おおらかな気持ちでいれば、
何でもなんとかなるんだ。
「なんくるないさ」
そう言ってものごとを深刻に考えないで、
窮地を切り抜けることが得意なのが沖縄の人たちの特長です。
その意味は
「どんなことがあってもなんとかなるよおー、だいじょうぶさ」
というものです。
もともと沖縄には
「てーげー精神」というものが根づいています。
これは、
良い意味では「なるようになる」、
悪い意味だと「適当に」「いい加減な」という感じになります。
それが「なんくるないさ」という
口ぐせに象徴された
沖縄の県民性にもなっているというわけです。
この「なんくるないさ」が
人々の強い力になった象徴的な出来事がありました。
沖縄が本土復帰を果たした1972年のこと。
沖縄にはすでに、
最強の悪魔と呼ばれた
害虫「ウリミバエ」が上陸していました。
このウリミバエは野菜という野菜の果実を食べ尽くし、
沖縄名産のゴーヤを全滅に追いやりました。
しかも沖縄だけではあきたらず、
どんどん北上していったのです。
その数、なんと3億匹。
そこでウリミバエ根絶特命プロジェクトが結成されました。
しかし、
なかなかプロジェクトはうまくいかず、
その後の闘いはアメリカ軍との闘いに
変わっていきました。
なぜなら、
アメリカ軍基地内に広がる密林こそが、
このウリミバエの発生源だったからです。
与儀善雄さん。
返還前の、
琉球政府の植物防疫官をしていた彼は、
この責任重大なプロジェクトのメンバーに選ばれました。
与儀さんはアメリカ軍に果敢に立ち向かい、
決してひるまず、
「沖縄県民のために協力を」と要請しつづけたのです。
「OK」
与儀さんの粘り強い交渉によって、
ついにアメリカ軍からその言葉を受け取り、
1989年、
ようやくプロジェクトは大成功のうちに
闘いの幕を閉じることができました。
「このプロジェエクトの成功は人に宙心まれたからです。
私たちには『なんくるないさ』とう方言があります。
みんな問題が起こると、
この言葉を繰り返し、
そのうち2、3ケ月もすると
本当に誰かが解決してくれるんですよ」
と与儀さん。
実はプロジェクト・メンバーに任命されたとき、
与儀さんは身震いが止まらなかったと言います。
勝ち目のない戦争に
ひとりで打って出るような気分だったからだそうです。
「なんくるないさ」
その一言葉をいつも念じていたのは誰あろう、
他ならぬ与儀さんだったはずです。
さて、
話はかわりますが沖縄は離婚率全国堂々1位の県です。
その理由は、
「たとえ離婚しても、周囲の人のバックアップが強力だから」
というものです。
「なんくるないさ」の精神か根づく沖縄の人らしい理由です。
「なんくるないさ」という言葉は、
実は信頼と自信の言葉なのです。
「大丈夫だよ、
絶対できるよ。
あなたはひとりじゃないんだから」
という内なる声が強い力を与えてくれます。
それが、「できるさ」に変わり、
「できた」に変わっていくのです。
何でもなんとかなるんだ。
「なんくるないさ」
そう言ってものごとを深刻に考えないで、
窮地を切り抜けることが得意なのが沖縄の人たちの特長です。
その意味は
「どんなことがあってもなんとかなるよおー、だいじょうぶさ」
というものです。
もともと沖縄には
「てーげー精神」というものが根づいています。
これは、
良い意味では「なるようになる」、
悪い意味だと「適当に」「いい加減な」という感じになります。
それが「なんくるないさ」という
口ぐせに象徴された
沖縄の県民性にもなっているというわけです。
この「なんくるないさ」が
人々の強い力になった象徴的な出来事がありました。
沖縄が本土復帰を果たした1972年のこと。
沖縄にはすでに、
最強の悪魔と呼ばれた
害虫「ウリミバエ」が上陸していました。
このウリミバエは野菜という野菜の果実を食べ尽くし、
沖縄名産のゴーヤを全滅に追いやりました。
しかも沖縄だけではあきたらず、
どんどん北上していったのです。
その数、なんと3億匹。
そこでウリミバエ根絶特命プロジェクトが結成されました。
しかし、
なかなかプロジェクトはうまくいかず、
その後の闘いはアメリカ軍との闘いに
変わっていきました。
なぜなら、
アメリカ軍基地内に広がる密林こそが、
このウリミバエの発生源だったからです。
与儀善雄さん。
返還前の、
琉球政府の植物防疫官をしていた彼は、
この責任重大なプロジェクトのメンバーに選ばれました。
与儀さんはアメリカ軍に果敢に立ち向かい、
決してひるまず、
「沖縄県民のために協力を」と要請しつづけたのです。
「OK」
与儀さんの粘り強い交渉によって、
ついにアメリカ軍からその言葉を受け取り、
1989年、
ようやくプロジェクトは大成功のうちに
闘いの幕を閉じることができました。
「このプロジェエクトの成功は人に宙心まれたからです。
私たちには『なんくるないさ』とう方言があります。
みんな問題が起こると、
この言葉を繰り返し、
そのうち2、3ケ月もすると
本当に誰かが解決してくれるんですよ」
と与儀さん。
実はプロジェクト・メンバーに任命されたとき、
与儀さんは身震いが止まらなかったと言います。
勝ち目のない戦争に
ひとりで打って出るような気分だったからだそうです。
「なんくるないさ」
その一言葉をいつも念じていたのは誰あろう、
他ならぬ与儀さんだったはずです。
さて、
話はかわりますが沖縄は離婚率全国堂々1位の県です。
その理由は、
「たとえ離婚しても、周囲の人のバックアップが強力だから」
というものです。
「なんくるないさ」の精神か根づく沖縄の人らしい理由です。
「なんくるないさ」という言葉は、
実は信頼と自信の言葉なのです。
「大丈夫だよ、
絶対できるよ。
あなたはひとりじゃないんだから」
という内なる声が強い力を与えてくれます。
それが、「できるさ」に変わり、
「できた」に変わっていくのです。