九〇 さてその左衛門の陣、行きて後 (103) 2018.12.16
さてその左衛門の陣、行きて後、里に出でてしばしあるに、「あさぼらけなむ常におぼし出でらるる。いかでさつれなくうちふりてありしならむ。いみじくめでたからむとこそ思ひたりしか」など仰せられたり。御返事に、かしこまりのよし申して、わたくしには、「いかでかめでたしと思ひはべざらむ。御前にも、さりとも『なかなるをとめ』とおぼしめし御覧じけむとなむ思ひたまへし」と聞こえさせたれば、立ちかへり「『いみじむ思ふべかンめる仲忠が面伏せなる事をば、いかでか啓したるぞ。ただ今宵のうちに、よろづの事を捨ててまゐれ。さらずはいみじくにくませたまはむ』となむ、仰せ言ある」とあれば、「よろしからむにてだにゆゆし。まして『いみじく』とある文字には、命もさながら捨ててなむ」とてまゐりにき。
◆◆そんなふうでその左衛門の陣、その陣に行った後で、里に退出してしばらくいる時に、お手紙で「あの折の朝ぼらけのことが、いつも自然に思い出される。どうしてそなたはそんな古臭い格好でいたのだろう。とても素晴らしいことだろうと私は思っていたのに」などと中宮様が仰せになった。お使いの女房への私ごとの言葉としては、「どうして素晴らしいと思わないことがございましょうか。御前におかせられても、あの朝ぼらけの情景を、それにしても『なかなるをとめ』とはおぼしめして御覧あそばしたであろうと存じましたことでございます」と申し上げさせておいたところ、すぐに折り返して「『そなたがたいそう贔屓に思っているはずと思う仲忠の面目をつぶすようなことを、どうしてわたしに言上したのか。すぐ今晩のうちに、万事を捨てて参上せよ。そうしないなら、ひどくお憎みあそぼすだろう』と、中宮様の仰せ言があります」と書いてあるので、「並一通りのおにくしみでさえ大変なことです。まして、『ひどく』とある文字には、命もそのまま捨てて……」と申し上げて参上してしまった。◆◆
■この段は「八〇」段の後をうけたもの。ややわかりにくい。
さてその左衛門の陣、行きて後、里に出でてしばしあるに、「あさぼらけなむ常におぼし出でらるる。いかでさつれなくうちふりてありしならむ。いみじくめでたからむとこそ思ひたりしか」など仰せられたり。御返事に、かしこまりのよし申して、わたくしには、「いかでかめでたしと思ひはべざらむ。御前にも、さりとも『なかなるをとめ』とおぼしめし御覧じけむとなむ思ひたまへし」と聞こえさせたれば、立ちかへり「『いみじむ思ふべかンめる仲忠が面伏せなる事をば、いかでか啓したるぞ。ただ今宵のうちに、よろづの事を捨ててまゐれ。さらずはいみじくにくませたまはむ』となむ、仰せ言ある」とあれば、「よろしからむにてだにゆゆし。まして『いみじく』とある文字には、命もさながら捨ててなむ」とてまゐりにき。
◆◆そんなふうでその左衛門の陣、その陣に行った後で、里に退出してしばらくいる時に、お手紙で「あの折の朝ぼらけのことが、いつも自然に思い出される。どうしてそなたはそんな古臭い格好でいたのだろう。とても素晴らしいことだろうと私は思っていたのに」などと中宮様が仰せになった。お使いの女房への私ごとの言葉としては、「どうして素晴らしいと思わないことがございましょうか。御前におかせられても、あの朝ぼらけの情景を、それにしても『なかなるをとめ』とはおぼしめして御覧あそばしたであろうと存じましたことでございます」と申し上げさせておいたところ、すぐに折り返して「『そなたがたいそう贔屓に思っているはずと思う仲忠の面目をつぶすようなことを、どうしてわたしに言上したのか。すぐ今晩のうちに、万事を捨てて参上せよ。そうしないなら、ひどくお憎みあそぼすだろう』と、中宮様の仰せ言があります」と書いてあるので、「並一通りのおにくしみでさえ大変なことです。まして、『ひどく』とある文字には、命もそのまま捨てて……」と申し上げて参上してしまった。◆◆
■この段は「八〇」段の後をうけたもの。ややわかりにくい。