副題7、『本日は野グソが、主役です。それに向かわないと、いけませんね。で、銀座は、置いておいて、上野公園へ戻りましょう』
さて、私はやっと、時間を作って上野公園へ向かいました。ブルガリ展を見る為です。その時、西洋美術館と、スターバックスなどの二つのカフェの間を通る道を使ったら、強烈にウンチ臭いのです。なんだろうと、思いました。まさかと思いましたが、数年前まで、多数のホームレスの人がいたので、『そういう人が、この近所で、うんちでもしたのかしら。でも、公衆トイレはあるのに、どうしたんだろう』と、最初は考えました。しかし、下を見ると大量の銀杏が落ちているので、『ああ、これが、臭うのだわ。聞きしに勝る匂い(または、臭い)ですね』と納得をしました。 我が家の近所にも銀杏は、落ちているのですが、こんな、臭いを嗅いだことは無くて、本当に強烈でした。それは、10月の28日の水曜日だったと、覚えております。 私は数年前に、本郷三丁目を歩いていたら、反対側の東大側の歩道を、ご近所の奥さんらしい人が、レジ袋を満杯にして両手に銀杏を抱えながら歩いているのを見つけました。でも、白山通りは幅が広いので、臭いが、反対側の歩道まで、漂ってくることはなかったのです。ただ、その奥さんの姿を見て、『ずいぶん収穫があるのね。東大って』とは思いました。昔、そこに、勤めていたくせに、若いころは、銀杏を拾うなんって、夢にも思わない事でした。 そして、五年前だったら、この私も銀杏を拾いたいなんて、夢にも思わなかったでしょう。私は世界に通用するアーティストになるつもりでしたからね。それから、本をデジタルデータとして、作り上げ、それを、印刷所に頼んで印刷製本して、出版する、方の仕事も、バリバリと、作り続けるつもりでしたから。 しかし、母が死にそうになってたので、急に、・・・・これは、体力に余力を残しておかないといけない・・・・と、考える様になって、本作りを中断しました。親が死ぬ時は、まずくすると、子供の方も死ぬのですよ。それを実際に、横須賀時代にご近所の家で、見ています。40代後半とか、50代になっていると無理の利かない体になっていて、看病に消耗しきってしまうのです。 それから、遺産をめぐる争いも起こりやすいのです。今、遺産争続と言うドラマがありますが、遺産をめぐる争いも、疲れていると、起こり易いので、自分が健康であって、余力を残しておかないと親を見送ることさえ、上手にはできません。父の死のころの経験上、それが、判っていて、母が、90歳を超えたころから、私は、自分を仕事師としては、セーブし始めます。目の前の普通の主婦としての課題を優先する様になったのです。 ~~~~~~~~~~~~~~~
副題8、『親が死にそうなときには、看病にエネルギーを取られがちだが、自分の健康も、保持しないといけない。・・・・・NHKの空き家特集鎌田キャスター版は、ひどいものだった』
ここで、三日目に入って、挿入を入れますが、NHKが鎌田さんと言うキャスター(または、論説委員)主役で、杉並区で、空き家特集と言うのを組んで、放映したのことがあります。それを思い出すから、私も本を出版することを中断したのです。 これは、本当にひどいもので、そういう形のタイトルにことよせて、現代アートの方で大変有名な女流作家K女史が、母親の、遺体を放置してしまった事をあげつらう番組でした。で、結局のところ、その作家を高く評価している私を、いじめるための番組だったと思います。 その番組内で、K女史を特定するミステリーの探偵役として、二人の人物が登場しました。若い女性学芸員(私はその名前を知らない)と、【モテキ】と言う銀座の有名画廊を経営していた、画家でもあり、建築家でもある北側順一郎さんです。あざとい事、あざといこと。みんなそれが誰であるかを知っていて、知らないふりをしているのです。 で、この番組とは、私のブログを丁寧に点検している連中が、酒井忠康氏などを動かして作った番組だったでしょう。無論、対抗措置として、私の方が、ブログ文を、書いたら、NHKは、『ばれてしまったか。これは、大変だ』と、考えたらしくて、新しく、土曜日の早朝、小野文江アナが司会をする、【週刊ニュース深読み】内で、森永卓郎さん他を招いて、空き家特集を、作り直して放映をしていました。そちらの方は、本当の社会派番組だったのですが、最初の方は、羊頭狗肉と言うか、換骨堕胎と言うか、まったく違う目的のために作られた番組でした。 後で、新聞縮刷版でも調べればいつだったか、判るでしょう。その上、私もそれに関するブログを、それ以降、何本も書いています。今は、見つけている時間が無いのですが、ひどい番組でした。天下のNHKがある個人をいじめるための番組を作るのです。 そういうことが続くから、中学校でのいじめも終わりません。