。道綱が参内して観覧したそうにしているので、装束を着けさせて出してやります。「最初に本邸へ」ということで出かけたところ、宮中への車に同乗させて連れて行ってくれましたが、帰りにはこちらへお帰りの、然るべき人に子どもを頼んで、あの人自身はあちらの(時姫の住む本邸)方に行かれたと聞くに付け、まったくあきれてしまった。◆◆
「またの日もきのふのごと、まゐるままにえ知らで、夜さりは所の雑色これらかれら、これが送りせよとて、先立ちて出でにければ、一人まかでていかに心に思ふらん、例ならましかばもろともにあらましをと、をさなき心地に思ふなるべし、うち屈したるさまにて入り来るを見るに、せんかたなくいみじく思へど、何のかひかあらん。身ひとつをのみ切り砕く心地す。」
◆◆次の日も同じように、参内すると、道綱のことは放っておいて、夜になると、「蔵人所のだれかれは、この子を送ってくれ」といって、先に帰ってしまったので、あの子は一人で退出して、心中どんなに悲しかったことだろう。夫婦の仲が普通であれば、一緒に帰るだろうにと、幼な心に思っているようで、すっかり心落ちした様子で入ってくるのを見ると、慰めようもなく、辛く思うけれど、どうしようもない。わが身一つを切り砕くような切ない思いがするばかりである。◆◆
■所の雑色これらかれら=蔵人所で雑用をする者。
「おほやけに相撲のころなり。をさなき人、まゐらまほしげに思ひたれば、さうぞかせて出だしたつ。『まづ殿へ』とてものしたりければ車のしりに乗せて、暮れにはこなたざまに物したまふべき人のさるべきに申しつけて、我はあなたざまにと聞くにもましてあさまし。」
◆◆朝廷では相撲の節の頃です。道綱が参内して観覧したそうにしているので、装束を着けさせて出してやります。「最初に本邸へ」ということで出かけたところ、宮中への車に同乗させて連れて行ってくれましたが、帰りにはこちらへお帰りの、然るべき人に子どもを頼んで、あの人自身はあちらの(時姫の住む本邸)方に行かれたと聞くに付け、まったくあきれてしまった。◆◆
「またの日もきのふのごと、まゐるままにえ知らで、夜さりは所の雑色これらかれら、これが送りせよとて、先立ちて出でにければ、一人まかでていかに心に思ふらん、例ならましかばもろともにあらましをと、をさなき心地に思ふなるべし、うち屈したるさまにて入り来るを見るに、せんかたなくいみじく思へど、何のかひかあらん。身ひとつをのみ切り砕く心地す。」
◆◆次の日も同じように、参内すると、道綱のことは放っておいて、夜になると、「蔵人所のだれかれは、この子を送ってくれ」といって、先に帰ってしまったので、あの子は一人で退出して、心中どんなに悲しかったことだろう。夫婦の仲が普通であれば、一緒に帰るだろうにと、幼な心に思っているようで、すっかり心落ちした様子で入ってくるのを見ると、慰めようもなく、辛く思うけれど、どうしようもない。わが身一つを切り砕くような切ない思いがするばかりである。◆◆
■所の雑色これらかれら=蔵人所で雑用をする者。