永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(849)

2010年11月09日 | Weblog
2010.11/9  849

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(26)
 
 *(848から849の続きとしては不自然な内容の流れになっていますが、原文のまま訳します)
 
老女たちにとってみれば、美しい薫をお見上げするたびに、顔の皺がのびる心地がして、本当に姿形に見とれるほどですのに、

「などていともて離れてはきこえ給ふらむ。何か、これは世の人の言ふめる、恐ろしき神ぞ憑き奉りたらむ」
――どうしてまた、大君は薫を遠ざけなさるのでしょう。何かこれは世間で申しております恐ろしい鬼でもお憑きになったのでしょうか――

 と、歯の無い口で、苦々しく言う女もいます。それに他の老女が、

「あな、まがまがし。何ぞの物かつかせ給はむ。ただ、人に遠くて生い出でさせ給ふめれば、かかる事にも、つきづきしげにもてなしきこえ給ふ人もなくおはしますに、はしたなく思さるるにこそ。今おのづから見奉り馴れ給ひなば、思ひきこえ給ひてむ」
――まあ、縁起でもない。何で物が取り憑きなどなされましょう。ただ大君はご環境柄、人に馴れずにお育ちのようですから、結婚というようなことでも、お傍でお世話申される人もなくていらっしゃるので、きっと極まりが悪いとお感じなのでしょう。そのうち自然とお顔なじみになられましたら、御好意をお持ちになられるでしょう――

 などと話し合っているうちに、

「『とくうちとけて、思ふやうにて おはしまさむ』と言う寝入りて、いびきなどかたはらいたくするもあり」
――「早く大君が薫と打ち解けられて、私たちが望むように、御夫婦になってくだされば良いものを…」などと言いながら、いびきをかいている者など居て、なんとも恥知らずなことです――

「『逢ふ人から』にもあらぬ秋の夜なれど、程もなく明けぬる心地して、いづれとわくべくもあらず、なまめかしき御けはひを、人やりならず飽かぬ心地して、『あひ思せよ。いと心憂くつらき人の御さま、見習ひ給ふなよ』など、後瀬をちぎりて出で給ふ」
――これは思ってもいなかった思いがけない逢瀬ではありましたが、早くも夜が明けていくようです。薫にとっては、この二人の姫君はいずれも優劣のないあでやかなお姿ではあっても、やはり今宵のことには不満でならず、「あなたもお心にかけてください。薄情な辛い大君のようななさりようを、お見習いなさいますな」などとおっしゃって、(礼儀通り)後の逢瀬をお約束なさってお立ちになります――

 薫は、

「われながらあやしく夢のやうに覚ゆれど、なほつれなき人の御けしき、今一たび見はてむの心に、思ひのどめつつ、例の、出でて臥し給へり」
――われながら不思議な夢心地に思われるものの、やはり、あの情ないお方のお心を、今一度見極めたいとのお心で、気持ちをおちつけながら、いつものようにお出ましになり、下の間で寝んでおいでになりました――

『逢ふ人から』=古今集「長しとも思ひぞ果てぬ昔より逢ふ人からの秋の夜なれば」
        逢いたいと思う相手ではないから、長く感じそうな秋の夜だが。

では11/11に。


源氏物語を読んできて(848)

2010年11月07日 | Weblog
2010.11/7  848

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(25)

「中納言は、一人ふし給へるを、心しけるにや、と、うれしくて、心ときめきし給ふに、やうやうあらざりけり、と見る。うつくしくらうたげなる気色は、まさりてや、とおぼゆ」
――中納言(薫)は、姫君がお一人お寝みになっておられるのを、なるほどその用意がなされてあったのかと、嬉しくて胸ときめかせて傍に寄ってご覧になりますうちに、段々に別人だとお分かりになったのでした。こちらの姫君の美しくて可愛らしいご容貌は、なんと大君以上ではないか、とご覧になります――

「あさましげにあきれ惑ひ給へるを、げに心も知らざりける、と見ゆれば、いといとほしくもあり、またおしかへして、隠れ給へらむつらさの、まめやかに心憂くねたければ」
――(中の君が)あきれた風に、何が何やらすっかり戸惑っておられるのを、薫がご覧になって、やはり中の君は事情をご存知無く、お気の毒だともお思いになったのでした。それにしても考えてみれば、隠れてしまわれた大君の無情さが、心底恨めしく癪なので――

「これをも、よそのものとはえ思ひはつまじけれど、なほ本意のたがはむ、くちをしくて、うちつけに浅かりけりとも覚え奉らじ、この一ふしはなほすぐして、つひに宿世のがれずば、こなたざまにならむも、何かは他人のやうにやは、と思ひさまして、例の、をかしくなつかしきさまに語らひて明かし給ひつ」
――いっそのこと、中の君を他人の物としてしまうには惜しいし、それも諦めきれない気持ちになるだろうともお思いになりますが、やはり初めの大君への思いを違えるのが残念で、しかもこの場で中の君に事でも起こしたならば、やはり浅はかな者だったとは思われたくない。まあこの場はこのままそっとして置き、もしも中の君とのご縁があって一緒になることがあるとしても、何の、他人を身代わりにしたことになろうか…と、やっとのお考えに興奮をしずめて、常のように穏やかに優しくお話などなさって夜を明かしたのでした――
 