酒井氏など、世田谷美術館の館長だし、近々、【日曜美術館】内で、その特集番組の放映があるだろう、鎌倉の神奈川県立美術館の館長だった人ですよ。そういう人が、この種のあくどい仕事に加担をしているという現況、・・・・・・一部の人しか、その真実を見破れない、こういうあくどい事を、・・・・・きちんと記録しておかないといけないと、私は強い覚悟をもって生きているのです。 NHKは、一分放映するごとに、・・・・多額の、しかも、税金に等しい・・・・・視聴料を消費しているのですから、日曜日の、夜の総合番組で、鎌倉エージェントが、自分たちが、勝つための番組を作り放映させる仕組みには、驚き入ります。「この悪は、きちんと世のなかに伝えておかないといけない』と、何度目かの事として、ほぞを固めるのでした。 ところで、50過ぎになり、老人と呼ばれる様になった時期の方が、以前より、体力を保持しておかないといけない問題に入ります。その説明の為に、その第一回目の、空き家特集が、役立つのです。 その時に、いじめの対象となった女流画家は、離婚をしていたので、お金がなく、かつ、一人暮らしで、手伝いの人もいないので、お葬式ができず、ただ、ただ、遺体を、放って置いたのだと、思います。別に年金狙いでもなかろうと、思いますよ。でも、気の毒に、遠くに離れて住んでいるお子さんにまで、マイクを向けて、あれこれを、問いかけていました。お母さんが、そこに住んでいない理由が、精神病院に住んでいるからでした。それを、北側潤一郎さんをはじめ、すべての関係者は、知っていて、お子さんに、マイクを向けているのです。お子さんの顔にモザイクは、かかっていましたが、母と子は別存在で、母が起こしたことは、離れて暮らしているお子さんには、関係が無いのに、マイクを向けるとは、残酷なこと極まりないです。そういう番組を作ったのです。と、同時に、私に対する直接的な攻撃もすさまじいレベルで、行われている時期でした。
ところで、私の方は何も悪いことはしていないのですよ。ただ、悪人たちの悪の側面と、彼らが、ばれないと信じて行った、多数の悪事の、真相や、目的を、全部知っているということで、これほどの、いじめを受けるのです。
若い女性学芸員の方を動かしたのは、酒井忠康氏だろうと思いますが、北側順一郎さんを動かしたのは、秋山裕徳太子氏では、ないだろうか? 本当にあくどい、そして、ひどい連中です。ばれないと思って平気らしいが、私にはバレバレですよ。・・・・・それが、起きた瞬間からバレバレなのです。と言うことを言ったうえで、挿入から元へ戻ります。 で、本作りも止めて、個展をするのも止めて、世界的アーチストになるのをあきらめたので、銀杏を拾う心の余裕と、時間ができたわけです。 ~~~~~~~~~~~~~~~
副題9、『小さい頃は、体を動かすという事になれていなかった私だが、版画を始めた56歳の頃から、バンバン体を動かして、労働をする様になったのだった』
しかし、・・・・・・上野公園で、銀杏を拾って、電車に乗って帰る。それは、電車の中が臭くて大変でしょう。・・・・・さあ、どうするか? で、そういう事には、最近の私は、抜かりが無いのです。版画とか油絵を描くというのは、労働なのです。特に私が採っているヘイター方式と言う銅版画には、重労働が必要です。で、小さい時には、「労働を尊ばない子です」と、担任の先生に言われていますが、それは、すっかり変わっているのです。で、労働を、尊んで、工夫を重ねていますので、銀杏をどうしたら、安全に鎌倉へもってかえる事ができるかは、判るのですね。それで、熟慮の上で、工夫をし、必要なものを用意しました。で、水曜日に、画廊巡りをするのと一緒に、大荷物(=はさみ、軍手、6cm幅のセロテープ、クラフト紙、ビニールひも、靴の空き箱などなど)を持って出たのです。完璧な武装でした。 これで、万全なはずでした。しかし、大失敗なことに、銀座で、ワインの木製の空き箱を買ってしまったのです。これは、いつも売っているものでは無くて、今、ワインの新酒が出回る時期なので、結構な数量の、空き箱が出るのですが、他の季節には、出回らないものなのです。だから、買いました。しかし、もともとの大荷物の上に、さらに、大荷物になり、かつ重いです。で、考え直して、東京駅を最大限に利用をする事にして、ロッカーも借りるし、中央郵便局も利用する事にしました。その前に、中央郵便局が、改築後も、生きている(=真夜中に郵便物を発送できる)かどうかは、別の郵便局で聞いて確かめてあります。その時に尾行がついていたら、私が中央郵便局を当夜、利用するのは、敵さん連中には、事前に分かっていたでしょう。その上、上野駅の公園口の改札には、監視カメラがあります。だから、銀杏を拾う姿が、敵さんたちに、把握をされる可能性はありました。すると、結果として、さらに激しいいじめが続くであろうとは、理解をしておりました。 ~~~~~~~~~~~~~
