昼間、ときおり鶏が「こここここ!」鳴く。
鶏はチャボの雑種とか、それにウコッケイが混ざったのとか、
たくさん飼っていて、産む卵は市販のSサイズより小さめ。
卵は食べるけれど、食べずにあたためさせるとヒヨコが孵る。
それでふえたりもするので、いま何羽いるか、
きかれてもすぐには答えられない。
鶏はよく鳴く。
早朝どころか夜中の3時に「こけこっこー!」と叫ぶ。
「こここここ!」は、いわば低レベルの注意報で、
「ん? なに、なに?」というときに出す音だ。
警戒レベルが上がって本式の警報になると、
「こけーっこっこっこ、こけーっこっこっこ」と
全員が口々にわめいて止まらず、非常にやかましい。
ヒヨコを連れたメンドリは、
「こっ、こっ、こっ、こっ」という柔らかい声を
つねに出している。
これはヒヨコたちに「大丈夫だよ、おいで」と言っている声だ。
これが突然「くーっ! くーっ!」と低く長く鳴くと、
ぴよぴよ散らばっていたヒヨコが一瞬にして集合し、
メンドリの羽の下にもぐりこんで声もたてない。
というシーンを、一度だけだが、目撃したことがあった。
おそらく上空を猛禽の影が横切ったときだと思う。
よく「三歩あるけば忘れる」と言われる鶏でも、
見ていると案外かしこい面もあって、
うちの犬猫に対しては注意報どまりだが、
たまに見慣れぬ人やよその猫が来ると、
とたんに盛大な警報の大合唱になるので、
識別能力の高いことがわかる。
「こここここ!」と、また鶏が鳴く。
それはもうすっかり耳になじんだ音なので、
ふだんは、ああ鳴いてるな、とさえ思わない。
「こここここ!」
ふと、気づく。
たしかに鶏はたくさん飼っていた。
しかしそれは5年くらい前までの話。
いまは1羽もいなくなり、
すでに鶏小屋も残っていないのである。
ということは。
真夏の真昼に、外で鳴く鶏って、いったい…何…?
残念ながら、怪談ではありません。
Mがいま描いている絵が、濃い絵の具を使うので、
アトリエの流しでひんぱんに筆を洗う。
水入れに筆の柄のあたる音が、窓を開けているので、
庭を隔てたこちらまで聞こえてくるのです。
それだけのこと、でした。
この話をMにした。
そのあとも、たびたび筆を洗う音はするが、
なぜかもう鶏の声には聞こえない。