永子の窓

趣味の世界

枕草子を読んできて(84)(85)(86)

2018年09月19日 | 枕草子を読んできて
七一   おぼつかなきもの   (84) 2019.9.19

 おぼつかなきもの 十二年の山籠りの女親。知らぬ所に、闇なるに行きあひたるに、あらはにもぞある、とて、火もともさで、さすがに並みゐたる。いま出で来たるものの心も知らぬに、やんごとなき物持たせて、人のがりやりたるに、おそく来る。物言はぬちごの、そりくつがへりて、人にもいだかれず泣きたる。暗きに、いちご食ひたる。人の顔知らぬ物見。
◆◆対象がはっきりしなくて、心もとなく気がかりな感じがするもの 十二年の比叡山山籠もりをしている法師の女親(比叡山延暦寺では修行僧を得度受戒させた後十二年下山を禁じた。また女人禁制なので女親は登山できなかった)。知らない所に、月のない闇の晩に人々と一緒に行ったところ、姿がはっきり見えるといけない、ということで、ともし火もつけないで、それでも並んで座っているの。新参の召使の、性質もよくわからない者に、大切な物を持たせて、人のもとに使いを出したのに、遅く帰って来るの。まだ口もきかない乳飲児が、そっくりかえって、人にも抱かれようともせず泣いているの。暗い時に、いちごを食べているの(暗くて色がみえないからか)。人の顔を知らないで見物しているの。◆◆


七二   たとしへなきもの   (85)  2019.9.19

 たとしへなきもの 夏と冬と。夜と昼と。雨降ると、日照ると。若きと老いたると。人の笑ふと腹立つと。黒と白と。思ふとにくむと。藍ときはだと。雨と霧と。同じひとながらも心ざし失せぬるは、まことにあらぬ人とぞおぼゆるかし。
◆◆比べようもないほど違うもの 夏と冬と。夜と昼と。雨が降るのと、日が照るのと。若い人と年とっているのと。人が笑うのと腹を立てるのと。黒と白と。人を愛することと憎むことと。藍色と黄色と。雨と霧と。同じ人でありながらも自分に対しての愛情がなくなってしまった人は、ほんとうに別人のように感じられることだ。◆◆


七三   常磐木おほかる所に   (86)  2019.9.19

 常磐木おほかる所に、烏のねて、夜中ばかりにいね、さわがしく落ちまろび、木づたひて、寝おびれたる片声に鳴きたるこそ、昼の見目にはたがひてをかしけれ。
◆◆常緑樹の多くあるところに、烏(からす)が寝て、夜中ごろに寝込んで、さわがしく落ち転がり、木から木へつたって、寝ぼけておびえた、整わない声で鳴いているのこそ、昼間見る憎らしい様子とは違っておもしろいものだ。◆◆