永子の窓

趣味の世界

枕草子を読んできて(57)その2

2018年05月19日 | 枕草子を読んできて
四四   木の花は  (57)その2

梨の花、世にすさまじくあやしきものにして、目に近く、はかなき文つけなどだにせず。愛敬おくれたる人の顔などを見ては、たとひに言ふも、げにその色よりしてあいなく見ゆるを、唐土には限りなき物にて、文にも作るなるを、さりともあるやうあらむとて、せめて見れば、花びらの端にをかしきにほひこそ、こころもとなくつきたンめれ。楊貴妃、御門の御使ひに会ひて、泣きける顔に似せて、「梨花一枝春雨を帯びたり」など言ひたるは、おぼろけならじと思ふに、なほいみじうめでたき事は、たぐひあらじとおぼえたり。
◆◆梨の花は、世間では興ざめで変なものだとして、近くに置いたり、ちょっとした手紙にさえ付けたりしない。可愛げのない人の顔を見ては、その例えにして言うのも、なるほどその色からしてどうにもならない感じに見えるのだが、中国では、この上ないものとして、漢詩にも作るということであるから、きっと何か理由があるだろうと思って、目を凝らして見ると、花びらの端のところに、美しい色艶が、ほんのちょっと付いているようだ。楊貴妃が、玄宗皇帝の御使者に会って、泣いた顔にたとえて、「梨花一枝春雨を帯びたり」などと言っているのは、並一通りではあるまいと思うにつけて、やはりとてもすばらしいことは、他に類があるまいと感じられる。◆◆



 桐の花、紫に咲きたるは、なほをかしきを、葉のひろごりざまうたてあれども、また、こと木どもとひとしう言ふべきにあらず。唐土にはことごとしき名つきたる鳥の、選りてこれにしもゐるらむ、いみじう心ことなり。まして琴に作りて、さまざまに鳴る音の出で来るなど、をかしなど、世の常に言ふべくやはある。いみじうこそはめでたけれ。
 木のさまぞにくけれ楝の花いとをかし。かれわれにさまことに咲きて、かならず五月五日にあふもをかし。
◆◆桐の花が、紫に咲いているのは、ことに情趣があるものであって、葉の広がり方が嫌な感じがするけれども、他の木々と同列に論ずるべきではない。中国では大げさな名のついている鳥―鳳凰―が、選んでこの木に棲むそうであるのは、たいへん格別な感じがする。まして、桐を琴に作って、いろいろな鳴る音が出てくるなどというのは、おもしろいなどと、世間一般の言葉で言うことができようはずがない。非常にすばらしいものだ。
 木の様子は感じがよくないけれど、楝の花はたいへんおもしろい。?のように変わった咲き方をして、
五月五日にの節供に咲きあうのもおもしろい。◆◆

■楝の花(あふちのはな)=紫色で穂状をなして群がって咲く。現在の栴檀(せんだん)という。
■かれわれに=不詳