伴虚無蔵 (松重豊)
私は、本日、この件で真剣に、出演者名を確認する前まで、松重豊の役は、コムゾウと、発音するものだと、考えていました。が、キョムゾウと、フリガナがふって在り、
したがって、これも、また、井上ひさしの影響力が、強いなあと、考えており、したがって井上ひさしがまだ、生きている証拠の一つだと、考えております。
その上、伴という苗字は、瓜南直子さんの相手(実質婚)である、伴清一郎さんを使っています。伴さんについてわたくしは、お金与えないで、直子さんの才能と美貌だけを利用した人だと、批判をしています。それでもいいのです。が、直子さんが亡くなったとたんに、大変愛していたという様なことを、フェイスブックの直子さんの頁にアップしていたので、気味悪いウソつきだと、批判をしているのです。
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副題3、『井上ひさし、または、鎌倉エージェントと、私が呼ぶ、面々は、NHK番組の、編成や、内容に強い支配力を持っている。筋、題材等も、提案をしていて、骨格を提示していると、推察している。そして、自分は、ユーモアに強いと、言うことを誇示したいと願っている。それが、
過去の映画では、たいてい、虚無僧とかいう用法で、発音としては・・・コム・・・と、読むのが普通なのに、
キョムと、フリガナをつけているところに、現れている。
安子が、アメリカに行ってしまうという設定は、私のブログの、重要な人物、益山重夫・元・海軍参謀の、最初の妻のケースと同じである。ただ、カムカムの主役、安子(上白石萌音)の夫は戦死なのだけれど、
益山夫人のケースは、夫は生存中だった。だが、パージを受けて、公的な就職が無理だったので、不動産業に乗り出したのだが、それも、京急が、不動産開発に乗り出して、インフラ整備を果たした、山に便乗して開発をすることで・・・・・もうけが生まれる様になったのだが、1940年代とか、1950年代は、もうけを生まなかったと、思われる。
その後、1970年代に至って、一種の詐欺まがいの、地積変更届を、利用して150坪程度、購入した土地を、ほぼ、2000坪、私有化したという、事で、大儲けをした(ただし、彼は、それが、完成する前に急死をしている)のだが、
そのプレ成功を見る前の、1960年代までは、益山重夫氏は、貧乏でもあり、不名誉でもあり(というのは、海軍参謀というのは、横須賀に置いては、敗戦までは、トップクラスのエリート階級であっただろうから、彼一家にしてみると、不動産業は、恥ずかしい職業だったはずだし、1950年ごろは、まだ、もうからなかったはずだし)・・・・お金を稼ぐために、奥さん(先妻)は、進駐軍の、横須賀ベースにお勤めをしたと、考えられる。
私は、1978年に突然、益山夫妻から大攻撃(彼らの悪事を遂行するために、我が家の中に、その4年前に買う際には、それが、無かった青地というものを設定されてしまい、
二人の弁護士さんの指導の下に、調べていいことを調べたわけだけれど、
会社の登記簿、から、彼が、前に住んでいた場所が特定できたので、その場所に行って、益山重夫という人物はどういう人物であるかを、ご近所様に聞いて回った。すると、上のエピソードが出てきたのだった。
戦前、戦時中の海軍参謀と言ったら、超エリートなので,先妻も女子大程度は出ていて、英語ができるので、
カムカムの登場人物安子(上白石萌音)の様におはぎを売って歩くという様な、稼ぎ方ではなくて、
非常に高給がもらえる、将校倶楽部の、接待役(といっても、ウエイター程度で、売春をしていたというわけではないが、)をしているうちに、かっこいい、戦勝国の将校と恋に陥ちたのだと、思われる。
お嬢さんが居た。その人は、私と同世代なので、先妻が、アメリカに行ってしまった頃、そのお嬢さんは、5歳程度だったのではないかなあ?
