永子の窓

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枕草子を読んできて(101)その1

2018年12月01日 | 枕草子を読んできて
八八 里にまかでたるに  (101)その1  2018.12.1

 里にまかでたるに、殿上人などの車も、やすらかずぞ人々言ひなすなる。いとあまりに心に引き入りたるおぼえ、はたなければ、さ言はむ人もにくからず。また夜も昼も来る人をば、何かはなしなども、かかやきかへさむ。まことにむつましくなどあらぬも、さこそは来めれ。あまりうるさくもげにあれば、このたび出でたる所をば、いづくともなべてには知らず、経房、済政の君などばかりぞ知りたまへる。
◆◆里に退出していると、殿上人などの車が家のそばにあるのをも、おだやかでないように人々が話をこしらえて言うとのことである。私はひどくこだわって隠れ忍んでいる人間だというような世間の評判も、まったくそうではないので、そういうだろう人も別ににくらしくはない。また夜も昼も来る人を、どうして「いない」などと言って、恥をかいて帰るようにさせられよう。ほんとうに仲が良いよいうほどの人も、そんなふうにしてやって来るようだ。なるほどあまりにも煩わしくもあるので、今度下がっている所は、どことも一般にはわからず、経房、済政の君などばかりが知っていらっしゃる。◆◆

■殿上人などの車=仮に「(訪問の)車のあるをも」の意とみる。
■あまりに=一説、三巻本に「うらむに」「うしむに」とあり、「有心に」(思慮深く)を「余心に」と誤ったもの。
■経房(つねふさ)=源高明の四男。
■済政(なりまさ)=源時中の子。



左衛門尉則光行きて、ものがたりなどするついでに、昨日も宰相中将殿の、「いもうとのあり所、さりとも知らぬやうあらじ」といみじう問ひたまひしに、さらに知らぬよし申ししに、あやにくに強ひたまひし事など言ひて、「ある事あらがふは、いとわびしうこそありけれ。ほとほとゑみぬべかりしにわびて、台盤の上にあやしき布のありしを、ただ取りて、食ひにまぎらはししかば、中間に、あやしの食ひ物やと、人も見けむかし。されど、かしこう、それにてなむ申さずなりにし。笑ひなましかば、不用ぞかし。まことに知らぬなンめりとおぼしたりしも、をかしうこそ」など語れば、「さらにな聞こえたまひそ」など、いとど言ひて、日ごろ久しくなりぬ。
◆◆左衛門尉則光が私のところに行って、物語などをするついでに、昨日も宰相の中将殿が、「あなたの女きょうだい(作者のこと)の居所を、まさか知らないということはないだろう」としつこくお尋ねになったので、さらにいっこうに存じませんと申し上げたのに、意地悪く無理にも言わせようとなさったことなどを話して、「知っていることを否定して言うのは、とてもつらい気持ちでした。もう少しで顔をほころばせてしまいそうだったのに困って、台盤の上に妙な海藻のあったのを、むやみに取りに取って、食べることでごまかしたので、変な時間に妙な食べ物だなと、人々は見たことでしょう。それでも何とかそれで申し上げずに済んでしまいました。もし笑ってしまったら、きっとそれでぶちこわしです。本当に知らないようだと宰相の中将がお思いになったのも、面白おいことでした」などと話すので、「どうか決して申し上げないでくださいよ」などと、いっそう強く言って、幾日か大分日がたってしまった。◆◆

■左衛門尉則光(さえもんのじょうのりみつ)=則光は長徳三年(997)正月二八日、左衛門尉となった。
■宰相中将殿=斉信。長徳二年四月二四日参議。宰相は参議の唐名。