1960年に発生したチリ大地震では多くの犠牲者を出ましたが、太平洋をはさんだ宮城県南三陸町でも津波被害で41人が亡くなっています。
それから30年後、チリとの関係を「悲しみ」の記憶から「友好」のかたちに変えていくため、復興と友好、防災のシンボルとしてモアイ象が南三陸町に設置され、町民に親しまれてきました。
ところが、東日本大震災によって南三陸町は甚大な被害を受けて、モアイ像も頭部が流されてしまいました。
そのことを知ったチリの人々は、新たなモアイ象を南三陸町に贈る「モアイプロジェクト」をスタートさせ、門外不出だったイースター島の自然石で造られたモアイ象の寄贈が実現しました。
このモアイ象は、3月28日まで東京の丸ビルに展示されていますが、5月に大阪を回った後、南三陸町に設置される予定となっています。
それから30年後、チリとの関係を「悲しみ」の記憶から「友好」のかたちに変えていくため、復興と友好、防災のシンボルとしてモアイ象が南三陸町に設置され、町民に親しまれてきました。
ところが、東日本大震災によって南三陸町は甚大な被害を受けて、モアイ像も頭部が流されてしまいました。
そのことを知ったチリの人々は、新たなモアイ象を南三陸町に贈る「モアイプロジェクト」をスタートさせ、門外不出だったイースター島の自然石で造られたモアイ象の寄贈が実現しました。
このモアイ象は、3月28日まで東京の丸ビルに展示されていますが、5月に大阪を回った後、南三陸町に設置される予定となっています。