それが、カムカムの二番目の主役るい(深津絵里)の年齢設定に当たる。
先妻さんは、お見合い結婚だから、超エリートと結婚をしたつもりが、当てが外れたと、思っていたところへもってきて、輝かしいオーラを放つ戦勝国のエリート将校に、お誘いをうけたら、たちまちとろけて、惹かれてしまったと思われる。
そのあとで、後妻として、益山さんを、愛した、女性が、智恵子さんである。(旧姓 仲野) 智恵子さんは、ヒステリーも起こすのだ(例えば、私を車で、ひき殺そうとした。とか、貸している我が家の借家人の車のミラーを折る)が、美貌と才気を併せ持ち、愛する人には、忠実で、労働も、いとわなかった。その智恵子さんは自分の子供を産まなかったうえ、先妻が捨てた、お嬢さんを、育てたと、思う。お嬢さんはフェリス出身だと聞いている。
だから、益山氏にとっては、かわいくて仕方がない。
しかし、私にしてみれば、危うく命を奪われそうになったのだから、般若の・おんなびと・でもあるが、容貌は、原節子風で、卒業大学は都立大学、建築科である。彼女自身が、私にそれを言っていたが、戦時中は、男性の数が少ないので、女性も大学へ行くように勧められたそうである。だけど、高等女学校から、勤労動員で、武器を作ったり、パラシュートを作ったりしていた、女性が多い中で、「あなたは大学(ただし、当時は、専門学校名だったと思う)へ行って、学びなさい」と言われるのだから、頭はいい人だ。重夫氏は、敗戦までは、超エリートだから、都立大学の教授にも、コネがあったのかもしれない。最初は、社員として入社して、その後、仕事上の右腕、兼、家庭内の、妻となったのだった。
で、かわいくて、仕方がないので、自分が死んだ後で、20歳は若い彼女に残すものはお金だと、決意して、横須賀市の水道山をタダで、私有化することを思いつく。
これから先の詳細をすべてわかっているのだが、本日は歌舞伎座に行って来て、11時間も外へ居たので、最終段階まで、詰めるのは、やめにしておかせていただく。
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副題4、『上記のテリーとは、岩槻てる子(独身時代の名前)さんという、純粋日本人なのだが、彼女に、ベイカーさんという、CIA要員に売られてしまった。そして、全員で四人という小さな室内での懇談会で、ベイカーさんが、「僕は三鷹警察署の所長と親しいので」と、言ったので、私はけげんな顔をした。当時は、ぶっちゃけた会話というのができない私だったので「あら、いやだ、エール大学から来た交換留学生なのに、どうして、三鷹警察署の所長と親しいの?」と、質問をしてしまえばよかった。そうしたら、ベイカーさんは、いろいろ、嘘を言って、取り繕い、その結果、私が、最初の暗殺未遂事件に遭遇することはなかったと、思われる。これが、1965年の秋。
次が、1978年10月11日、午後5時ごろ、益山夫人にひき殺されそうになったケース。これは、この章の後半副題α」で、詳述する。
3番目が、1998年9月4日、午後二時ごろ、地下鉄バスティーユ駅で、背の高い外人五人組に拉致されそうになったケース。これは、バスティーユ駅の、8本の、地下道のうち、SAINT ANTOINE通りに出る地下道を、必死で、走りぬいて、助かった。レオス・カラックス監督の映画【ポンヌフの恋人】の中で、ジュリエット・ビノシュがはしるあれと、まったく同じ地下道。
4番目が、2010年、1月に、2階に、【画廊るたん】が入っているビルの一階通路で、画商を名乗る外人に呼び止められ、「あなたの絵を、海外に売り出したいから、お宅で相談をしたい。今度の火曜日に、訪問をする」と言われた。これも暗殺用訪問だと思ったので、主人に出かけないように頼んだ。その家庭内会話だけで、ばれていると、推察した敵方は、彼に訪問をさせたのはさせたが、彼は、コートも脱がず、ケーキも食べず、海外で、私の作品を売る話ももちろん、しないで、帰っていった。
五番目が、安野夫妻が、主演し、A野一家が、共演をして、前田清子さんがきゃっ、キャッと、はしゃいで、ご主人に叱られたケースだ。これは、すでに書いているのだが、今日は新しい気付きがあったので、再び書いて行こう。
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副題5、「安野夫妻が10mの高さから、水を20リットルくらいぶちまけたケースだが、これは、私の勘と、頭の良さと、寡黙さを示すエピソードなので、ここで、書いておきたい。