副題10、『澤地久枝さんは、最高級の紬を着てテレビに出る。草薙厚子さんは、その次ランクの紬を着て、自分が負ける裁判なのにも、まるで映画スターの様に誇り高い様子で出て来る。林・横浜市長は、美しいお洋服姿で、大勢の記者に囲まれて、旭化成を弾劾する。千葉景子元法務大臣は、べた塗りのフアウンデーションを、てからせながら、私の目の前(=横須賀線の先頭)に、わざと現れる・・・・・などの、有名人と、比較して、私は、ウンチ臭い中、銀杏を拾っている。・・・・・みじめ極まりない事かな。世間はそう思うだろう。・・・・・だからこそ、今回の、真新しいうんち【野グソ】を使った嫌がらせの発想も、井上ひさしや、伊藤玄二郎の間に、生まれたのだと、推察する。
しかし、それは、まったくみじめではなかった。銀杏拾いとは、原始人の営みに似ていて、私を心から快活にさせ、元気にさせたのだった。それで、帰宅した後で、午前二時から開始して、一気に、あと注2の文章が書けたのである。これは、内容が充実しているモノである。特に後で、リンク先を示すと、最高レベルで、最近の、異常なニュースの裏側にある真実を、明らかにする内容となるだろう。最近、73歳であることの衰弱化を、強く意識する私には、珍しく、25時間も起きて居続けたが、頭脳は明晰だった』
副題10の、二重ガッコ内に書いた通りです。私は、元気いっぱいになって、快活の極みになり、『銀杏拾いって、楽しいなあー』と、思い始めたのでした。どうして楽しいのかと、考えてみると、それは、人間が持っている原始的本能に、訴えて来るからでしょう。おいしい食べ物を手で拾って、手に入れ、その次に、口に入れるというのは、日本猿もする事ですが、類人猿の時代から、連綿として人間が行ってきた事なので、本能の、根源に近づき、結果として、ユカイに、なってしまうのだと、思います。 ところで、学究肌でもある私は、すぐ、『銀杏拾いの技術を、この機会に、極めよう』と、考えるのです。または、『地域的に、東京以南は、全制覇しよう』と考えるのです。しかも、季節的に時期の終わりは、迫っています。二週間前は、あれほど、臭かったのに、今週は、もう、上野公園の、銀杏たちはさほど、臭くないのです。だから、急いでいます。で、頭の中で考えます。『お茶大に銀杏並木がありますね』とか、『一橋大学にも立派な銀杏並木がありますね』とか、『慶応大学日吉校舎にも、立派な銀杏並木がありますね。そして、三田校舎にもあるらしいが、そちらは、自由には、入れないみたいです』とか『早稲田大学にもあります。だが、あの回りは、個人住宅がたくさんあるので、すでに、拾われてしまっていて、私が行っても、すでに、残っていないでしょう』とか。 ~~~~~~~~~~~~~~
副題11、『私に言わせると、銀杏拾いのメッカは、本郷三丁目なのだ。しかし、東大は、準備万端で、私に拾わせない様に、手配をしてあった模様だ』
『でも、何よりも本郷三丁目でしょう。あそこは制覇しなくては、だって、三年前にあれほど、たくさんの収穫を抱えて、帰っていく奥さんを見かけたのですからね』と、思い至るのでした。 でも、自分でも、おかしくて笑っちゃいました。だって、今、谷垣禎一さんを、旭化成問題で、責任を追及している最中です。「きっと、あなたが、伊藤玄二郎に頼まれて、旭化成に、因果を飲み込ませたのですね。あなたが、一億人の、日本人に不安を与えたのでしょう」と言っています。また、お隣さんにも、言及している最中です。旭化成のデータ改ざん問題に、企画の段階で、いろいろ、協力をしたのではないかと言って、その責任も追及している最中です。 両方とも東大卒です。で、『東大卒業生の、批判をしながら、本郷三丁目から、銀杏を取って帰るとは、やらずぶったくりもいいところではないか』と、自分でも、思うのですが、すでに、探求心に、火がついてしまった私は、東大構内は、銀杏牧場としては、どういう位置にあるかを、調査しに行かないと、気がすまなくなっているのでした。でも、繰り返しますが、そこへ、乗り込んで、銀杏を拾おうというのですから、本当に、自分でも、自分を、笑っちゃいます。 ただね、『銀杏を拾うことは、大勢の人がやっていることで、別に悪い事ではないわけだし、尾行がついていようがいまいが、私にも、行動の自由はあるでしょう。東大も、上野公園も、国家が、設立した施設だから、日本国民の一人である限り誰でも入れるはずですし』と、は、思いました。
