脳脊髄液減少症患者のつぶやき、「とりあえず、生きてみよか・・・。」

過去から現在へ、脳脊髄液減少症、体験克服記。

高次脳機能障害  (上)

2007年04月17日 | つぶやき
今日も寒いです。

2月9日に、半身の脱力で転んでねんざした足首、
やっと痛みが少しになってきました。
2ヶ月が過ぎました。

早く、散歩リハビリに公園に行きたいのですが、なかなか自力で行けません。

さて、
今まで私は、「高次脳機能障害」について、
あまり書いてきませんでした。

以前、
「文章を読めない、書けない」
「ふわふわ感」の記事など、当たり障りのない症状の一部に触れただけです。

本当は、もっともっと、高次脳機能障害と思われる
誰にも理解されない、不思議なつらい、日常生活に支障をきたす
症状を数々体験をしています。

「思考力や判断力低下」の症状によって、
何度も失敗を繰り返したり、
行動が遅くなったり、おかしくなったりして、
周りの批判にさらされもしました。

不注意から、
何度も自分や家族や他人を、
事故や事件の不幸に、巻き込みそうにもなりました

一歩間違えば、恐ろしい事故につながるようなミスもありました。

正常なら、絶対しない行動により、
変人扱いや、
加害者や犯罪者になりかねないような時もありました。

幸い、いつも危機一髪で、難を逃れてきましたが、
多くの代償も犠牲もありました。

私は、みんなと同じこの世界に生きながら、
まるで異次元の世界にいるような、
異常な世界に紛れこんでいたような状態でした。

しかし、その症状を、医師も含め周囲に訴えれば訴えるほど、
信じてもらえないか、冷笑されるか、

疲れているせいとか、ストレスのせい、
「精神的な病」のせいと言われるばかりで、
私の苦しみを、心からわかってくれる人はいませんでした。

雑踏の中で、迷子になってしまった時のように、
集団の中での孤独を感じていました。

処方された精神科の薬も飲んでもみましたが、
「何か違う」と感じていました。

「何か原因が違ったところにある、しかし、今はそれがわからない。」
そう思って、すべてを受け入れて生きようと思いました。

今の医学で、原因がわからないなら、
これ以上、医師めぐりをしても、検査をしても、無駄だから、
「もうしない」と決めました。

それから、もう
「この症状については、一切、人に話さない。」と
心に決めて生きてきました。

症状の苦しさを訴えても、「変人」と思われるだけなら
「黙っていよう。隠していよう。」と思いました。

 そうすれば、私の住む、おかしな世界は、人に知られることはないのだから。

私さえ、感じている異常を、言葉に出して表現しなければ、
黙ってさえいれば、

幸か、不幸か
周りの人間には、
私の住んでいる「異常な世界」は知られることがなく、
周囲は私が「普通の状態」にしか見えないのだから・・・。

黙っていれば、
変な顔をされることも、笑い飛ばされることも、
冷ややかな視線を浴びることも、
軽蔑されることも、
見下されることもないのだから・・・。

私が紛れ込んでしまった、
「不思議の国のアリス」のような世界は、
私にしか見えない世界。

皆の住む世界と重なって存在する
異次元の世界。
それを誰も知らない・・・。

そのほかの数々の症状もあり、
加えて「高次脳機能障害」を抱えたまま、
見かけ上は普通の人間を装い、働き、学び、生活することは
本当に必死の作業でした。

症状を抱えながらも働くために、体の症状はともかく、
「高次脳機能障害」と思われる症状については、
「隠し通さなければ、生き残れない。」と悟りました。

真剣にそう思い、
自分の感じている解決策の見えない「異常」は異常のままに受け入れ、
黙って耐えて生きていこうと誓い、そうしてきました。

時は何年も何年も流れ、症状は次第に形を変え、
多種類になり、私を苦しめ続けました。
長い長い月日が過ぎました。

ついにあることがきっかけで急激に悪化し、
ほとんど起きていられなくなりました。
いくら医師に訴えても相手にしてもらえなかった時、
たまたま見ていたテレビで、聞いたこともない病名が放送されました。

それは、「低髄液圧症候群」という病名でした。

後に、病態の誤解がないようにと
「脳脊髄液減少症」と呼ばれるようになった病態でした。

私は、5分とパソコンに向かえない状態で、
自力で検索しはじめました。

誰も、そんな状態の私に代わって、親身に調べてくれる人が
身近にいなかったからです。

自分を救いだすのは、自分しかいないと思いました。
必死でした。
そして、この病態だと、確信を持ちました。

数ヵ月後、
確信どおり、「脳脊髄液減少症」とようやくわかりました。
ここまで、数年どころではありません。
人生の半分この「見えないケガ」の苦しみで過ごしました。

本当に悔しいです。
人生返してほしいです。

診断してくれた主治医に、はじめて
自分の感じてきた「高次脳機能障害」の症状について話しました。

主治医は、「脳脊髄液減少症」でも「高次脳機能障害」の症状が起こることを
話してくれました。

はじめて、この「おかしな体験」を交通事故後遺症による、
「脳脊髄液減少症の一症状」として認め、
わかってくれる医師に出会えた安堵感と、

今までのすべての不可解な謎が解けた思いで、ほっとしました。

でも、今までその症状について
あまり多くを書いていません。

書けなかったのです。

それには理由があります。

(つづく)

コメント (34)
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