永子の窓

趣味の世界

枕草子を読んできて(35)その3  その4

2018年03月04日 | 枕草子を読んできて
二二    すさまじきもの   (35)その3  2018.3.4
 
 除目に司得ぬ人の家。今年はかならずと聞きて、はやうありし者ども、ほかほかにありつる、片田舎に住む者どもなど、みなあつまり来て、出で入る車の轅もひまなく見え、物詣です供にも、われもわれもとまゐりつかうまつり、物食ひ酒飲み、ののしり合へるに、果つる暁まで門たたく音もせず。あやしなど、耳立てて聞けど、さき追ふ声々して、上達部などみな出でたまふ。
◆◆除目に官職(国司)を得ない人の家。(これは興ざめだ)今年は必ず任官すると聞いて、以前仕えていた者たちで、あちこち余所に行ってしまっている者や、片田舎に住む者たちなどが、みな、この家に集まってきて、さらに、出入りする訪問客の牛車の轅も隙間がないほどに見え、任官祈願の物詣でをする供にも、われもわれもと伺って奉仕し、物を食い酒を飲み、大騒ぎし合っているのに、任官の詮議が終わる夜明け方まで、吉報をもたらして門をたたく音もしない。「おかしい」などと、耳をすまして聞くけれど、先払いの声がいくつもして、上達部などがみな宮中から出ていらっしゃる。◆◆


 物聞くに宵より寒がりわななきをりつる下衆をのこなど、いと物憂げに歩み来るを、をる者どもは問ひだにもえ問はず。ほかより来たる者などぞ、「殿は何にかならせたまへる」など問ふ。いらへには「なンの前司にこそは」と、かならずいらふる。まことにたのみける者は、いみじう嘆かしと思ひたり。
◆◆物を聞くことのために、前夜からお役所のそばで、寒さにぶるぶる震えながら控えていた下男などが、ひどく疲れた格好で歩いてくるのを、こちらに控えている者たちは、「どうだったか」と問うことさえできない。よそから来ている者などが、「殿は何におなりになっていらっしゃるのか」などと尋ねる。応答としては、「何々の国の前司ですよ」と、必ずおうじる。本当に頼みにしている者は、まったく情けなく溜息をつきたいような気分である。◆◆


 つとめてになりて、ひまなくをりつる者も、やうやう一人二人づつ、すべりつつ出でぬ。ふる者の、さもえ行き離るまじきは、来年の国々を手を折りてかぞへなどして、ゆるぎありく、いみじういとほしう、すさまじげなり。
◆◆翌朝になって、隙間のないほど居た者たちも、次第に一人二人と、そっと滑り出てしまう。古くから仕えている者で、そうそうあっさりと離れて行ってしまえそうもない者は、来年の除目に任官できそうな国々を、指を折って数えたりして、ひょろひょろあたりを歩き回っている。その様子はひどく気の毒で、興ざめに見える。◆◆


                        

二二    すさまじきもの    (35)その4  2018.3.4

 よろしくよみたりと思ふ歌を、人のがりやりたるに、返しせぬ。懸想文はいかがせむ。それだにをりをかしうなどあるに、返しせぬは心おとりす。また、さわがしう時めかしき所に、うち古めきたる人の、おのがつれづれと暇あるままに、昔おぼえてことなる事なき歌よみしておこせたる。
◆◆一通り詠んであると思う歌を、人のもとに贈ったのに、返事がないの。恋の手紙は相手にその気がなければどうにも仕方がない。でも、それでさえも、季節の風情などに贈った手紙に返事がないのは、劣る気がする。また、忙しく時勢にあって栄えている人のところに、ちょっと古めかしい人が、自分に暇があって所在ないのにまかせて、昔風で、特別どうということもない「歌詠み」をしてよこしているの。◆◆


 物のをり、扇いみじくと思ひて、心ありと知りたる人に取らせたるに、その日になりて、思はずなる絵などかきて得たる。
◆◆何かの行事の折、扇を大切にと思って、その方面に趣味があると知っている人に渡しておいたのに、その当日になって意外な絵などを描いてあるのを自分のものとしたの。◆◆


 産養。馬のはなむけなどの、物の使ひに禄など取らせぬ。はかなき薬玉、卯槌など持てありく者も、かならず取らすべし。思ひかけぬ事に得たるをば、いと興ありと思ひたる。今日はかならずさるべき使ぞと、心ときめきして来たるに、ただなるは、まことにすさまじ。
◆◆産養や、旅立ちの餞別などの、物を持ってくる使いにご祝儀などを与えないの。ちょっとした薬玉や、卯槌などを持って歩き回る者にも、かならず与えるべきである。思いがけないことで貰ったのは、たいへん興のあることだと思っている。だが、今日は必ずご祝儀がいただける筈の使いだと、胸をどきどきさせて来たのに、何もないのは、全く興ざめである。◆◆


■産養(うぶやしなひ)=出産後、三・五・七.夜の祝い。
 
■薬玉=端午の節供の邪気払いのつくりもの

■卯槌(うづち)=正月上卯日(かみのうのひ)の邪気払いのつくりもの。



 婿取りして、四五年まで産屋のさわぎせぬ所。大人なる子ども、ようせずは、むまごとも這ひありきぬべき人の親どちの昼寝したる。おほかた、童べなるほどの心地にも、親の昼寝したるは、寄り所なくすさまじくぞありし。寝起きてあむる湯は、腹立たしくさへこそおぼゆれ。師走のつごもりの長雨。百日ばかりの精進の懈怠とやいふべからむ。八月の白襲。乳あえずなりぬる乳母。
◆◆婿取りをして、四、五年になるのに産屋の騒ぎをしない所。成人した子どもがいて、悪くすると、孫どもが這い回っているような親同士が昼寝をしてるの。だいたいが子供だったころの気持ちにしても、親が昼寝をしているのは、なんとも頼りないものであった。寝て起きてすぐにあびる湯は、興ざめ以上に腹立たしいことであった。十二月の末の長雨。こういうのを百日ばかりの精進の怠りとでもいうのであろうか。秋八月に着る白襲。お乳が出なくなってしまっている乳母。◆◆