四四 木の花は (57)その1 2018.5.16
木の花は 梅の、濃くも薄くも、紅梅。桜の、花びら大きに、色よきが、枝はほそうかれはれに咲きたる。
藤の花、しなひ長く、色よく咲きたる、いとめでたし。
卯の花は、品おとりて、何となけれど、咲くころのをかしう、郭公の陰に隠るらむ思ふに、いとをかし。
祭のかへさに、紫野のわたり近きあやしの家ども、おどろなる垣根などに、いと白う咲たるこそをかしけれ。青色の上に、白き単襲かづきたる、青朽葉などにかよひて、なほいとをかし。
◆◆(草の花に対して)木の花は、梅の、濃いのでも薄いのでも、紅梅がよい。桜の、花びらが大きくて、色のよいのが、枝は細くて乾いた感じに咲いているのがよい。
藤の花、これは花房が長く、色がよく咲いているのがたいへんよい。
卯の花は、品格が劣って、何ということはないけれど、咲く時節がおもしろく、ほととぎすが花の陰に隠れているだろうことを思うと、たいへんおもしろい。
賀茂祭の帰りがけに、紫野のあたりに近いみすぼらしい家々や、乱れ茂っている垣根などに、たいへん白く咲いているのこそおもしろい。その様子は、黄ばんだ萌黄色の表着の上に、白い単衣襲を引きかぶっているのや、また卯の花のない所は青朽葉色の衣などに似通っていて、やはりたいへんおもしろい。
■郭公=ほととぎす。
■祭のかへさ=四月中の酉の日に行う賀茂祭。翌日斎院が紫野に帰るのを「祭のかへさ」という。
■紫野=むらさきの。京の西北にある野。
■単襲(ひとへがさね)=単衣を二枚重ねたもので表着(うわぎ)の下に着る夏用の衣装。
四月のつごもり、五月ついたちなどのころほひ、橘の濃く青きに、花のいと白く咲きたるに、雨のふりたるつとめてなどは、世になく心あるさにをかし。花の中より黄金の玉かと見えて、いみじくきはやかに見えたるなどは、朝露に濡れたる桜におとらず。郭公の寄るとさへ思へばにや、なほさらに言ふべきにもあらず。
◆◆四月の月末や五月の初めなどのころ、橘の葉が濃く青いのに、花が真っ白に咲いているところに、雨が降る早朝などは、言うに言われぬほど情趣があっておもしろい。花の中からまるで黄金の玉かのように見えて、たいそうはっきりと見えているのなどは、朝露に濡れた桜の風情に劣らない。ほととぎすが寄ってくるとまで思うからであろうか、改めて言う必要もないくらいの素晴らしさだ。◆◆
木の花は 梅の、濃くも薄くも、紅梅。桜の、花びら大きに、色よきが、枝はほそうかれはれに咲きたる。
藤の花、しなひ長く、色よく咲きたる、いとめでたし。
卯の花は、品おとりて、何となけれど、咲くころのをかしう、郭公の陰に隠るらむ思ふに、いとをかし。
祭のかへさに、紫野のわたり近きあやしの家ども、おどろなる垣根などに、いと白う咲たるこそをかしけれ。青色の上に、白き単襲かづきたる、青朽葉などにかよひて、なほいとをかし。
◆◆(草の花に対して)木の花は、梅の、濃いのでも薄いのでも、紅梅がよい。桜の、花びらが大きくて、色のよいのが、枝は細くて乾いた感じに咲いているのがよい。
藤の花、これは花房が長く、色がよく咲いているのがたいへんよい。
卯の花は、品格が劣って、何ということはないけれど、咲く時節がおもしろく、ほととぎすが花の陰に隠れているだろうことを思うと、たいへんおもしろい。
賀茂祭の帰りがけに、紫野のあたりに近いみすぼらしい家々や、乱れ茂っている垣根などに、たいへん白く咲いているのこそおもしろい。その様子は、黄ばんだ萌黄色の表着の上に、白い単衣襲を引きかぶっているのや、また卯の花のない所は青朽葉色の衣などに似通っていて、やはりたいへんおもしろい。
■郭公=ほととぎす。
■祭のかへさ=四月中の酉の日に行う賀茂祭。翌日斎院が紫野に帰るのを「祭のかへさ」という。
■紫野=むらさきの。京の西北にある野。
■単襲(ひとへがさね)=単衣を二枚重ねたもので表着(うわぎ)の下に着る夏用の衣装。
四月のつごもり、五月ついたちなどのころほひ、橘の濃く青きに、花のいと白く咲きたるに、雨のふりたるつとめてなどは、世になく心あるさにをかし。花の中より黄金の玉かと見えて、いみじくきはやかに見えたるなどは、朝露に濡れたる桜におとらず。郭公の寄るとさへ思へばにや、なほさらに言ふべきにもあらず。
◆◆四月の月末や五月の初めなどのころ、橘の葉が濃く青いのに、花が真っ白に咲いているところに、雨が降る早朝などは、言うに言われぬほど情趣があっておもしろい。花の中からまるで黄金の玉かのように見えて、たいそうはっきりと見えているのなどは、朝露に濡れた桜の風情に劣らない。ほととぎすが寄ってくるとまで思うからであろうか、改めて言う必要もないくらいの素晴らしさだ。◆◆