しかし、2015年の11月5日の木曜日に、実際にそこへ行ってみると、自分が、1960年代に、そこに通勤をしているころとは、まるで、様子が違っておりました。舗道に、一粒も、銀杏が落ちていないのです。その掃除の完璧さは、ある意味で異常でした。で、『うーむ、昨日のうちに、尾行がついていて、私が銀杏拾いをするつもりだとは、推察されていたのですね。これほど、きれいなのは、おかしいです』と思い至りました。でも、そのまま、引き下がるのは癪なので、構内に入ってみました。が、こちらにも、一粒も落ちていないのです。『まあ、東大は、銀杏ハンターの、人気スポットだから、午前中のうちに拾われて、夜などには、一粒も残っていないと、なるのかしら』と、は、思いました。が、私は、探求心が強くて、尚、奥の方を探検してみようと、思いました。するとですね。変なパトカーが、反対方向から、やってくるのです。 屋根の上に、青いランプを光らせながら、やってくる白いバン。『変だなあー』と思いながら側面を見ると、【東大構内専門の、パトロールカー】と言う事でした。それを見た途端に、『ああ、彼らは、自分たちが、事前に先回りをして準備していたのですねと、思い当たりました。こんな車は、50年前は、東大構内には、居ませんでした。しかも、私の目の前で、Uターンをしたので、私を脅かすために用意をされた車であることも明瞭でした。それを、見た事で、『今夜は、私には、ここでは、一粒も、見つけられないでしょう。で、今頃、伊藤玄二郎たちは、勝った。勝ったと、思って大喜びを、しているわけですね。谷垣禎一さんにも、連絡が行っているのかしら? ともかく、ここは、あきらめましょう』と、考えを直して、すぐ上野に向かいました。時間として、丸の内線の往復と、東大構内散歩を入れたので、50分以上のロスをしました。 ~~~~~~~~~~~~~
副題12、『二度目の上野では、周辺に、異常な気配がある事は判っていた。が、神様に、見守られている事を信じている私は、気にしないで、拾い続けた』
二度目の落穂ひろい(=銀杏拾い)で、気が付いた事は、一日目も、二日目も、西洋美術館内から、ごたごたと音をさせながら出てきた中型のトラック群がありましたが、それは、例の連中(=警察の別働隊)の車だったのだという事でしょう。だから、全体で、15人ぐらいは来ていたのです。目に見えない形ですが、一回目も、二回目も、周辺にたむろはしていたのでした。一回目は、夜の8時15分に開始して、夜の10時20分までいました。で、芸大の学生が、大勢通る中で、行いました。しかし、二回目は、東大へ寄り道をしたために、夜の9時15分から始めて夜の10時45分までいたのですが、このたった、一時間の差で、芸大の学生や、教職員が、傍を歩く数が極端に減り、あたりには、人通りが全くない時間帯もありました。それなのに、人間がそこに居る気配は、いっぱいあったのです。私は勘が鋭いので、なんでも察知できるのですよ。 ただ、住まいも所属工房も決めずに、ニューヨークに渡り、自分で、道を切り開いてきた私は、事実上は、すこぶる勇敢な人間でもあるのです。敵さんの気配を感じても、ビビる事はないのでした。 ~~~~~~~~~~~~~~
副題13、『ここで、鎌倉駅のトイレで、夜の10時半に、栗田玲子さんと出会ったことを再び語らないといけなくなった』
ここですが、鎌倉エージェントは違うらしいのです。すこぶる、卑怯で、怖がりです。ここで、彼らがいかに臆病で、卑怯な人間かと言うことを語らないといけないのですが、そのためには、いくつかのエピソードがあります。そのうちの一つが、鎌倉駅のトイレでのエピソードであって、ちょうど、上野公園の野グソと、対比していますので、それを今から語りましょう。
最近、ちらほらと、その名前に触れ始めた、栗田玲子さん(銀座で、ガレリア・グラフィカと言う画廊を経営している、教育大学=筑波大学=西洋史学科卒の女性)と、私が夜の10時半過ぎに、鎌倉駅構内の、女子トイレで、出会ってしまったことがあります。 栗田さんは、葉山に自宅がある人で、しかも主婦でもあるのだから、夜の10時半に、鎌倉駅のトイレに居てはいけません。逗子駅のトイレにいるのなら、理解ができますが、鎌倉で、夜の10時半に、途中下車するのは異常です。私は、違和感を感じると、自分が推理していることを確認しようとトライします。この際は、・・・・・ああ、きっと、栗田さんは、伊藤玄二郎と、私について、話し合う為に会食をしていますね。そして、伊藤玄二郎は、私をノイローゼにして、観察的に暗殺する為に、銀座を使うつもりで、対私攻撃の為に、栗田さんを使役するために、東京で、一緒に一時間か、に時間を過ごし、グリーン車の中でも、話をつづけたのでしょう。それでも、終わらなかったので、伊藤玄二郎は、自分の会社である【鎌倉春秋社】に、栗田玲子さんを誘い入れて、続きを話したいのでしょうね』と、考え付くわけです。そして、すれ違いに、トイレに入った、栗田玲子さんが出てくるのを待っていました。 