銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

今、私は旅に・・・・・もし、私がブログを書けなくなったら、それは、柄澤斉のせいである・・・・と、大原光孝の行動から、言わざるを得なくなる

2018-04-10 05:22:05 | 政治

 今は、11日の夜10時ですが、最終段階を相当に修正をしました。誤変換だらけでしたのを、相当に修正いたしました。」

副題1、『今、私は旅に出ているのだが・・・・・其れゆえに普段よりも防衛をきつくしないといけないと考えている』

 今、旅に、出ています。で、ブログを、書けないだろと、言う見込みをを、、既に、土曜日の夜に抱き、それ故に、前報(後注1)、さらしました。実は、その内情とは、凄いものなのです。驚くべき、実情を書いたもので、それをまだ、公開するべきかどうかは、冷静に判断をすると、公開をすべきではないともなる種類のモノでした。しかし、土曜日の深夜、パソコンが三台も破壊をされたので、そのメモを曝さないといけなくなったし、本日(10日)火曜日の、のさらに、驚くべき総タイトルを、つけたブログを、書かざるを得なくなりました。

 前報はメモだったのです。ただし、メモ本体は、土曜日中に書き、その文等に、日曜日に、副題1、と、副題2を、加筆しました。それ以降は、一般の読者様には、ちんぷんかんぷんだったと、おもっております。だけど、それを曝さないと成らなかったのは、月刊ギャラリーの連載を 中止させられたころの状況とそっくり同じ状況が周辺に起きて居て、更に悪質な攻撃を受ける可能性を感じているからです。

 私は月刊ギャラリーの連載をたった一年で、終わらせられた時も、今と、同じ事を気が付いておりましたよ。しかし、収支を編集長が連絡をしてくれなかったので、どちらへ転ぶかがわからなかったので、黙っておりました。今は、その頃から、12年は過ぎていますが、更にことは悪質を極めて居て、これは、書かないといけないだろうと、おもっております。

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 副題2、『柄沢斉は、私の月刊ギャラリーの連載を潰したのだけれど、その後、連中が、西原理恵子を使って、三国屋善五郎の会社ぐるみで、息子の職を奪った事案が起きて見れば、柄沢斉が人気作家であろうがどうしようが、・・・・・そして、彼を所属作家として扱っている、シロタ画廊のオーナーが賢い人物であろうがどうしようが、これはきちんと委細を書かないといけない。前回その下巻ギャラリーの連載を辞めさせた頃(=2007年三月ごろ)よりは、現在では、鎌倉エージェントの攻撃による私の損害は圧倒的に、加算をされており、生きるか、死ぬかの戦いになっているのだから、どういういきさつが、あれ、真実を書かないといけないのだ。・・・・・誰かに遠慮をしなければならない・・・・・という段階でもない。 それほどに、状況がひどい事になっている。一時期親切に、個人的にメールで、エッセイへの感想をくださった水沢勉氏が、柄沢斉の推薦美術評論家であろうがどうしようが、それをも顧慮せずに、真実を書かないといけない段階に達している。

 柄沢斉は、木口版画の作家として有名である。その作品は、一見すると、何の政治的意味も持たず、・・・・・居間や、食堂や、玄関に飾っても、何らの呪いを一般人にもたらすはずもない・・・・・・と、思われていると思う。

 だが、大原光孝と、雪ノ下の、安野夫妻と、前田夫妻と、小野寺夫人+白井達雄氏夫妻との関連を考えると、柄沢斉の影に、無辜の老人たちが前田夫妻を助けるために殺されて、保見と言う人間が犯人として仕立て上げられた、周南事件がある。また、ナカダルデナジョナタンとか言うペルー人が、6人を殺害をしたとされている、熊谷事件もある。また、山田浩二が、中学一年生の男女児を殺したとされている事件もある。等々の謀略事件の、嘘の部分の影がべったりと重なって見えてくるのだ。

 柄沢斉の小品を一つ買って、それのコピーを取り、蔵書印として、使っている人も多いだろう。でも、そのひとが過去に愛読した本の間から、理不尽な殺人事件で、殺された人々の、怨念の妖気が立ち上ってくるというのが、今のところの真実である。何も知らないコレクター達の人生のどこかに、谷垣禎一氏を襲った不運と同じものが、襲い掛かってくるはずである。大丈夫ですかねえ。そういうコレクター様よ。

