『お母さん』のカテゴリーはチエちゃんのお母さんの昭和めもりーずです。
わだしが学校に通っている間、日本はずーっと戦争やってだのな。
ほんだがら、勤労奉仕ばっかりやって、勉強なんてろぐすっぽやんねがったのさ。
ほして、国は日本は連戦連勝なんて言ってでな、嘘ばっかりだったのよ。
あの日なぁ、大事なラジオ放送があっから必ず聴くようにって言わっち、みんなで熊んさまさ集まって、玉音放送を聴いだのよ。
ほんだげんちょも、天皇陛下の声なんて初めで聴ぐしなぁ、変な所で区切って言うし、難しぐて何言ってんだがさっぱり分がんねがった。
ほうしてる所に、街の方がら清助やんが上ってきて、
「日本は負げだ。負げだんだ。」
って言うもんだがら、やっと戦争に負げだごどが分がったのよ。
ほれがら、米兵がやって来て女子供はみんな凌辱されっちまうなんて言わっちで、みんなして竹槍の稽古してたんだ。
ほんじも、こごら辺まで米兵が来るごどはねがった。
竹槍のくだりは笑ってしまうけど、当時は信じて真剣に稽古していたのでしょう。
東北の片田舎で、一般人がどのようにして終戦を知ったのかが分かる貴重な証言です。
※『玉音』とは天皇の肉声のことだそうです。
当時、天皇はまだ現人神ですから、一般人が天皇の声を聞くことは無かったと思います。
母も竹やりの練習はしたって言っていたな~
終戦から78年・・・
その間も世界のどこかではずっと戦争している。
戦争をしない世界を作れないものなのかな~?
ああ、お母様もやっぱり竹やりの練習してましたか~
何処も同じだったのですねえ。
ネット時代のおかげで、玉音放送の訳文を読んでみました。
その内容は国民のことをすごく想っているものでした。
天皇って、それだけの責任感を持ってるんだなと思いました。
本当に、戦争から得られるものはマイナスしかないんですけどね。
なぜ無くならないんだろう・・・(*꒦ິ⌓꒦ີ)