異常に、長っちりでした。私は、それも、彼女が、・・・・・すれ違いに出て行った私が、駅の改札口を通過するのを待っているのだ・・・・・と、考え、さらに自分の推理が当たっていることを確認をして、彼女を待っていました。だって、私を暗殺する為の委細を話し合っているのではないのなら、「あら、こんなところで、出会うなんて、不思議ですね。どうなさったの?』と、私が問いかけても、「伊藤さんと、出版物の打ち合わせがあるのよ。今夜は徹夜になるかも」で終わりでしょう。しかし、内容が、間接的ながらも、私を、暗殺をして行こうとする様な、異常な事であるからこそ、栗田さんは、私をすっぽかそうとして、長い時間、個室内にとどまっていたのでした。 やっと出てきた彼女と、トイレ内でも、軽くいじめあい、ののしりあう感じのジャブの交換をした後で、トイレを出ました。目の前に改札口方面へ向かう長い通路があります。そこを、30ぐらいmの遠く前方を、伊藤玄二郎が走り去っていくのを、私は、しっかりと、目に留めました。『卑怯な人間メ、あなたの方が、誘い出した人間であり、かつ女性でもある、栗田さんを放り出して逃げるの? 鎌倉育ちを標榜しているくせに、紳士ではないですね』と、内心で思いましたが、それは、口には出さず、
リアルな世界で、直接に、私に対して、さらに、ののしってくる、栗田玲子さんに対して、さらに、適当に、ジャブを、返しながらも、目だけは、ずっと、伊藤玄二郎を追いかけておりました。改札口を出たころには、伊藤玄二郎の姿は、影も形もありませんでした。だが、栗田玲子さんは、さして、驚いた風でもなく、改札を出て、鎌倉春秋社のある方へ、向かっていくので、二人が、鎌倉春秋社(または、伊藤玄二郎が懇意にしている、真夜中でも使えるお座敷)で、話し合うのは、これが、初めてではなかったのかもしれません。
ここからですが、さらに、本音をぶっちゃけて言うと、栗田さんから、今まで、ここに書いた、4倍程度の、ひどい攻撃を受けています。それを相当に、我慢をしていて、ほとんどは、ブログへは、書いていません。ただ、恐れたり、用心しているからそうしているわけではないのですよ。 これは、また、頭脳をどういう風に働かせるかの問題に、関わってくるから、そのテーマで語る時用に取って置いてあるのです。この間、・・・・・佐野研二郎問題は、東洋英和から、多摩美へ進んだ、小学生時代の、私の友達が、「美大に、入学してみたら、会話がつまらない。あなたみたいに受験勉強をして偏差値の高い大学へ入ればよかった」と、ほとばしる様に、自由が丘駅のホームで、私に語った事から始まっている。それを文章に書いているが、その際は、多摩美の固有名詞は出さず、ただ、受験勉強をどうするかの問題として出しただけだ・・・・・と、語って(後注3)います。東京圏の、中流以上のご家庭の、お嬢様は、受験勉強をする動機付けが無いのです。 しかし、栗田玲子さんは、教育大学(現在名筑波大学)の西洋史学科卒だから、受験勉強(特に暗記型)をした人ですよね。だからこそ、私に言わせると、頭が悪い人の一典型となっているのです。上にあげたトイレのエピソードでも、真に頭のよい人は、こういう・アト処理・をいたしません。
同じ様に、攻撃用スナイパーとして使われながらも、リアルな形で、私と接触してみると、すぐ、私の頭の良さが分かって、最高レベルで、方向転換をした馬越陽子さんとか、酒井忠康氏夫人に比べると、まったくもって、石頭なのです。その二人に比較すると、野暮天の極みです。そういう現象をしばしば栗田さんの行動の中に、発見をしております。ここらあたりは、リンク先を探すのが、面倒くさいので、今は、探しませんが、ともかく、栗田玲子さんの、態度によって、伊藤玄二郎が、現在、何を考えているかは、すぐわかるので、彼女が、鎌倉エージェントが考え出した悪事を解明していく重要なバロメーターとなっているのです。
今回も北畠洋一さん用のデスクを置いた週と、その次の週の彼女の行動で、旭化成の杭うち問題が、安全性においては、ほとんど問題が無くて、ニュースそのものが、嘘である事が、私には、確認をされたのでした。