「老人どもは、しそしつ、と思ひて」
――弁の君たち老女らは、うまくいった(他の訳では、しくじった)と思って――

「中の宮いづこかおはしますらむ。あやしきわざかな。さりとも、あるやうあらむ」
――それにしても、中の宮(中の君)はどちらにおいででしょうか。不思議ですこと。それとも何かわけがあるのでしょうか――

 などと、うろうろと不審がっています。「いくら何でも、お見えにならないのは、どこぞにお寝すみなのでしょうか」

◆心しけるにや=心の準備をされたのだろうか

◆しそしつ=為過す(しそす)=うまくやる。なしとげる。

では11/9に。


源氏物語を読んできて(847)

2010年11月05日 | Weblog
2010.11/5  847

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(24)

「宵すこし過ぐるほどに、風の音荒らかにうち吹くに、はかなきさまなる蔀などは、ひしひしと紛るる音に、人のしのび給へるふるまひは、え聞きつけ給はじ、と思ひて、やをら導き入る」
――宵がすこし過ぎるころ、風の音が荒々しく吹いて来て、粗末な蔀(しとみ)などはひしひしと鳴っています。その音に紛れて人が忍び入る足音はきっと大君はお聞きつけにならないであろうと、弁の君は思ってやおら薫を寝所に導いてお入れになります――

「同じ所におほとのごもれるを、うしろめたしと思へど、常の事なれば、外々にともいかがきこえむ。御けはひをも、たどたどしからず見奉り知り給へらむと思ひけるに」
――中の君が同じところにお寝みになっておられるのを、気がかりには思いますが、今夜だけ別のお部屋で、ともどうして言えましょう。薫はどちらかをきっとお分かりであろうと思っておりましたが――

「うちまどろみ給はねば、ふと聞きつけ給ひて、やをら起き出で給ひぬ。いと疾くはひ隠れ給ひぬ。何心もなく寝入り給へるを、いといとほしく、いかにするわざぞ、と胸つぶれて、もろともに隠れなばや、と思へど」
――(大君は)まだ眠っておられませんでしたので、物音をお聞きつけになって、やおら起き上がられ、急いで隠れておしまいになりました。中の君の無心に寝入っておられるのを、非常に可哀そうで、どうなることかと胸がどきどきして、いっしょに隠れることができれば、とおもいますが――

「さもえ立ちかへらで、わななくわななく見給へば、火のほのかなるに、袿姿にて、いと馴れ顔に、几帳の帷子をひきあげて入りぬるを、いみじくいとほしく、いかに覚え給はむ、と思ひながら、あやしき壁の面に、屏風を立てたる後の、むつかしげなるに居給ひぬ」
――そうは戻る事もできず、わなわなと震えながら入口をご覧になりますと、ほのかな灯に袿姿のいかにも物馴れたご様子で、几帳の帷子(かたびら)を引き上げて、それらしい人影が忍び入ってきます。中の君はどんな気がなさるだろうと、お可哀そうにお思いになるものの、大君は粗末な壁際に屏風を立てた後の、狭苦しいところに座っておられます――

「あらましことにてだに、つらしと思ひ給へりつるを、まいて、いかにめづらかにおぼしうとまむ、と、いと心ぐるしきにも、すべてはかばかしき後見なくて落ちとまる身どもの悲しきを思ひ続け給ふに、今はとて山に登り給ひし夕べの御さまなど、ただ今の心地して、いみじく恋しく悲しくおぼえ給ふ」
――中の君は薫と結婚するという想定だけでも、ひどいことと言っておられたのに、これはましてどんな突飛な事かとお恨みになるにちがいない。すべてにおいて、しっかりした保護者無しに世に留まる二人の身の上の悲しい事を思い続けておられた父上が、今は最後とお山に登られた夕べのお姿などを、つい昨日のことのように思い出されて、無性に恋しく悲しくてならないのでした――

では、11/7に。


源氏物語を読んできて(846)

2010年11月03日 | Weblog
2010.11/3  846

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(23)

 さらに、

「ましてかくばかり、ことさらにも作り出でまほしげなる人の御ありさまに、志深くあり難げにきこえ給ふを、あながちにもて離れさせ給うて、おぼしおきつるやうに、行ひの本意をとげ給ふとも、さりとて雲霞をやは」
――ところが、こちらは殊更にもあつらえてでもと願う方が、並々ならぬ御執心で、親切にこの上ない風におっしゃいますものを。あなた様が無理にも拒絶なされて、かねてのご決心のとおり出家の御志をお遂げになりましょうとも、まさか雲や霞を召しあがってはおられませんでしょう――