 そこまでの事が、前報のメモから、言えてくる話なのですよ。だから、前報は、凄いものなのです。

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副題3、『尖閣諸島問題、それから、貴ノ岩の、日馬富士から暴行を受けたとされ、モンゴルとの外交関係が危うくなった問題、大砂嵐が、やむなく引退を強要をされ、それによって、庶民間での外交関係がおかしくなっていく問題。それによって、多数年度にわたって、大量の税金を使ってエジプトへ与えた援助が水泡に帰す問題・・・・・・これらも、すべて、柄沢斉に、覆いかぶさって来て、彼にも責任があるという事となって来るのだった。特に日本人の収入が激減して居て、6戸に一個が、貧困層に落ち居ているという問題等、すべて、伊藤玄二郎と柄沢斉との関係・・・・・(それは、私の眼には、直接には見えないのだが)・・・・・・、および、大原光孝と、柄澤斉との関係、(それも私の眼には見えないのだが)・・・・・

 今般の、大原光孝の、威張り返って、勝利感に酔って居て、挑発し、いじめきってくる行動・・・・・(それは、私の眼には、はっきりと、見えてくるわけで)・・・・・を丁寧に考察をすると、柄澤斉が、どういう風に動いたかも明瞭に、判って来るのである。

 特に大原光孝の挑発行為を場所的に説明しようとしている最中に、どうして、私のパソコンが三台も壊されないといけないのだ。日曜日の夜は、スマホと、i-padを、使って、普段のスピードの、二十分の一の速度で、たどたどしく書いたのだが、どうして、大原光孝と言う一個人の行状について書くのに、これほどの、攻撃を受けないとならないのかをこれから書いて行こう。すごい話がどんどん出てくるのだった。そして、もし、これが、閉鎖される様な事に成ったら、日本人に真実を告げているこのブログを潰したのは江沢斉であると、多くの日本人にはわかってもらいたい。

 彼は、私の進歩のメモ潰し、その次に、息子の収入も絶ち、それらを、天(または、神様に報告をしている、私の最終的防衛手段である、このブログをも潰した例の悪魔の連中の一身(または、一味)だという事となる。

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副題4、『大原光孝は、6日の、金曜日は、勝った、勝ったと、意気揚々であった。しかし、彼の行動に含まれている、あまりにもえぐい悪意に、私は確信を持ったのである。この人間を回路として、闇からの攻撃を・・・・・表側(=太陽のもとで、誰にでもわかる形で)にさらすことができると・・・・・

 私は、彼が、無理にこじ開けて、狭い場所に分け入って来た、2018年4月6日の夜の事を、もう一回さらに丁寧に、分析をしないといけません。それと、その次の日の大原光孝の行動のふたつによって、柄沢斉が陰でどう動き、どういう役割を果たしたかが、解明できるからです。

大原光孝が、どれほど、あくどい  か、説明しても、説明しても、足りない程です。さて、大原光孝ばは、したの写真では、黄色い矢印の、所へ強引に、ねじ込んで、来ました。今石段は、悪辣な、証拠隠滅工事の、決果  非常に、綺麗に、なっています。

    下に置いた三番目の、写真に、見られる通りで、幅が三メートル以上宇の広さで、通りやすくなっています。もし彼に悪意がないのなら、そちらの、広い方を通って、私が石春産業に抗議をしているのを無視して、通り過ぎればいいのです。しかし、彼は、以下の写真の、黄色いラインを無理にこじ開けて入ってきました。普通なら、無理の無いスペースの所を通れば済むことなのにです。挑発し、苛め抜いてやろうと手ぐすね引いて、ねじ込んできたのです。もしかすると安野忠彦氏などの、上奏を、伊藤玄二郎が利いていて、予め、使役しようとして居た、大原光孝に、「今、出陣せよ」と命令を下したのかもしれません。

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副題5、『大原光孝は、私に対して、甘えきっている。その上で、ねじ曲がった異様な攻撃を仕掛けて来る。・・・・・・ワインが割れて惜しかったねね・・・・・と言う騒動で、一切、それを私は、その甘えを含んで、大原光孝のことは、分析してあるのに、今般、全く同じ、形で、攻撃をして来た。こちらの方は、条件があの時とは、異なっているので、、彼に対して、甘えなど、毛一本も許すつもりはないのだけれど、それが彼には読めないのだ。どうしてそうなるかと言うと、大学卒業以来、50年以上、どこにも働きに出たことのない彼には、それが、わかって居ない。彼は、寄生虫でしかない。だから、バカ極まりない事を平気でする』