このトイレにまつわるエピソードをここで、二度目として曝したのには、わけがあります。このエピソードから、伊藤玄二郎が、どういう風にして、谷垣さんを籠絡をして行ったかを、読み取ることができるからです。 同じ種類の手法で、浄智寺さんも、陥落をさせ、鶴岡八幡宮様も、意のままにしていき、覚園寺様も、使い放題に、使ってきているのが、判ったのです。鎌倉市役所と、鎌倉市長も、同じ手法だろうし、松沢成文元神奈川県知事も同じ手法でしょうと、思い至るからです。もちろんのこと、豊島屋の現社長も同じでしょう。過去のことながら、春秋社社長に対しても同じ手法を使ったと、推察できます。 最後に重要な人物が瓜南直子さんです。伊藤玄二郎に、引っ掻き回されて、たった、一年間のうちに、命を落とした、彼女を、あれほどに、いい様に、使役できた手法が、こういう事だったのか?、と思い至るからです。 ただ、谷垣禎一さんを籠絡していた事だけには、驚きましたね。長らく、伊藤玄二郎は、小沢一郎一派だと、思っていましたから。君子は豹変すです。 井上ひさしが、直木賞審査委員会で、使う、料亭【新喜楽】等に、席を設けさせれば、密談が外には漏れないので、安心できますから。ふむ、ふむ。なるほどと、成ります。 この様にして、私が文章を書く際に、必要なことは、要所、要所で、神様が、リアルな証拠を見せつけてくださるのです。で、モザイクの、片々が、埋まって来て、自信を持って、文章を書くことができます。 ~~~~~~~~~~~~~~
副題14、『親切な、中国から来た女子留学生に、出会った。だが、これも、刑事の変装だとしたら、笑っちゃうほど、完成度が高いミステリー小説が、その夜に、完成してしまうのだけれど・・・・・』
それから、スターバックスの方向で、ずっと、おしゃべりをしている、男女が居ました。これも、警察官の変装でしょう。それは、判っていたのです。が、銀杏拾いの楽しさを優先して、その二人は、無視する事にしていました。
しかし、一日目よりも一時間も遅く、始めたのですが、たった一日でも、丁寧に、それをやったので、前回よりは、技術が向上しているのでした。で、40分ぐらいで、ひと箱目が、満杯になりました。で、一日目より大胆になっていた私は、それを、街灯が明るく照らしている道路のふちに出して、幅広のテープで止め始めました。茶色の荷造り用テープで、1mmの隙も無い様に、張ぅていると、ある若い女性が親切に近づいてきてくれて、手伝ってくれました。聡明そうな、顔で、健康そうです。 しかし、芸大の学生が、すべて、奥から出て来て駅に向かうのに、彼女は、駅から芸大方向へ向かうのでした。不思議でした。そちらにも、住宅はありますが、徒歩で、行こうとするのなら、鶯谷駅を利用するか、バスで、行くはずです。その日は、彼女を、あまり疑わず、私の方は、御礼を、しきりに言いました。中国から来た留学生だということで、日本語がたどたどしかったのです。しかし、二日目になって、熟考ののち、それが、判ってくるのですが、この人も警官(日本人)の変装した姿だったでしょう。だから、お礼を言ったこと自体が、バカみたいでした。 私と話し合うことで、声と言う、音が出ますね。それで、その時に、銀杏の大木を挟んだ後ろで、誰か、警官が一人、ウンチをしたとしても、そのホンの、ちょっとした音にも、私が、気が付かない筈だと、みなされていたのでしょう。ほら、ここらあたりは、・・・・・鶴岡八幡宮の、銀杏の陰で、公暁が、隠れていて、実朝を、暗殺した・・・・・先例があるから、彼等悪人たちには、思いつき易いアイデアだったのかもしれません。私は、確かに、誰かが、後ろで、ウンチをしたという事には、気が付きませんでした。 ~~~~~~~~~~~~~
副題15、『二つ目の箱は、お菓子が入っていたボリュームの大きな箱だったので、それが、満杯になるまでには、時間がかかった。包装まで、出来上がった時には、10時半を過ぎて居た。今度は誰も手伝ってくれず、私は、両手に重い荷物を持って駅に向かうのだが、その前に、念のために落とし物チェックをした。すると、ぴかぴか光るものがある。あれ、ハサミをしまい忘れたのかなと、近寄ってみると、それは、新鮮極まりない、人間の、ウンチだった』
ともかく、私は二日で、合計八箱の、靴箱サイズを、銀杏で満杯にしたわけです。しかも、その銀杏ですが、ブルガリ展に、行った日から見ると、たった、二週間で、あのすさまじかった悪臭は消えており、ただ、テープで、開口部の接点を張っただけで、臭いは、外へは漏れてこないのでした。『ラッキー』と、思いながら、最近忘れ物が激しいので、『きちんと点検をしよう』と、懐中電灯で、地表を照らしてみました。 街灯は、有るのだけれど、部分的には、暗いところもあるから、落とし物や、忘れ物がある可能性もあったのです。一か所だけ、ぴかぴか光っていました。で、自分のはさみだと、思いました。しかし、近寄ってみると、それは、新鮮極まりない人間のうんちでした。 私は、幅4m、長さが、10mぐらいの範囲で銀杏探していたので、そこに光っているモノを見た時は、さすがに仰天をしました。 その作業中の二時間ほど、あたりには、私以外、誰もいませんでした。上野公園には、通路はあります。だけど、銀杏が大量に落ちている、木の下の泥がむき出しの部分には、人間が立ち入るのを見たことはありません。私の方は、ときどき、立って、お茶を飲みました。その時には、360度を見回しました。だけど、常に、あたりには他人の気配はなかったのです。 犬を三匹散歩させる人が通りました。あれも、警官の変装だったと思います。と言うのも上野公園の駅の近くで、犬を三匹も飼える様な広さの一戸建てとかマンションはありません。商業施設ばかりです。 後で、私が、文章にこれを書いて上野公園の管理事務所にでも、文句を言ったら、あれは、「犬のウンチだった。始末しないで、帰ってしまい、すみませんでした」と、その散歩をした人が、コメント他の何らかの形で、謝罪をしてくる余裕を残したのだと、思います。