朝ドラ、スカーレットは、他殺をされた、妹の名前、喜美子を、漢字も、そのままに、主人公の、戸田恵梨香の役名に、当てはめている。また、彼女は、陶芸家という設定だが、それも、私を猫の事で散々に苦しめた、ご近所の陶芸教室、【鎌倉春秋窯】の主宰者、石川和子さんが素敵な人だったと、言うことを表す設定となっている。
今期の【カムカムエヴリバディ】でも、榊原さんという非常に誠実な社員が出てくる。それは、男性が演じているが、大学同期に、榊原節子さんという女性がいて、彼女が2007年から、2012年にかけてライバル設定をされたことを使っていると、考えられる。
私は、もとより、榊原節子さんをライバルなどとは、考えていない。だって、彼女は水島三一郎博士の、娘で、母親は、正田英三郎氏の妹だ。したがって、上皇后・美智子さまのいとこだ。だから、ライバルだなんて、おこがましくて言えたものではない。ただし、2009年1月17日に、有楽町【吉乃翔】で、行われた、クラス会では見事にライバル設定をされており、彼女が女王様、私が虫けら扱いを受けていた。威張らないいい人なのだ。だけど、実家や、親戚が、すごいので、私がノイローゼになるだろうと、推察されて、かの女が担ぎ出されていた。
ところで、朝ドラが、利用をされ始めたのは、【つばさ】が、最初で、高畑淳子が演じる、外で遊びまわっているという母親は、私を揶揄する設定であろう。これが、嘘ではない証拠は、高畑淳子が、かどや製油社長と、コンビを組んで、動画のコマーシャルをつくって、私が当時は、毎週見ていた、BS日テレの【おぎやはぎの愛車遍歴】に出てきたことでも確かだった。その時の高畑淳子の衣装だけれど、スーツ姿のかどや製油社長の隣にサンバの衣装(へそ出し、スタイル)で、後ろに、酉の日に売られる熊でを背負っていて、その熊手にあれこれを引っ付けて、大さわぎスタイルだった。
それは、翼が終わって、相当後だったが、息子がいじめによって、勝つ子供が、軽い自閉症だと診断された直後におおきくいじめられたので19年間勤務していたかどや製油を自主退職しなければいけなくなった後だったので、このコマーシャルが、大きな意味を持ってくる。私のブログが真実を書くたびにかどや製油の社長が、新聞に全面広告を出すのも同じ方式での対・私、いじめであり、CIAエージェントが命令をすると思っている。
ところで、息子は、ほとんど愚痴を言わないのだが私は自分の推察を確認するために、かどや製油の株を買った。すると、かどや製油は、横浜駅東口で、ガソリンスタンドを経営していた小沢一族が、経営しているのだけれど、同族間の争いが起きて、現在の社長以外の、小沢系列(=小沢姓の重役)はすべて追い払われてしまっている。
そして、後に三菱商事とか、三井物産から乗り込んできた人が、重役となっている。中に、三井物産から乗り込んできた、佐野雅明という重役がいて、この人がこの山に住んでいた中谷知二氏の次男(三井物産勤務だそうだが)の年下の人間として、私が正しいことを書いているからこそ、復讐を息子に対してしているのだった。
中谷知二氏は、我が家の東北の崖(山)を無断で、崩した、人物である。どうしてそういう恐ろしいことをしたかというと、中谷知二氏は、羽田空港の、飛行機用燃料を売る会社の社長だそうだ。そして、帰米二世。だから、普通の日本人であるはずがない。で、上にあげている益山重夫氏の急死に、関して、益山氏の親友だった元陸軍参謀、瀬島隆三(伊藤忠のトップにして、戦後日本の最大級のCIAエージェントである)に頼まれて、そういう恐ろしいことをしたわけで、共二氏が亡きあとは、次男が、攻撃者となっている。
それでも、共二氏の長男が東大名誉教授、宇宙工学研究所所長なので、私の方をいじめることを正義だと、我が家の実動15軒しかない、ご近所様は、思っている。
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副題6、『井上ひさしは、私の活発な活動を記録している、当時の、メルマガを、警察からか、手に入れており、そこから、推察して、朝ドラ、【つばさ】における、高畑淳子の役を、創作した。私は、そのドラマが、自分を揶揄していることを知って居ながらも、主人が見ているので、一緒に見ているうちに大変、面白いドラマだと思い当たり、NHKの掲示板に書き込んだり、自分のブログで書いたりした。
すると、突然に視聴率が低いという事になり、
かつ、多部未華子が、数年間弾圧をされることとなり、
今でも、失敗作だったという書き込みがいっぱい、google 検索で出てくる。
これは、私が、如何に大物であるかを示す事であり、とても、困ったことだ。
