閑猫堂

hima-neko-dou ときどきのお知らせと猫の話など

秋茄子

2022-10-08 23:19:00 | 日々

急に気温が下がり、景色が急に秋の色になってくる。

 

本日の収穫。
ゴーヤは最後の1本と思って採りに行ったら、なんと4本もみつかり、さらにあと2、3日で採れそうなのが2本、もっと小さいのがいくつか。なかなか片づけられません。
ピーマンは、赤くなるのを待っているところ。生で食べられるけれど、軽く加熱してバルサミコ酢でマリネにすると美味しい。
ナスはもう真夏のように大きくならず、小ぶりでかっちりしている。秋茄子って、こういうのだろうか。

秋茄子といえば、二宮尊徳。小学生のとき読んだ偉人伝の中に、その逸話があって、そこだけ妙に鮮明に覚えている。
ある夏のこと、どこやらの村を訪れた尊徳先生が、出された食事の茄子を一口食べて、はッと箸を置き、「この茄子は秋茄子の味がする」とおっしゃった。「この夏は冷夏になるだろう。稲は実らないから、いまのうちに雑穀を植えて飢饉に備えなさい」と。その予言(?)のおかげで、村人たちはヒエなどを食べて飢えずにすんだ。
わたしは子どもだったから、秋茄子の味といわれてもぴんとこなくて、二宮尊徳という人は、他の人にわからない味の違いがわかるような味覚の鋭い人だったんだなあと…(笑)
ええと、その秋茄子、です。
持った感じ、皮がかたかったので、大丈夫かなと思いつつ、ごま油で炒めて、おだしと醤油と味醂を入れて煮つけたら、意外と柔らかくなって美味しかった。でも、これが秋茄子だ! というほどの味の違いはわからない。
尊徳さんが召し上がった茄子料理は何だったのか。お膳を前に正座した挿絵も見たような気がするけれど、あれは煮物などではなくて、浅漬けだったかもしれない。
しかし、この有名な(有名かしら?)エピソードも、あとから作られたものだという説がある。ジョージ・ワシントンが桜の木を伐った話も本当ではないらしい。偉人伝というのはたいていそうで、多少作られたくらいのほうが面白く、記憶に残る。さすが並みの人とは違うなあ、と感心するくらいが良い。あまり作りすぎて現実離れすると、ノンフィクションから外れて別のジャンルに入ってしまう。
どっちみち尊徳さんについては、少年時代に薪を背負って本を読んだ話と、「茄子を一口食べて」の話しか知らないので、実話であろうとなかろうと、いっこうにかまいませんが。


アサガオは花が小さく小さくなり、夕方近くまで咲いている。

 

山萩。いつも、咲いてるような、咲いてないような。

萩の花、尾花、葛花、撫子の花、女郎花、また藤袴、朝顔の花
秋の七草に詠まれた「朝顔」は桔梗のこと、というのが定説だが、うちでは萩や尾花(ススキ)の時期には、桔梗はもう種になっている。朝顔はまだ咲いているので(残暑の頃より今頃のほうが風情がある)、そのまま朝顔でもいいような。
葛の花はとっくに終わっているけれど…春の七草のように摘んで粥にするわけではないから、七種同時に見なくても、いいのか。

 

エリカの枝に住んでいる、みのむし。
みのは、ほとんど全部エリカの葉や小枝や種でできており、とてもオシャレな感じ。
動いているところを見ないけど、毎日場所がちょっとずつ違うので、生きてますよ。

 

畑に行ってみたら、さくらんぼの芽がいっぱい出ていました。びっくり。
(「さくらんぼ」って名前のラディッシュね)

 

本日のにゃんズ。

並んでおやつの真鈴とクレ。
真上から見るとどっちも黒猫みたいに見える。

 

「あっ! ボクのいない間に…!」

 

って、きみはさっき食べたんだろ?

涼しくなったら猫どもの食欲がすごい。小食のコマ吉も、夏の倍くらい食べているんじゃないかしら。
うちの猫は自由にお外に出るので運動量があるから、これまで食べたいだけあげてきたけれど(夜中は耳元で鳴かれてもあげない。眠いので・笑)、このところクレ坊なんかころころに肥えて持ち上げにくいくらいで…大丈夫なのかなこれ。

コメント
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