 その黄色いラインの処を無理に通ったので、私の右側、ほとんど肩が、触れ合わんばかりの、ところを通りぬけました。上の写真で言うと、黄色いラインのところを、こじ開けて入って来たのです。私・・・・・赤い印の所に居る・・・・・と、口と口の間が、三十センチも、ない位置です。彼が、そんなに体をすり寄せて来た理由を、このブログの読者の皆様は、ご存じだろうか? 彼には、甘える対象がどこにもないのです。また、丁寧に彼を分析しなおす機会を、将来別に作りますが、ここで、超簡単に説明をすると、奥さんは、とっくに家出をしています。しかも、奥様が同居をして居た時期にだって、彼は、奥様には甘えられない状況下に在りました。奥様が、家出をしてしまってから、既に、何年になるだろうか? 奥様は、実家からの仕送りがある筈で、従って、ほぼ、無収入に近い彼には、とっくに、見切りをつけています。母親が居ますが、養母です。全然甘えられません。したがって私と言う、単純に、ご近所様でしかない間柄ですが、甘えてきているのです。それは、洋画を制作する上で、美大を出て居ない、私は、美大を出ている彼を尊敬して、パリで、制作したり、ニューヨークで制作してきた版画について、感想を述べてもらっています。菓子おり等のお礼はしますし、場所は、美術館内のカフェを選んだりしていて、彼に負担がかからない様に手配をしています。

 そういう過程で、彼は見抜いています。私がひどく優しい人間であることを。そして、優しさとは、強さの反映でもあるから、私に対しては甘えられるという事も。私はアガペーとは何かという事を、知っています。その上、大原光孝が、実生活上抱えている問題点をも、すぐわかってしまう人間です。だから、『バカをやっているなあ』と、思っても、許容してしまいます。このバカをやっていると、思う点は、・・・・・甘えて居ながらも、攻撃をしてきている・・・・・と、言う点です。彼は柄澤斉とか、シロタ画廊をけなしたり、攻撃をする事は一切ないはずです。その二人とは、甘えられる関係にはないからです。

 二人は、彼に対して、表向きは、礼儀正しくて親切でしょう。だけど、それで、甘えられるという事にはなりません。シロタ画廊さんは大勢の作家を知っていますから、判断力も高くて、一種の冷徹さも、持っている人です。

 ところで、それが、今般も、如実に表れて居て、口と口が、30cmぐらいしかない場所に強引に体をねじ込んできたという行動に現れて居ます。経験がないからです。自分より目上の人に、叱られたり、批判をされた過去がないからです。浅薄極まりない人間となって居て、そのまま、今、70に到達しようとしている段階です。

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副題6、『大原光孝が、川崎さんが、暴力をふるったと叫んだ、事案を、もう一度丁寧に、ここでも、再現しよう。それが、月刊ギャラリーの連載を強制的に、しかも、失礼極まりない形で終了をさせられた事案を思い出させてきたから、前報を書いたという事を。

 この山には、合いかぎ緒もらっていて、嫌がらせの為に侵入している人間が、二人いて、そのうちの一人が、大原光孝である可能性を、書いている(後注2)。しかし、実名では書かないと言っている。・・・・・それは、某画廊のオーナーがたいへん賢いので、そこを尊敬しているので、誰の誰べーAを、実名では書かない・・・・・と書いている。しかし、それは、誰の誰べーAの、今後の行動次第であると、書いている。それなのに、ああいう攻撃をしてくると、大原光孝が、極端にバカで、おっちょこちょいだからである、と、成って来る。で、実名で異彩を書くこととなる。それは、・・・・・柄澤斉と、シロタ画廊が、闇の勢力と一身(一味)を組んでいて、無辜の私に対して、激しい弾圧を加えてきていることになる・・・・・のだけれど、それでも、「暴力をふるった!」と叫ぶから、その文章を同じ場所に置いた。そうしたら、賢い読者は、誰の誰べーAが大原光孝であることを推察するだろうから。

 私は、シロタ画廊さんを尊敬はしているけれど、大原光孝に関しては、反吐が出るという以上に軽蔑をしているから、彼が、こういう風に動く限り、すべてを白日の下にさらけ出すのは仕方がない。

