月の岩戸

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アリオト・3

2014-03-27 03:20:08 | 詩集・瑠璃の籠

わたしは
金色の芥子の咲き乱れる野にいた

ああ ながみひなげしだ
わたしの好きだった花だ

わたしは まるで
明るい光の湯の中に浸っているように
咲き群れている芥子の中に沈んでいた
あたたかい うれしい
ああ これはきっと
アリオトの絵の中だな
あの人はいつも こんなふうに
とてもあたたかい

わたしは自分の一番近くに咲いている
一輪のながみひなげしに目をやった
わたしはこの花が好きだった
かわいらしくて
派手になりすぎないほどに
華やかで
きっとこんな服を着せたら
女の子がどんなにかわいらしくなるだろうって
そんなきれいな花だったから

そんな風に 花を見ていたら
わたしは花の中に小さな露が宿っているのに気づいた
ああ そうだ
この露を集めて
アリオトに眼球を作ってあげよう
そんなことを思って
立ち上がろうとしたのだが
わたしは動くことができない
どうしてだろうと思っていると
やっと気づいた
わたしも いつしか
一輪の芥子の花になっていたのだ

けれども わたしときたら
あんなきれいな日向の色ではなくて
みょうに頼りない白っぽい薄紅をしているのだ
なんだか 自分だけが
周りの花と違っていることが
ずいぶんとはずかしくて
わたしはどこかに消えていきたくなった

あなたはあなたでいいのですよ

おや どこからか
アリオトの声がする
周りを見てみると
ひとつだけ目だって大きいが
花びらが一枚 小さく縮んでいる
ながみひなげしがあった
声はその花が発しているようなのだ
わたしはその花に向かって言った

ええ わかっています
わたしは ほかとずいぶん違っていて
そのために悲しい思いをすることもあるのだが
それゆえにこそ
みなのためにできることがあって
うれしいのだと
わかっています

ええ だれもそうですよ
みな じぶんのかたちというものからは
逃げられません
わたしも 実に
この目からは逃げられない
美しいと思う反面
それが作る影の痛みというものを
感じずにはいられない

ええ そうですね

苦しいのは 本当の意味で
この目をのりこえなければいけないのは
わたしではなく
ひとびとであるということだ
この目は
ひとびとの罪が
目に見える明らかな形のひとつですから

そうです

これも独自性というものですよ
どんな存在も
この苦しみからは逃げられない
自分を背負うということは
その悲しみを常にまとっているということだ

まことに そのとおりです

あなたは うつくしい
まるで疑うということを知らない
常にものごとの明るい面しか見ようとしない
それゆえに あなたも
ひとびとにとっては
著しい悲しみのしるしになる

アリオトは深いため息をついた
わたしは 自分の存在が
彼の心に悲哀を作っているのを感じて
少しつらくなった
けれども あまりつらく思うと
また彼が苦しむかと思って
視線を空にあげ
太陽を見る
ああ 太陽ですら
ひなげしのように愛らしい
ここは夢の世界だな

あなたも いつか
ひとびとのところにいくのですね
わたしはひなげしのような太陽を見ながら言った

ええ もちろん
アリオトは静かに言った
彼もまた太陽を見ていた

日差しが世界に満ちてくる
ふりしきるあたたかな神のまなざしの中で
わたしと彼の心が ひととき
ひとつに溶けていくのを感じていた

そうして幸せな気持ちに浸っていると
ふと どこからか
静かな歌が聞こえてきた
ああ

ゆ ふ ぎ り の
と ほ と の ふ え と
き え ゆ く か

そのうたが終わらぬうちに
アリオトが言った
さあもう 眠りなさい

ええ わかりました
と わたしは静かに
答える

そうして わたしは
まるで 芥子が枯れて
溶けていくかのように
眠りの中に沈んでいったのだった



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1 コメント

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絵の解説 (てんこ)
2014-03-27 03:22:43
エドワード・バーン・ジョーンズ、「天地創造・第二日」、19世紀イギリス、ラファエル前派。
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