 と、長々と語り続けますので、大君は憎く聞きづらいこととお思いになって、そのままうち伏してしまわれました。

「中の君も、あいなくいとほしき御けしきかな」
――中の君も、姉上に何とも具合の悪い、お気の毒なご様子ですこと――

 とお察しなさいますが、とにかくご一緒にいつものようにお寝みになりました。大君は、

「うしろめたく、いかにもてなさむ、と覚え給へど、ことさらめきてさし籠り、かくろへ給ふべき物のくまだになき御すまひなれば、なよよかにをかしき御衣、上に引き着せ奉り給ひて、まだけはひ暑き程なれば、すこしまろび退きて臥し給へり」
――とても不安で、弁などがどのように振る舞うだろうかとお思いなさいますが、ことさら引き籠もって隠れる所などどこにもない住いであれば…と思いつつ、中の君の上に、柔らかな美しいお召物をそっと掛けて差し上げ、まだ暑さの残る折から、寝がえりをうつと、少し離れてお寝みになりました――

 弁の君はすぐに大君のおっしゃる内容を薫に申し上げます。薫はお心の内で、

「いかなれば、いとかくしも世を思ひ離れ給ふらむ、聖だち給へりしあたりにて、常なきものに思ひ知り給へるにや、とおぼすに、いとどわが心通ひ覚ゆれば、さかしだち憎くも覚えず」
――どうしてまあ大君はこれ程までこの世を離れたいと思われるのであろう。聖僧めいた八の宮のお側にいらして、世の無常を思い知っておられるからかと思うと、自分の心と似通っていると感じて、大君を生意気で憎らしいとはお思いにはならないのでした――

「さらば、物越しなどにも、今はあるまじき事におぼしなるにこそはあなれ。今宵ばかり、御とのごもるらむあたりにも、しのびてたばかれ」
――では大君は、今は几帳ごしにお逢いすることも、とんでもないと思っておられるのですね。今夜こそは大君がお寝みの所にでもそっと案内してくれ――

 とおっしゃるので、気を利かせて人々を早く寝かせるなど、事情を察した老侍女たちは心の用意をするのでした。

では11/5に。


源氏物語を読んできて(845)

2010年11月01日 | Weblog
2010.11/1  845

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(22)

 弁の君は、

「さのみこそは、さきざきも御けしきを見給ふれば、いとよくきこえさすれど、『さはえ思ひ改むまじ。兵部卿の宮の御うらみ深さまさるめれば、またそなたざまに、いとよくうしろみきこえむ』となむきこえ給ふ。それも思ふやうなる御事どもなり。二所ながらおはしまして、ことさらにいみじき御心つくしてかしづききこえさせ給はむに、えしもかく世にあり難き御事ども、さしつどひ給はざらまし」
――ただそのように、あなた様のお気持は前々から存じ上げておりますので、よくよく薫の君に申し上げるのですが、「思い直せるものではない。そんなことにでもなろうものなら、兵部卿の宮(匂宮)のお恨みもいよいよつのることになろう。中の君のことは匂宮にお預けするように、わたしも充分骨をおりましょう」と、こう申されております。
こちらのことも願ってもないご縁でございます。ご両親が揃っておいでになって、特別にお心を砕いてお世話申されましょうとも、これ程結構なご縁が同時に整われることなどありますまい――

 つづけて、

「かしこけれど、かくいとたづきなげなる御ありさまを見奉るに、いかになりはてさせ給はむと、うしろめたく悲しくのみ見奉るを、後の御心は知りがたけれど、うつくしくめでたき御宿世どもにこそおはしましけれ、となむ、かつがつ思ひきこゆる」
――畏れ多いとは存じますが、これほど頼りないご生活ぶりを拝しますと、この先どうなってゆかれるのかと、ただもう心配で胸を痛めております。将来の薫の君のお気持は測りかねますが、御二方とも、お幸せな結構な御運勢にお生まれになったようにお見受け申し上げます――

 と、またつづけて、

「故宮の御遺言たがへじと、おぼし召す方はことわりなれど、それは、さるべき人のおはせず、品ほどならぬ事やおはしまさむとおぼして、いましめきこえさせ給ふめりしにこそ。『この殿のさやうなる心ばへものし給はましかば、一所をうしろやすく見置き奉りて、いかにうれしからまし』と、折々のたまはせしものを。程々につけて、思ふ人に後れ給ひぬる人は、高きも下れるも、心のほかに、あるまじきさまにさすらふ類だにこそ多く侍るめれ。それ皆例の事なめれば、もどき言う人も侍らず」
――亡き宮さまの御遺言に背くまいとお思いになるのは、ごもっともでしょうが、それは、婿君として適当な方がおられず、身分の釣り合わぬことでもあおりだろうかとお思いになって、ご注意なさったのでしょう。(宮さまは)「薫がそういう御意志をお持ちならば、一人だけは安心してお任せできて、どんなにか嬉しかろうに」と、いつもおっしゃっておいでになりましたものを。どのような身分のお方でも、親に先立たれたお方は、御身分の上下を問わずそれぞれに、そんでもない生活に沈む人々さえ多いと申します。それとて、世のならいでございますから、非難する人はおりません――

では11/3に。