だが、私は、そのうんちを残した存在に対して、怒っているわけではありません。政治的に分析をしているだけです。
ともかく、犬のうんちと、人間のうんちでは、直径が違います。私は、非常に不思議だとは、思いました。だが、恐怖心はみじんもなくて、探求心だけ、亢進しただけで、その場を去りました。でもね、100%完全に、何も気が付かなかったわけではなくて、そのうんちが、『対、私攻撃用の、何らかの意味を持つものだ』とは、現場ですでに、感じ取りましたよ。 で、駅まで歩きながら、注意深くあたりを見ると、なんと、喫煙所に二人のサラリーマン風の人物が居ました。夜の、11時過ぎに、上野公園の出口で、タバコを吸っている男性が、二人もいる。違和感を感じましたが、彼らが、刑事の変装だとは、夢にも思わず、タンタンと、電車に乗りました。 そして、途中では何の心配もせず、最近凝っている歌舞伎の本を夢中で読みながら、久里浜までの終電に乗って鎌倉へ帰宅をしたのです。そして、帰宅後に、本日のミステリーについて、既に、就寝をしている主人に手紙を書きました。「こういう事がありましたよ」と。 でも、その時も委細は、100%はわかっていなかったのです。
さて、金曜日に入り、今度は横浜へ、探索に行くことにしました。山下公園の街路樹は、銀杏だったと記憶しているし、日本大通りと言うところの街路樹も銀杏だったと、記憶をしているので、東京圏ない、銀杏拾いを、全地域制覇をしたい私としては、そちらもチェックしないといけないのです。 それの道すがら、明瞭に、追尾されているという証拠を、いくつも発見をしました。道路工事が行われているとか、電車が、遅延をするとかです。 ただ、横浜でも銀杏が一粒も、見当たらず、『ああ、事前に、掃除を、完璧にされてしまっていますね。今度は、日本大通りに出没をするだろうと、彼等に読まれてしまって、いましたね』と、思い至るのでした。それでもめげずに、方向変換をして、島忠ホームズ、山下町店によって、あれこれ買い物をしました。私はホームセンターで、ひと月に、三回は、園芸用品を買うのですが、その際には、必ず、ゴールドカードで支払うので、すぐ居場所を察知をされるのです。で、『仕方がないかなあ?』とは思いながらも、『これもひどい人権侵害だ。帰ったら、また、前田さんたちの悪行について、リンク先を付けて書かないといけないなあ』と、思いながら、根岸線(=京浜東北)に乗ると、また、「遅延です」と、駅員が、根岸台駅で、放送するのでした。 これは、大船発、22時のバスに乗り遅れる様に、意地悪をされている証拠です。それで、・・・・・今日もまた、例の連中に、苛め抜かれているのですね。それは、私が今書いている『谷垣さんが、旭化成に、たいしたことでもないのに、たいしたことである様に、謝罪するように恫喝をしたと』いうことが本当だからですね・・・・・・と、感じ入るのでした。 しかも、それは、さらに、一時間後、鎌倉雪ノ下で、又もや、前田家の二階の、天井灯が、煌々と点いているのを発見したので、推察が強化されたのです。 ~~~~~~~~~~~~~~~~
副題16、『ここで、正解を提示しよう』
さて、金曜日は、関内と言う横浜の、オフィス街としては中心地にあたる処へ出かけたのですが、その時に、見事にも、追尾されています。どうして、追尾されるかと言うと、それは、ですね。今書いていることが、100%の真実だからです。そして、ここでは、そのリンク先を示しませんが、今回の旭化成問題で、立ち動いたと、推察される谷垣さんと、安野夫妻を助けるために、海上保安庁長官を現場から登用した安倍さんは、私を殺したがっているという事になるでしょう。日本で最も、偉い人が、陰で、隠れてですが、殺人事案に、手を染めているというわけです。 でも、ずどんと、ピストルで撃ったり、交通事故を装って、轢き殺したりしたら、やがて、噂は広がり、政府のあくどさが、世の中に広く出回ることと成ります。だから、間接的な、いじめを行い、それで、いびり殺そうとしているわけです。 金曜日に横浜で追尾をされたからこそ、きちんとすべてが読めてきます。水曜日は、西洋美術館のそばで、ごみを、あつめているみたいに見えた、トラック、4台ぐらいが、脅かしと、様子チェック集団だったのに、私は、ぎりぎりの時間まで、粘りました。
