東京各地で「史跡・文化財」の案内書に出逢います。知らないことを教えてくれるのでありがたく読んでいます。
今日はなんと、「東京初空襲の地」に出逢いました。
場所は保育園の塀です。ここに落ちたのですね。
すぐ脇は、隅田川に架かる尾久橋が勾配を作って土手に上がる場所です。
この空襲で、死者10人、重傷者34人、軽傷者14人、全焼43戸、全壊9戸、半焼1戸、半壊13戸の大被害です。たった爆弾3個と焼夷弾1個でこの被害です。落下地点では、直径10m、深さ5mもの穴が開いたと記載されています。
何より驚いたのは、大戦果をあげたと聞かされていた真珠湾攻撃からたった4ヶ月で東京が攻撃されていたことです。約4年にわたった太平洋戦争の終盤期に本土空襲があったと思い込んでいましたが、開戦早々敗色漂う戦争だった訳です。いくら南方や中国を支配下に置いたとしても、東京を攻撃されたら負けでしょう。将棋でいえば、序盤でいきなり王将を攻撃されているのに、飛車・角が出払っている状態です。
アメリカの国力を正しく把握できなかった、いや、知っていながら仕掛けてしまったのでしょう。最近の歴史研究では、日本からアメリカに攻撃するよう謀られたとの見解が有力らしいですが、いずれにしても被害を受けるのは国民です。
なんとしても戦争はしちゃいけません。「やってやった。言ってやった。スカッとした」の交渉では良い結果を招きません。国際連盟を脱退した過去がある国です。今年、国際捕鯨委員会を脱退した日本ですが、交渉の場を自ら放棄するのは拙い手だと思っています。お互いに「やってやった。スカッとした」状態の日韓関係が心配です。