九六 内裏は、五節のほどこそ (109) その1 2019.2.15
内裏は、五節のほどこそすずろにただならで、見る人もをかしうおぼゆれ。主殿司などの、いろいろのさいでを物忌みのやうにて、さいしきつけたるなども、めづらしく見ゆ。
清涼殿のそり橋に、元結のむら濃、いとけざやかにて出でゐたるも、さまざまにつけてをかしうのみ。上雑仕、童べども、いみじき色ふしと思ひたる、いとこたわりなり。山藍、日陰など、柳筥に入れて、かうぶりしたるをのこの持てありく、いとをかしう見ゆ。殿上人の直衣ぬぎたれて、扇やなにやと拍子にして、「つかさまされとしこきなみぞたつ」といふ歌うたひて、局どもの前わたるほどはいみじく、添ひたちたらむ人の心さわぎぬべしかし。ましてさと一度に笑ひなどしたる、いとおそろし。
◆◆内裏は、五節のころこそ何やら無性にいつもと違った感じで、出会う人もおもしろく感じられる。主殿司の女官などが、様々な色の小切れを、物忌みの札のようにして、髪にかんざしを着付けているのなども、めずらしく見える。清涼殿の仮の反り橋の上に、結い上げた髪の元結のむら染が、とてもくっきりした様子で、この人たちが出て座っているのも、なにかにつけてただもうおもしろく見える。上雑仕や童たちが、たいした晴れがましさと思っているのももっともである。小忌衣の山藍や、冠に付ける日陰のかずらなどを、柳箱に入れて、五位に叙せられた男が持ってまわるのも、たいへんおもしろく見える。殿上人が直衣を脱いで垂れて、扇や何やとを拍子に使って、「つかさまされとしこきなみぞたつ」という歌をうたって、五節の局々の前を通るころはすばらしく、舞姫に立ち添っていよう人の心がきっと騒ぐにちがいないことだ。まして殿上人が、どっと一度に笑などしているのは、ひどく恐ろしい。(集団の声の圧迫感)◆◆
■さいで=布切れ。「割出(さきいで)」の音便。
■さいし=釵子(さいし)=正装の時に髪を結いあげて挿すかんざし。釵=(かんざし)
■清涼殿のそり橋=五節のために臨時に清涼殿の北の階から承香殿へと作り渡した橋をさすか。
■上雑仕(うへざうし)=舞姫の世話をするため臨時に出仕した下仕えの女か。
■色ふし=色節。晴れがましく名誉なこと。
■柳筥(やないばこ)=柳の木を細かく削って編んだ箱。
■かうぶりしたるをのこ=無役になった五位蔵人が臨時に召しだされたとする説を採る。
■拍子(ひょうし)=打楽器のひとつ。扇で代用した。
■「つかさまされとしきなみぞたつ」=『梁塵秘抄』に似たような歌がある。「官位昇進せよと頻りに波が立つ」の意か。
*写真は女房の最高の装束
内裏は、五節のほどこそすずろにただならで、見る人もをかしうおぼゆれ。主殿司などの、いろいろのさいでを物忌みのやうにて、さいしきつけたるなども、めづらしく見ゆ。
清涼殿のそり橋に、元結のむら濃、いとけざやかにて出でゐたるも、さまざまにつけてをかしうのみ。上雑仕、童べども、いみじき色ふしと思ひたる、いとこたわりなり。山藍、日陰など、柳筥に入れて、かうぶりしたるをのこの持てありく、いとをかしう見ゆ。殿上人の直衣ぬぎたれて、扇やなにやと拍子にして、「つかさまされとしこきなみぞたつ」といふ歌うたひて、局どもの前わたるほどはいみじく、添ひたちたらむ人の心さわぎぬべしかし。ましてさと一度に笑ひなどしたる、いとおそろし。
◆◆内裏は、五節のころこそ何やら無性にいつもと違った感じで、出会う人もおもしろく感じられる。主殿司の女官などが、様々な色の小切れを、物忌みの札のようにして、髪にかんざしを着付けているのなども、めずらしく見える。清涼殿の仮の反り橋の上に、結い上げた髪の元結のむら染が、とてもくっきりした様子で、この人たちが出て座っているのも、なにかにつけてただもうおもしろく見える。上雑仕や童たちが、たいした晴れがましさと思っているのももっともである。小忌衣の山藍や、冠に付ける日陰のかずらなどを、柳箱に入れて、五位に叙せられた男が持ってまわるのも、たいへんおもしろく見える。殿上人が直衣を脱いで垂れて、扇や何やとを拍子に使って、「つかさまされとしこきなみぞたつ」という歌をうたって、五節の局々の前を通るころはすばらしく、舞姫に立ち添っていよう人の心がきっと騒ぐにちがいないことだ。まして殿上人が、どっと一度に笑などしているのは、ひどく恐ろしい。(集団の声の圧迫感)◆◆
■さいで=布切れ。「割出(さきいで)」の音便。
■さいし=釵子(さいし)=正装の時に髪を結いあげて挿すかんざし。釵=(かんざし)
■清涼殿のそり橋=五節のために臨時に清涼殿の北の階から承香殿へと作り渡した橋をさすか。
■上雑仕(うへざうし)=舞姫の世話をするため臨時に出仕した下仕えの女か。
■色ふし=色節。晴れがましく名誉なこと。
■柳筥(やないばこ)=柳の木を細かく削って編んだ箱。
■かうぶりしたるをのこ=無役になった五位蔵人が臨時に召しだされたとする説を採る。
■拍子(ひょうし)=打楽器のひとつ。扇で代用した。
■「つかさまされとしきなみぞたつ」=『梁塵秘抄』に似たような歌がある。「官位昇進せよと頻りに波が立つ」の意か。
*写真は女房の最高の装束