それで、木曜日は、銀座でも、苛め抜いて、それを前哨戦として、上野で、仕上げをしたわけです。何が目的だったかと言うと、私が知らず知らずのうちに、そのうんちを踏み抜いてしまい、荷物の方は、無臭に仕上げても、自分の靴やら、ズボンから、ウンチの匂いがたちあがって来たら、電車の中で、人々が不審がる可能性がありますね。『臭いなあ。臭いなあ。どうしたのだろう』と言い出す可能性があります。で、よく車内放送で、「不審なものが居たら、車掌とか、駅員にお知らせください」と言っているではないですか? 『あれは、私が、テロリストでも何でもないのに、どさくさまぎれに、精神病院へ送り込んでしまおうと、する作戦だ』と、以前から言っていますね。それが、2015年11月5日(木曜日)にも、何回目かの事として、上野公園で、実行をされたのでした。しかも、武器として、真新しい人間のうんちを使って。
私は、今回も神様に助けられました。だって、そのうんちのある場所は、銀杏を拾っているすぐ傍だったのですから、実際に踏みぬく事もありだったのです。。でも、踏み抜いたら、私は、そのぐにゃっとして、柔らかい感触に気が付いて、公衆トイレで靴の裏側を洗うと思います。ただ、銀杏が入っている箱を、地表を、ずらし滑らせながら、移動をさせましたから、箱の裏にうんちがくっついてしまう可能性はあったのでした。でも、それならそれで、銀杏を箱ごと捨てて、帰宅をしたでしょうね。だから、この素晴らしい発案も、対、私への騙し策としては、成功するはずはないのです。
しかし、刑事が変装している女性であり、私を何度も、窮地に追い詰めた、安藤てる子さんは、成功すると、銀座で、あの人を信じさせたのでしょう。誰にと言ったら、意図的な意地悪を、5日に私に対してやった画廊のオーナーです。そして、後注1にあげた前報の中で、死相が現れていると私が感じた人物でも、あります。彼女にそういう風に、告げたのでしょう。「うんちまみれで、電車に乗るはずよ。そうしたら、周辺の人間に桜を用意しておくから、それら全部で、臭いと、言い出します。彼女が、<銀杏を拾ったので、それが、臭うのでしょう?>と、言い返して来ても、周りが全部警察官だから、聞く耳を持たず、彼女を異常者扱いにして、精神病院へ入れます。で、彼女は、二度と、銀座には来られないはずだから、安心して、お宅に来た時には、存分に、いじめてやって。ともかく、彼女は、真実を知りすぎているので、絶対に殺さないとだめなのです。もし、今回の件が失敗した時には、並行して行う、いじめによるノイローゼか作戦も、継続しないといけないので、ともかく、いじめて頂戴ね」と、頼んだのでしょう。そして、それを信じてしまう様な、マイナスポイントを、画廊主の方に耳打ちをしたのだと思います。同じ画廊主でも、こちらの方の実名を上げないのは、栗田さんより、やっている量が、少ないと言う事と、彼女を、教唆している人間が、伊藤玄二郎の、直接ルートではないと、見ているからです。
私は、懐中電灯に、浮かんだ、新鮮なうんちを見つけた途端に、本当に丁寧に、ズボンとか、持ち物とか、を点検しました。しかし、どこにもウンチはついていなかったのです。だって、最後の瞬間にでも、そのとぐろは、どこも崩れてはいなかったのですから、私が、どこにもタッチしていないのは、確かでした。だけど、それは、得難い特技を持っている警官ですね。たった、20秒間に、大量の、しかも、黒々としたうんちを、体外へ排出することができるなんて。(苦笑)
ああ、谷垣さん、そして、小野寺夫人よ。そして、今夜、6日(金曜日)の、夜も二階の天井灯を煌々と点けていた前田祝一さん、あなたは、ウンチを使って、自らの悪を修正しようとした、人物に、なるのですよ。表向きは、紳士淑女の筈ですが、裏の本当の姿は、人間のうんちを道具として使って、正義の人であり続けようとしている、まがい物なのです。フェイクの政治家、フェイクの紳士・淑女なのです。そして、損害だけを、被り続けている人間(=私)を、拉致して、秘密裏に、殺させようとしたのです。そうすれば真実がやみに葬られ、自分たちは無事ですからね。
まあ、下品なことです事、谷垣さんの亡くなった奥様は、天国か、地獄で、こういういきさつを、きっと、悲しんでおられることでしょう。夫の恥ずかしい行動をです。罪もない旭化成に、「この事案を飲め」と言ったのは、谷垣さん、あなたですね。このうんち事件で、ますます、確認ができました。2015年11月6日深夜から、8日にかけて、これを書く。 雨宮舜(本名川崎千恵子)
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