2011.2/7 893
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(70)
薫は、お気の毒で、匂宮のことばかりでなくご自分まで恥ずかしい気がして、
「世の中はとてもかくても、ひとつさまにて過ぐすこと難くなむ侍るを、いかなる事をも御らんじ知らぬ御心どもには、ひとへにうらめしなどおぼす事もあらむを、強ひておぼしのどめよ。うしろめたうは世にあらじ、となむ思ひ侍る」
――世の中は所詮、同じ調子で渡っていけるものではございませんからね。どんなことにもご経験のないあなた方のお心には、一途に怨めしいなどとお思いのこともありましょうが、努めて我慢なさい。匂宮について決してご心配になることはないと存じますよ――
などとおっしゃりながら、お心の中で、
「人の御上をさへあつかふも、かつは怪しくおぼゆ」
――他人(匂宮)のお身の上のことまで、出過ぎたことを口に出すのも、考えてみれば妙な成り行きだ――
とお思いになるのでした。
大君は夜になりますと、ますますお苦しそうで、他人の薫がお近くにおられますのはいかがなものかと、「いつもの通りどうぞ客間の方へ」と、中の君が侍女を通して薫に申し上げさせますが、薫としては、こうしてお煩いになっていらっしゃる時こそ不安で、
「思ひのままに参りきて、いだし放ち給へれば、いとわりなくなむ。かかる折の御あつかひも、誰かははかばかしく仕うまつる」
――心配のあまり参上いたしましたのに、外に放り出しておかれるとは、まことに心外です。こうしたご病気中のお世話を、一体他にどなたがてきぱきと申し上げますか――
などと、弁の君におっしゃって、御修法などを始めるようにお指図なさいます。
「いと見ぐるしく、ことさらにもいとはしき身を、と、聞き給へど、思ひ隈なくのたまはむもうたてあれば、さすがにながらへよ、と、思ひ給へる心ばへも、あはれなり」
――(大君はお心の中で)本当に見ぐるしく、とにかく世を棄てたい身ですのに、と思いながらも、薫のお言葉などをお聞きになってはいるようですが、人の好意が分からないようにお断りになりますのもいけませんので、何とか生き長らえて欲しいと念じておられる薫のお心を思いますと、さすがにあわれ深く身に沁みるのでした――
翌朝、薫は大君のご様子を伺いますが、か細いお声で、「とてもお話できそうもありません」とのこと。悲しく、しかしいつまでも御簾のお近くに座ってばかりもいられず、やがてお帰りになります。お発ちになる前に、阿闇梨にご祈祷に精を出すようお申しつけになって……。
では2/9に。
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(70)
薫は、お気の毒で、匂宮のことばかりでなくご自分まで恥ずかしい気がして、
「世の中はとてもかくても、ひとつさまにて過ぐすこと難くなむ侍るを、いかなる事をも御らんじ知らぬ御心どもには、ひとへにうらめしなどおぼす事もあらむを、強ひておぼしのどめよ。うしろめたうは世にあらじ、となむ思ひ侍る」
――世の中は所詮、同じ調子で渡っていけるものではございませんからね。どんなことにもご経験のないあなた方のお心には、一途に怨めしいなどとお思いのこともありましょうが、努めて我慢なさい。匂宮について決してご心配になることはないと存じますよ――
などとおっしゃりながら、お心の中で、
「人の御上をさへあつかふも、かつは怪しくおぼゆ」
――他人(匂宮)のお身の上のことまで、出過ぎたことを口に出すのも、考えてみれば妙な成り行きだ――
とお思いになるのでした。
大君は夜になりますと、ますますお苦しそうで、他人の薫がお近くにおられますのはいかがなものかと、「いつもの通りどうぞ客間の方へ」と、中の君が侍女を通して薫に申し上げさせますが、薫としては、こうしてお煩いになっていらっしゃる時こそ不安で、
「思ひのままに参りきて、いだし放ち給へれば、いとわりなくなむ。かかる折の御あつかひも、誰かははかばかしく仕うまつる」
――心配のあまり参上いたしましたのに、外に放り出しておかれるとは、まことに心外です。こうしたご病気中のお世話を、一体他にどなたがてきぱきと申し上げますか――
などと、弁の君におっしゃって、御修法などを始めるようにお指図なさいます。
「いと見ぐるしく、ことさらにもいとはしき身を、と、聞き給へど、思ひ隈なくのたまはむもうたてあれば、さすがにながらへよ、と、思ひ給へる心ばへも、あはれなり」
――(大君はお心の中で)本当に見ぐるしく、とにかく世を棄てたい身ですのに、と思いながらも、薫のお言葉などをお聞きになってはいるようですが、人の好意が分からないようにお断りになりますのもいけませんので、何とか生き長らえて欲しいと念じておられる薫のお心を思いますと、さすがにあわれ深く身に沁みるのでした――
翌朝、薫は大君のご様子を伺いますが、か細いお声で、「とてもお話できそうもありません」とのこと。悲しく、しかしいつまでも御簾のお近くに座ってばかりもいられず、やがてお帰りになります。お発ちになる前に、阿闇梨にご祈祷に精を出すようお申しつけになって……。
では2/9に。