本日(=22-3-25)も、有明海開門中止という判決が出たそうだ。それも、対私のブログつぶしだ。
有明海が死んでしまう。大変なことだが、法曹界は、伊藤玄二郎に牛耳られているので、千葉景子大臣の死刑場公開とか、やまゆり園事件の、19名の、氏名を伏せた死者(嘘ですよ。誰も、死んではいません)の被害を裁く裁判とか、さいきんはめちゃくちゃだ。
ところで、【つばさ】に戻ると、
私は、人を引き付ける魅力はあるが、つばさに登場した母親(=高畑淳子)ほどの喧噪の人ではない。それが安野家の水ぶっかけ事件での、真実をさらに明らかにする道につながる。
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副題7,『「水をぶっかけても、大したことじゃあないでしょう。遊びでしょうよ」という人があるだろうか? しかし、あの事件をブログで、書かなかったら、いずれ、ブロック八個で作った平たい重い石、を、同じ様に落っことして「実は、山からの落石が当たったのです」という事にされ、殺されたと思う。安野家は、今まで、たくさんの嘘をついてきている。だから、これぐらいの嘘は平気でつくだろう。それに門まで、手作りしたほど、DIYが好きな人なのだ。ブロック八個で、間に、鉄筋とか、セメントを挟んだら、優に30キロは超す。それを夫婦二人でもって、高さ10mの位置から落とす。そして、私が死んだ後で、ブロックを片付けたうえで、鎌倉砂岩を傍に置いておく。これが真実なのだ。そういう人物を、私より、上に置いたのが、鶴岡八幡宮の上級神官、龍村さんだった。神様が、こういう殺人未遂を平気で起こす人を私の上に置く。驚きの驚きだった?!?!?』
ところで、この事件で、私には、水は一滴もかかっていません。それはですね。鎌倉街道から、志一稲荷に入る、23mぐらいの道の突端で、携帯をいじりながら、石段に座っている、A野家のお嬢さんを見た途端、「これは、変だ」と感じたからです。
昔、藤本禎子さんという、きりきりした女性が、北隣に住んでいました。上にあげた中谷共二氏によると、藤本禎子さんには、劣等感があるから、特別に、キリキリしているのだそうです。劣等感というのは、お嬢さんが結婚をしていないこと。今では、結婚をしていない、40代とか、50代の女性は、珍しくないです。しかし、1984年には、それは、一種の不幸せの象徴のように見なされていたのです。で、当時は、藤本禎子さんが、村八分の対象となっていて、特に前田清子さんにいじめられているとは、悌子さん自身から、私が、聴きました。これが原因となって、我が家の花畑だけ、盗まれてしまうのですから、誹謗中傷でも何でもないですよ。被害のよって来たる原因を書いているだけです。
さて、そのお嬢さんですが、一見すると、魅力がないです。フェミニンな感じがしないからです。ぶっといでくのぼうみたいに見える女性でした。しかし、女性は外見ではありません。彼女は意外にも女性らしくて、恋人がいる模様です。その恋人とのやり取りを、石段の下の方で、立ってやって居たのです。歩みを止めてです。もしかしたら、相手には妻子がいる人。で、お母さんに知られたら絶対に、反対されるお付き合いなのでしょう。それで、彼女は、家から、自分が母親には、見えない位置で、携帯をいじっていたのです。
しかし、A野家のお嬢さんは、当時で、20歳ぐらいです。不倫の恋など、するはずもないです。普通の恋だって、まだだったでしょう。学校で、いじめられているという話で、いろいろな側面で奥手でした。それが、家に帰れないで、携帯をいじっている。すぐさま、異様な目的があると推察しました。その通り、彼女はスパイをしていたのです。安野家が水を撒くチャンスを知らせるスパイをしていたのです。
そのこと自体が、ものすごく幼いです。私の孫は、まだ、小学生ですが、「おばあちゃんに、そんなきつい言い方をしたらだめでしょう」と、父親をたしなめるそうです。父親(=私の息子)は、はその通りだと、思って、私の夫(つまりその孫にとっては、じいじ)に、それを笑いながら、告げたそうです。この孫に、他人に水をぶっかけるための、スパイをしなさいと言ったら、はい、はいと、言うかしら。絶対に言わないです。私の子供は二人とも、50に近いです。が、彼らが、20歳ごろ、こういうことを頼んだら、言うことを聞くかしら。絶対に聞きません。だから、私自身頼む気にもなりません。