 合い鍵を持っていて、私の家に侵入して、絵の額をすべて、斜めにしていく人間とお仲間だと、言う事を、柄沢斉は、恥ずかしいと、思わない人間で、あろうか、シロタ画廊さんは、柄沢斉の向こう側に居る、大原光孝と言う画家が、警察から合いかぎをもらっていて、ブログで、私が正しい事を書くたびに、それを使って侵入をしていて、そして絵の額をすべて斜めにするという嫌がらせ兼、脅かしをして帰って行くことを知っておられたであろうか? 又は、彼のアイデアに基づいて警察官(ただし、殺人用別働隊と言う裏の世界の人間だが)または、その同じ組織から、合いかぎをもらって、侵入している誰野田レバーBの存在を知って居て、それでも、尚、私をいじめたり、なさるつもりなのだろうか? だからこそ、あのシロタ画廊に勤務していの背の高い女性スタッフは、私に修正液を貸すことを断ったのだろうか? 修正液を、芳名帳、一行分使うのなんて、五円もかからないと思うけれど、大画廊、シロタ画廊の女性スタッフは断って来た。私の方が、「この作家は、国画会所属だそうです。国画会の作家の個展に関しては、署名をしない方がいいのです。最初は、彼女が、国展に出品をしていることを知らなかったので、署名をしましたが、国展に、出品をしているのなら、消したいのです」と説明までしているのに、貸してくれなかった。その背後に、柄澤斉氏から、私の悪口を聞いているので、そうなさったのでは、ないだろうか?

 いやあ、その柄沢斉の後ろには、凄い事を平気で、やる、小原光孝が居る。ただし、大原光孝は、「川崎さんの家に等、入って居ませんよ」と、否定をするだろう。しかし、彼が、その種の嫌がらせ行為の、アイデアを提供したのは確かであり、・・・・・というのはオープンハウスに彼がやってきて以来、それが、始まているからである。従って、私は、この侵入犯が、実際には、彼ではなくても、その罪の半分は、彼に存在して居ると考えている。

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副題7、『土曜日の午前中の、大原光孝の行動が大切である。彼は、柄沢斉に、呼ばれて鎌倉で、出会って帰宅したと、思われるのだが、別にへこんでいる様には、見えなかった。特に石春案業とあいさつをしている様子では、一切へ込んでいる様子はなかった。

 私は、あの前報が、メモの段階であっても、そして、公開をしていなくても、シロタ画廊さん二波わかるだろうし、従って、柄澤斉に対して、気おつけなさい。という筈だと、信じていた。したがって、7日、土曜日に、柄澤斉に呼び出された大原光孝は、当然にダメージを受けて帰ってくると、推察して居tの二、違うのだった。それで、また、新たな疑問が生じる。したがって、本日の総タイトルが、ここで、出てくることとなった。

 ここから先は、次の日に書く部分です。メモまず、再現し、そこに解説を加えていきます。

その後の彼の動向、

2018-4-7 11:00AM おしゃれをして、帰って来る。最上の洋服と帽子をかぶって。

  この時刻で帰ってくるのは、東京へ行っていたのではない。鎌倉で、お茶をした可能性がある。相手は、柄沢斉である可能性が強い。柄沢は、藤沢在住だ。もし、車を持っていたと仮定すると、鎌倉のカフェまでは、30分で来ることができる。鎌倉春秋社内の応接室で、出会ったとしたら、あの時間帯に、大原光孝が、おしゃれをして帰宅をする可能性がある。

 大原光孝が、6日の夕方に示した悪意とは、ものすごいものであるが、いつも、言っている通り、物事には、プラスとマイナスがあり、これが、裏社会の悪と、表社会の悪を結びつける橋渡しをする可能性がある。

もう一つ重要な事がある。その際に、石春の土工連中と楽しげにご挨拶を交わしていた。例の前日に、私を無視しきって来た、専務(または、常務)と言う人間も、ご挨拶を交わしていた、どれほどの悪辣さで3あろうか。大原光孝も悪辣だが、石春も超が付く程に悪辣である。しかし、石春にそういう風に信じさせている手合いが居る。伊藤玄二郎か、小野寺夫人か?

 そうなると、何を書いてもいいという事となる。シロタ画廊さんへの高い評価が、今のところ、実名で書くのを抑えさせているが、だれのだれべーA の、これからの行動次第だと書いているが、それを、彼が自分で、解釈して、こういう行動をとっているのか、それとも、伊藤玄二郎一派が、そういう解釈を意て、そういう行動をとっているかが大問題だが、石春については、なんのあくをも書いていいいこととなる。土工と呼ぶのも致し方ないのだ。

 頭がものすごく悪いのだろう。大原光孝がか、伊藤玄二郎かが、どちらかだが、頭が非常に悪いという事を示している。

 

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尚、このブログの、2010年より数え始めた延べ、訪問回数は、4582295です。

 

 後注1

大原光孝と暴力論・・・・・・何が、暴力なのだ? そして、その量を考えないといけないと、私は信じているのだが  2018-04-08 22:51:37 | 

後注2、

 

我が家の合い鍵が、一般人であるご近所様に警察から与えられている可能性について、18-3-17から述べはじめている   2018-03-18 13:59:51 | 政治


 

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