A野夫人は、実家が田園調布に在るそうで、ご自分は、有名美大卒です。ご主人は、東大か、どうかは知りませんが、旧帝大系の国立大学卒でしょう。しかし、お父さんは、ヒステリーの向きがあり、お母さんには、有名画家に早くなりたいと、言う欲望がありました。で、一ノ瀬智恵子さんと同じく、お嬢さんに対しての心遣いとか、愛情有る言葉かけが少ないので、お嬢さんは、精神的成長を遂げていないのでした。体は、20歳でも、精神年齢は、小学校、二年生ぐらいの段階でしょう。
それは、こういう忌まわしいことを平気でやると、言う判断力のないところでも、十分に分かりました。が、さらに分かったのは、失敗したと、親に言えないことでした。驚きです。本当の事が親に言えないのです。
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副題8,『この親に言えないという事は、水をぶっかけることが失敗した後で、目の前に、私がいるから、親に言えないわけですが、母親が、馬鹿なことに、
40mも、向こうから、娘に向かって、大声で「成功したー?」と、聞いたのです。家に到着する前にです。
2022-3-26の、早朝に突然気が付いたのですが、これこそ、・・・・・安野家と仲良くすると、馬鹿化する・・・・・の、典型例でした。
だって、家で、それを質問すれば、お嬢さんが、スパイ役をしていたという事は、私にはわからないわけですね。しかし、40mも向こうから、静かな静かなこの山で、あれほどの大声で叫べば、・・・・・は、ハーン、おもった通りだ。お嬢さんは、「今、30段下を通っています」とか、「今、10段下を通っています」という下書き、メールを準備しておいて、その位置にわた櫛が達したら、それをぽちっとする様に教えられていて、その通りに行動をしたのでしょう。自分自身の脳みそが育っていないからです。
でもね、安野家から、即座に、電話が行ったのだと思いますよ。「成功したか、どうか、お嬢さんにきいて?」と。安野夫妻が、もう少し頭が良ければ、お嬢さんから、来ているメールに、その返信機能を利用して「成功したー?」と、質問すればいいでしょう。
しかし、そういう人物ではないのです。まったく違うのです。自分たちの推定通りに、結果にならないので、心配になったのでしょう。自分たちの推定とは、私がギャッといって、その場にうずくまるのです。そこで二杯目の、10リットルをぶちまけて、それを夫婦二人でやって、こてんパーに私をやっつけるつもりで、もしかしたら、平らに八個集積されたブロックさえ、準備をされていたかもしれませんよ。で、また、下へぶちまけるつもりだったでしょう。
彼らにしてみれば、私の豪胆さなど、想像もできないのでしょうね。
で、私は一滴も水がかかっていないわけですから、門を入ると、山全体が、見渡せるところで、じっと観察をしました。大原家は、お嬢さんは、いなかったのかなあ? もう、結婚相手と同棲していたのかなあ。だから、彼が奥さんと(奥さんは、まだ、同居していたかしら)、もし奥さんが居なかったら、養母さんとでしょうね。きゃ、キャッと、言ってはしゃいでいました。
ただね。大原家の人々は、前田清子さんほど、大声ではありません。前田家の方が遠いのに、すべての語彙がわかるほど、清子さんは、大声で、はしゃいでいて、ご主人にたしなめられていました。もっとはっきり言うと叱られていました。「やめなさい。そういうことをするのは」と、叱られていました。
ご主人の方は、駒沢大学の教授ですが、お子様が、小さいころ、お子様の面倒を見ながら、ポスドク生活を送っていたと、推察しています。。子育てって、親にしてみると、大量に我慢をする必要があるので、人間ができてくるのです。
これから先、早稲田ゆきさん(立憲民主党の、国会議員)の登場とか、立憲みんしゅ党の衰退とか、早稲田さんが、伊藤玄二郎の命令によって、政党を鞍替えする可能性など、さらに続いていきます。
そして、一番大きな話題は、副題αとして、書く予定だった、益山智恵子さんが、セドリック・ツードア・ハードトップで私をひき殺そうとして、反対にその同じ日の、夜10時半ごろ、4,5人の若者が談笑しながら、通ったのですが、
私は、妻が、ひき殺そうとした、直後に、自殺か、脳溢血かで、亡くなったのだと、おもいます。
これは、雪ノ下ンケースとはまるで違うのです。戦時中は帝国海軍参謀と言ったら、すさまじいレベルのエリートだったのです。しかし、私をだまそうとか、ひっかけようとしてはいけないのです。
いいんですよ誰にも自由はあるのだから。でも、彼は、仕事上も他も、この水道山の悪事にしても、全部私に真相を悟られてしまいました。
もう、27時間、起き続けているので、寝ます。では、